連載 リスクコンシェルジュ~税務リスク 第5回 Q&A 多額の借金を残して急死した息子、私の土地を売ったら税金を支払うしかない?
第5回 Q&A 多額の借金を残して急死した息子、私の土地を売ったら税金を支払うしかない?
Q 私は、独身の息子の保証人になっていたのですが、先般、不幸にも息子が多額の債務を抱えたまま急死してしまいました。このたび債権者からの保証債務の履行を迫られており、これを履行するには私所有の土地を処分するしかないと思っています。処分にあたって、税務上、何か注意すべきことがありますか。
A 土地の処分にあたって多額の譲渡所得課税を受ける可能性がありますので、相続放棄の手続きをご検討されることをおすすめします。
[解説]
所得税法においては、保証債務を履行するために資産を譲渡する場合、その履行後に主債務者に対して求償権を行使することができないときには、譲渡所得の課税は行わないとの特例措置が設けられております(所得税法64条2項)。本問では、主債務者であった息子さんが死亡しておりますので、求償権の行使ができないようにみえ、この特例の適用を受けることができるようにもみえます。しかし、ここで注意していただきたいのが、ご質問のケースでは主債務を相続することになってしまう点です。つまり、相続によって財産も債務もすべて承継することになるわけですが、被相続人の主債務を相続するということは、相続人の主たる債務者に対する求償権は自分を債務者とする債権として成立することになります。これによって債務は消滅することになるのです。したがいまして、「求償権を行使することができない場合には当たらない」こととなりますから、所得税法64条の2項の適用は受けられず、原則どおり譲渡所得に対して税金を納める必要が生じてまいります。
では、ご質問のようなケースで相続した者としては、これに応じて納税するしか方法はなかったのでしょうか。
実は、相続にあたっては、相続放棄という手続きが認められています。相続放棄とは、被相続人の財産も債務も一切合財、承継しないというものです。相続放棄を行いますと、本問のケースでいえば、息子さんの主債務を引き継がなくてよくなります。そうすると、保証債務を履行したとしても息子さんの主債務を引き継ぐものがどこにもいないため、保証人としては求償権をおよそ行使することができない状況に立たされることになります。つまり、「求償権を行使することができない場合に該当する」として、所得税法64条の2項の適用が受けられる可能性があります。ただし、求償権の行使がそもそも不能であることを知りながら、あえて保証をしたときのように、最初から主債務者に対する求償を前提としていない場合には、この規定の適用を受けられないとされる場合がありますので注意が必要です。
以上のような税務上の取扱いの違いは、およそ税法や民法に詳しい専門家の意見を聞かなければなかなか気づかないものです。あとで知ったとしても、相続放棄は原則として相続の開始を知ったときから3ヶ月以内に家庭裁判所に申述しなければなりませんので、後の祭りとなる可能性が高いといえます。税務署の職員の方には、このような取扱いの違いを説明する義務はありませんので、「なぜ教えてくれなかったのだ」と責めることもできません。「法律問題・税務問題は専門家に相談する」、そのことが社会常識になると、法律上、税務上の悲劇が大幅に減ります。そういう知恵が必要な時代が到来しているのです。
鳥飼総合法律事務所 弁護士 西中間 浩
※ 本記事の内容は、2012年10月現在の法令等に基づいています。
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