連載 リスクコンシェルジュ~事業承継リスク 第8回 経営承継円滑化法 民法の特例 その1

経営承継円滑化法 民法の特例 その1

 

1 事業承継における遺留分の問題点

 前回の「経営承継円滑化法の制定の趣旨」で説明したとおり,民法には遺留分の規定があるため,遺言などにより自社株などを後継者に集中させようとしても,他の相続人の遺留分を侵害した場合には非後継者から遺留分減殺請求を受け,後継者に自社株などを集中できない可能性が生じます。

 また,遺留分算定の基礎となる財産は,相続開始時に被相続人が有した財産に,遺贈のほか,相続発生の1年以内になされた生前贈与や,その贈与が特別受益(結婚の資金や生計の資本としての贈与など)にあたると認められれば相続開始の何年前になされたものであっても算入して,算定されます。この遺留分算定の基礎財産に算入される贈与財産の評価は,相続開始時を基準としますので,相続発生前に後継者が経営を引き継いでおり後継者の手腕によって自社株の価額が上昇したような場合,後継者の貢献は,遺留分算定の基礎財産の額を上昇させ,それにより非後継者の遺留分の額を増加させるという効果を生みます。一方で,後継者の手腕によって自社株の価額が上昇したという後継者の寄与は,遺留分減殺請求においては考慮されません。このような遺留分算定の基礎財産の算定方法は,経営者の生前に事業を引き継いだ後継者の経営意欲の阻害につながりかねないことも指摘されていました。

 

2 経営承継円滑化法における民法の特例の概要

 経営承継円滑化法における民法の特例は,このような遺留分減殺による自社株の分散や後継者の経営意欲の阻害を防止するため,経営者の推定相続人による遺留分に関する合意を認めました。遺留分に関する合意とは,①後継者が経営者から贈与などで取得した自社株などについて,遺留分算定の基礎財産から除外する合意(除外合意)と,②後継者が経営者から贈与などで取得した自社株(又は持分)を遺留分算定の基礎財産に算入する価額を,合意時における価額に固定する合意(固定合意)とがあります(詳しい内容は,次回以降に説明します。)。

 

3 特例適用の対象会社

 前回説明したとおり,経営承継円滑化法は適用対象を「中小企業者」としていますが,さらに,遺留分に関する民法の特例の適用を受けるために,会社(特例中小企業者)や関係者(旧代表者・後継者)についての要件を定めており,その内容は次のとおりです。

① 特例中小企業者:中小企業者であり,3年以上事業を継続している非上場会社

② 旧代表者:特例中小企業者の元代表者又は現代表者であり,自分の推定相続人(兄弟姉妹及びその子を除く)のうち少なくとも一人に対して当該特例中小企業者の株式(完全無議決権株式を除く)または持分を贈与した者

③ 後継者:旧代表者の推定相続人のうち,当該旧代表者から当該特例中小企業者の株式(完全無議決権株式を除く)又は持分の贈与を受けた者(又は,その者から相続,遺贈, 贈与により取得した者)であって,当該特例中小企業者の総株主(完全無議決権株式の株主を除く)又は総社員の議決権の過半数を保有している当該特例中小企業者の代表者である者

 遺留分に関する民法の特例の適用を受けるためには,これらの要件を遺留分に関する合意をする時点で満たしていることが必要です。

 

鳥飼総合法律事務所 弁護士 村瀬孝子

※ 本記事の内容は、2012年12月現在の法令等に基づいています。

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