連載 リスクコンシェルジュ~事業承継リスク 第20回 事例研究2 後発的な親族外承継

事例研究2 後発的な親族外承継

事業承継のご相談の典型例は、親族内に後継者がおり、後継者へのスムーズな承継を依頼される場合です。この場合、相続が発生した際の租税負担を抑えつつ、確実に後継者に会社支配権が帰属する方法を考えます。税法と会社法の複合問題ゆえ、税理士と弁護士が同時に対応にあたります。
もうひとつのパターンは、親族内に後継者候補がおらず、生え抜きの従業員の方が承継する、親族外承継の場合です。先代が存命のうちに承継対策を開始する場合もありますが、先代が何らの承継対策も講じないまま死亡し、急遽、親族外承継が問題となる事例(以下、「後発的な親族外承継」と呼びます。)が散見されます。
後発的な親族外承継の場合、後継者候補の従業員と、前経営者の親族との間での、株式の譲渡に関する条件交渉が中心業務となります。なお、相続税はすでに発生してしいますが、譲渡所得やみなし配当の問題等については節税の余地があり、租税負担の観点も依然として重要です。やはり、弁護士のみなではなく、税理士が同時に対応にあたることが合理的です。
今回は、第2のパターンについて、仮定的な事例により概説します。

1.仮定的事例

老舗の和菓子メーカーA社のオーナー社長である甲が死亡しました。甲の相続人は妻の乙一人であり、乙が、A社の全株を取得しました。甲には親族内の後継者候補がおらず、他方で、A社には生え抜きの優秀な社員である丙がおり、近年は、実質的に丙がA社の経営を取り仕切っています。

丙と乙との関係は良好であり、丙は、乙がA社の支配権(株主総会の支配的議決権)を保有したままでもA社の経営上問題はないと考えていました。しかし、A社の新規の融資に際し、金融機関から、しかるべき人物による連帯保証が求められました。支配権を有しない丙が、連帯保証まで行うことは割に合いません。そこで、権限と責任の不一致を解消すべく、丙は、乙との関係で、乙が相続した株式の譲渡につき交渉を開始しました。

 

2.解決の方向性

後発的な親族外承継の場合、遺族の方は、今後の収入源が絶たれており、なるべく多くの資金を確保する必要性があります。他方で、親族外後継者には資金力がなく、十分な株式購入資金を調達できないという問題があります。
承継時における支出をなるべく抑えつつ、遺族の方の今後の収入を確保する方法としては、無議決権株式の活用による方法が合理的です。親族外後継者は、その資金力の範囲で遺族より普通株式を購入します。また、遺族が保有する残りの株式については、無議決権株式に振替える処理を行います(なお、既存株式の一部を種類株式に振替える処理は実務上認められています。たとえば、松井信憲『商業登記ハンドブック』248頁。あるいは、別途無議決権株式を丙に発行しておく方法もあり得ます。)。無議決権株式に配当優先を付加したり、一定期間配当がない場合には議決権が復活するなどの条項を付しておけば、遺族の方の安定した収入源を確保することができるため、遺族の方にとっても十分メリットのある仕組みを構築することができます。なお、無議決権株式とはいえ、当該株式が将来、次の相続によって分散することは好ましくありません。そこで、当該無議決権株式を保有するのは、当該遺族の方限りとするべく、たとえば、死亡をトリガーとした取得条項を付しておくなどの工夫も重要です。そうすれば、遺族の方が亡くなった際には、当該株式は会社が取得することとなります(会社法上の財源規制には注意が必要です。)。この方法ですと、一部の株式しか譲渡が行われないため、譲渡所得課税の額も低く抑えることができます。

他方、遺族の方が一括した資金の支払を求める場合、会社に剰余金が存在するのであれば、会社による自己株式の取得を併用することも可能です。親族外後継者は、遺族の方から一部の株式を購入し、残りの部分については、遺族の方から、会社が株式を取得するわけです。自己株式の取得を受ける際には、遺族の方にみなし配当課税の適用があるのが原則ですが、事業承継対策のための特例として、3年の期間に限り、一定の条件のもと、みなし配当課税が免除されるメリットがあります(租税特別措置法9条の7)。

いずれの場合にも、具体的にいくらで株式を動かすのかが重要な交渉ポイントとなります。この点は、遺族の方、親族外後継者の双方に代理人を立てて、株価鑑定書を出しあうなどして交渉を進めて行きます(その際、譲渡にかかる株式が低額譲渡と認定されないように配慮することも必要です。)。

鳥飼総合法律事務所 弁護士 島村 謙

※ 本記事の内容は、2013年6月現在の法令等に基づいています。

 

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