連載 リスクコンシェルジュ~税務リスク 第29回  残業代等未払い賃金に係る強制執行と源泉徴収

残業代等未払い賃金に係る強制執行と源泉徴収

Q 当社は,元従業員から未払い残業代について支払いを求める訴訟を提起され,結果として,それを認める判決の言い渡しを受けました。その後,当社は,この元従業員から判決に基づき強制執行を受けました。通常,残業代の支払いの際には所得税の源泉徴収をしますが,強制執行の場合も,当社に所得税の源泉徴収義務はあるのでしょうか?

A 未払い残業代の支払は,給与等の支払に該当しますから,たとえ強制執行であっても,貴社には,給与等の支払をする者として,所得税の源泉徴収義務があります。

[解説]
1.源泉徴収義務
所得税法は,給与等の支払をする者は,その支払の際,その給与等について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならないと定めています(所法183条1項)。そして,残業代は,給与等に該当すると解されることから,残業代の支払をする会社(以下「使用者」といいます。)は,その支払いの際,所得税を源泉徴収し,納付しなければなりません。
その納付がなされなかった場合は,たとえ,使用者が給与等の支払いの際に所得税分を源泉徴収していない場合であっても,税務署長は,当該所得税を使用者から徴収するとされています(所法221条)。この場合,所得税法上,使用者は,被用者に対し,求償することができますが(所法222条),被用者が無資力の場合は,二重払いのリスクを負うことになります。

2.強制執行による給与等の支払と源泉徴収義務
⑴ 従前は,強制執行による給与等の支払いの場合は,支払をなす使用者に源泉徴収義務はないとの見解もありました(高松高裁昭和44年9月4日判決)。しかし,この問題は,最高裁で,「法28条1項に規定する給与等(以下「給与等」という。)の支払をする者が,その支払を命ずる判決に基づく強制執行によりその回収を受ける場合であっても,上記の者は,法183条1項所定の源泉徴収義務を負うと解するのが相当である。」と判示され(最高裁平成23年3月22日判決),強制執行による給与等の支払の場合にも支払をなす使用者に源泉徴収義務があるということで決着がつきました。
⑵ ここで問題となるのは,強制執行手続きにおいては,執行債務者である使用者が徴収すべき源泉所得税を徴収する手続きは予定されていないことから,強制執行の場合,使用者は,判決において命ぜられた金額全額について強制執行を受けるということ,すなわち,強制執行の際には,源泉所得税相当額を控除できないということです。確かに,前述のとおり,給与等の支払いを受けた被用者に求償できますが(所法222条),当該被用者が無資力の場合には二重払いのリスクを負うことになります。
⑶ この二重払いのリスクを回避する方法として,強制執行に至る前に,源泉所得税を控除した給与等を任意に支払う方法が考えられます。この場合は,その支払い時に,使用者に源泉徴収義務が生じ,その義務を履行するため被用者には源泉徴収を受忍する義務が生じると解され,源泉所得税を控除した金額の支払により,判決で命ぜられた給与等の全額について債務が消滅するのではないかと考えられるからです。
⑷ なお,強制執行された場合は,⑵記載のとおり,二重払いのリスクを負うことになります。この点について,前掲の最高裁判決の田原睦夫裁判官の補足意見は,「給与等の債権者による強制執行手続が複数回にわたって行われる場合には,給与等の支払義務者が第1回目の強制執行手続に基づいて支払った給与等に係る所得税の源泉徴収義務は,その支払によって具体的に発生することになるから,同税相当額は,それ以後に支払うべき金額から控除することができ」,「したがって,給与等の支払義務者は,第1回目の強制執行によって生じた源泉所得税相当額については,第2回目以降の強制執行に対して請求異議事由として主張することができることになる」と述べるものであり,一定の場合に二重払いのリスクを低減することができることが示唆されており,参考になるものと思われます。

3.おわりに
  判決で給与等の支払を命じる判決が言い渡されたときは,強制執行に至る前に,速やかに,任意に支払うことが肝要と考えられます。

                                   鳥飼総合法律事務所 弁護士  堀 招子

※ 本記事の内容は、2014年1月現在の法令等に基づいています。
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