不動産取引に必須の印紙税の知識(6)課税文書の作成者
詳細情報
公益財団法人不動産流通推進センター「月刊 不動産フォーラム21」で連載をしております。
2018年3月号の記事を掲載致します。
その他の記事はこちらの書籍執筆、雑誌連載のご案内をご覧ください。
不動産取引に必須の印紙税の知識(6)
―所属の決定と作成者―
1 今回のテーマ
前回は、土地賃貸借契約書を題材として取り上げ、所属の決定について解説をしました。今回は、前回に引き続き、所属の決定を扱うとともに、作成者についても検討を行います。印紙税法では、文書の作成者が納税義務者となり、印紙を貼る必要があるのですが、作成者について誤解があるばかりに、本来、印紙を貼る必要のない人が印紙を貼っているケースも散見されます。作成者についても、ぜひ、この機会に理解を深めてください。
2 所属の決定(前回の連載の復習)
図1のような土地賃貸借契約書が甲乙間で交わされた場合、実務上、原本2通が作成され、甲乙それぞれが1通ずつ保管することになるかと思います。ここでは、甲の保管する土地賃貸借契約書と乙の保管する土地賃貸借契約書を分けて検討してみます。
図1
土地賃貸借契約書 1.土地の表示 A県B市C町一丁目1番1号 平成29年12月12日 |
(1)賃借人乙が保管する土地賃貸借契約書
まずは、賃借人乙が保管する土地賃貸借契約書から検討します。この土地賃貸借契約書は、土地の賃借権の設定に関する契約書( 1 号の2 文書)にあたります。また、この文書には、権利金と賃料という売上代金の受領の事実が記載されていますので、売上代金の受取書(17号の1 文書)にもあたります。そして、この土地賃貸借契約書は、土地の賃借権の設定に関する契約書( 1 号の2 文書)と売上代金の受取書(17号の1 文書)という2 つ以上の課税文書に該当しますので、所属の決定が必要になります。
ある文書が土地の賃借権の設定に関する契約書と金銭の受取書に該当した場合の所属の決定に関するルールは、前回の連載でも解説したように、次の通りとなります。
ア ①売上代金の受取金額が記載されていて、②それが100万円を超えており、③しかも、土地の賃借権の設定に関する契約金額を超えている場合には、売上代金の受取書になる。 イ ①売上代金の受取金額が記載されていて、②それが100万円を超えており、③しかも、土地の賃借権の設定に関する契約金額の記載がない場合には、売上代金の受取書になる。 ウ アとイ以外の場合には、土地の賃借権の設定に関する契約書になる。 |
この文書にこのルールをあてはめると、まず、賃貸人甲が受領した150万円は、後日、賃借人に返還されない権利金と賃料の合計であり、売上代金の受取金額にあたります(ア①及びイ①の要件を満たします。)。次に、これは100万円を超えています(ア②及びイ②の要件を満たします。)。そして、後日、賃借人に返還されない120万円の権利金は契約金額にあたりますが、30万円の賃料は契約金額にはあたりませんので、土地の賃借権の設定に関する契約金額は120万円となります。前回の連載でも解説した通り、賃料は売上代金(17号の1 文書の金額)にはなりますが、契約金額( 1 号の2 文書の金額)にはならないというのは実務上、非常に重要なポイントです。したがって、売上代金の受取金額(150万円)は、契約金額(120万円)を超えます(ア③の要件を満たします。)。
以上より、アのルールによって、この文書は、売上代金の受取書(17号の1 文書)になります。ここまでは、前回の連載の復習となります。
(2)賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書
次に、賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書を検討します。賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書が土地の賃借権の設定に関する契約書( 1 号の2 文書)にあたるのは、賃借人乙が保管する契約書と同様です。しかし、賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書は、売上代金の受取書(17号の1 文書)にはあたりません。なぜ、全く同じ文面の文書であるにもかかわらず、甲の保管する土地賃貸借契約書は乙の保管する土地賃貸借契約書と異なり、売上代金の受取書にはあたらないのでしょうか。受取書とは、金銭等の引き渡しを受けた者が、その受領事実を証明するために作成し、金銭等の引渡者に交付する文書をいいます。そして、図1の契約書において、権利金等の引き渡しを受けた者は、賃貸人の甲ですから、甲から乙に交付された文書だけが売上代金の受取書になります。したがって、賃借人乙が保管する土地賃貸借契約書は売上代金の受取書になりますが、賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書は売上代金の受取書にはならないのです。
以上より、甲が保管する土地賃貸借契約書は、土地の賃借権の設定に関する契約書( 1 号の2 文書)だけにあたりますので、所属の決定はそもそも問題にならず、土地の賃借権の設定に関する契約書( 1 号の2 文書)になります。
3 印紙を貼る必要がある者
では、図1の土地賃貸借契約書の作成者は誰になるでしょうか。印紙税法上は文書の作成者が印紙を貼る義務を負います。ここでも、甲の保管する土地賃貸借契約書と乙の保管する土地賃貸借契約書を分けて検討してみます。
(1)賃借人乙が保管する土地賃貸借契約書
上記2で検討した通り、賃借人乙が保管する土地賃貸借契約書は、売上代金の受取書(17号の1文書)になります。売上代金の受取書は、甲が売上代金を受け取ったことを証明するために作成され、甲が署名の上、乙に対して交付されます。このように、一方の当事者に交付するために作成される文書は、交付した者が作成者となり、その者が印紙を貼る必要があります。賃借人乙が保管する土地賃貸借契約書は、売上代金の受取書であり、これは甲から乙に交付されますから、甲が作成者となり、甲が印紙を貼る必要があります。印紙代は400円です。
(2)賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書
上記2で検討した通り、賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書は、土地の賃借権の設定に関する契約書(1号の2文書)になります。土地の賃借権の設定に関する契約書は、甲と乙とが土地の賃借権の設定に関して合意に至ったことを証明するために作成され、甲と乙の両者が署名をします。このように、契約当事者の合意を証明するために作成される文書は、署名・押印をした者が作成者となり、その者が印紙を貼る必要があります。したがって、賃貸人甲が保管する土地賃貸借契約書の作成者は署名をした甲と乙となり、甲と乙が共同して印紙を貼る必要があります。印紙代は2,000円です。
4 意外な結論
契約書の原本が2通作成された場合、実務上、甲が保管する原本には甲が、乙が保管する原本には乙が、それぞれ印紙を貼ることが多いかと思います。しかし、上記で検討した通り、図1のような土地賃貸借契約書では、印紙税法上は、甲が保管する契約書には甲と乙が共同して印紙を貼る義務を負い、乙が保管する契約書には甲だけが印紙を貼る義務を負います。しかも、甲が保管する契約書には2,000円の印紙を貼る必要がありますが、乙が保管する契約書には400円の印紙を貼れば足り、全く同一の文面の契約書であるにもかかわらず、印紙代が異なります。
次回以降もこの連載では、今回のように実務上、誤りやすい点について、丁寧に解説をしていきます。ぜひ、ご期待ください。
鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田重則
その他の記事はこちらの書籍執筆、雑誌連載のご案内をご覧ください。