連載 リスクコンシェルジュ~事業承継リスク 第19回 事業承継における事業譲渡の活用 

事業承継における事業譲渡の活用

1 事業譲渡とは

事業譲渡とは,難しい言葉で正確に表現すると「一定の事業目的のために組織化され,有機的一体として機能する財産の移転を目的として行う債権契約」のことをいいます。簡単に表現すると,会社の一部門を,人・モノ・カネなどをつけて譲渡することです。その際,譲渡されるのは,取引先等の無形の価値にまで及びます。

たとえば後継者としては兄弟の二人がいる場合に,共同経営ではなく,それぞれに単独で会社を継いでもらうようにするために,別会社に一つの基幹事業を譲渡してしまう,あるいは,一人娘には安定して収入の見込める事業だけを継がせて,それ以外の,より経営の手腕が求められる事業については,これまで会社に貢献してきた従業員の中から後継者を選出したい,といったような場合に,先代経営者の信用力があるうちに,社長がこの後継者とが一緒に新会社を立ち上げて,これに必要な事業のみを譲渡する,といったことが事業承継の場面では行われたりします。

2 事業譲渡のメリット

このような事業譲渡を行うメリットとしてはたとえば次のようなことが挙げられます。

① 後継者が複数いる場合に,これを一人に絞る必要がなくなり,後継者にならなかったものの処遇を心配しないで済む。

② 複数事業の共同経営を避け,事業ごとに単独のオーナー経営者となることによって経営の機動力等を高めることができる。

③ 税務上,納税猶予制度を適用する上で,経営承継相続人となれるのは1会社あたり1人のみとなっているところ,別会社に事業譲渡を行うことで双方の後継者に納税猶予制度のメリットを享受させることができる。

3 会社分割との比較

もっとも,これらのメリットは,たとえば会社分割によっても達成することができます。

そこで,会社分割と比較した場合の,事業譲渡のメリット・デメリットを挙げるとすれば,概ね次のようになるかと思います。

(1)メリット

① 会社分割に必要な債権者に対する異議催告手続きが不要である。

② 契約であるので,当事者間の合意で,譲渡財産等を選別でき,ピンポイントで事業を譲渡できる。

③ 受け継ぐ債務も選別でき,予想外の簿外債務を承継する危険が生じない。

(2)デメリット

① 譲受会社に,事業の買取り資金が必要となる。

② 会社分割と異なり,譲受会社は,各取引先との契約や,従業員の雇用契約等をすべてやり直し,不動産の移転登記,事業遂行に必要な免許や許可をもっていなければそれらを取得する必要があり,関係者が多数いる場合,手続きが煩雑となる。

③ 税務上の繰延処理ができず,譲渡損益につき法人税の時価課税を受けてしまう。また,譲渡会社が課税事業者の場合,消費税の納税義務があり,譲渡資産に応じて,課税・非課税・不課税の判断をする必要が生じてくる。

3 デメリットに対する対応策 -債務の引継など

2(2)デメリット①に対しては,資産に合わせて債務も引き継げば必要な資金は少なくても済みます。ただし,債務の引継には債権者の同意が必要です。また,事業承継における資金需要ということで,経営承継円滑化法による金融支援が利用できることがあります。

2(2)デメリット③法人税課税に対しても,含み損をかかえる資産を譲渡したり,負債の譲渡を行ったりすることで,多額の譲渡益が生じないようにすることができます。この点,対価を株式にして,事業譲渡ではなく現物出資にしてしまえば適格現物出資として課税繰り延べが可能となります。しかし対価を株式にすると,後日後継者への株式譲渡をいかに行うかという問題が生じてくるので注意が必要です。

4 先代経営者の信用力の活用

譲受会社として新会社を設立する場合においては,新会社の信用力を高めスムーズに経営が図れるように,先代経営者も出資しておいた方がよいと一般的にはいえます。もっとも先代経営者に持たせすぎると,後継者の経営に支障が生じ,その後の相続や株式買取りの問題が大きくなってしまうことがあるので微妙なバランスを図ることが必要です。

また,銀行借り入れとの関係でも同様で,新会社の信用力を高めスムーズに経営が図れるように,先代経営者は,当面の間,借入の際,期限をきって連帯保証しておくなどの工夫が必要になる場合があります。

5 まとめ

以上のように,事業承継における事業譲渡の活用には,譲渡資産等の選別ができるなどとったメリットがある反面,関係当事者が多数いる場合には手続きが煩雑になるなどの克服しがたいデメリットもあります。デメリットを甘受してもメリットが大きいといえるケースなのか,新会社設立の場合株主構成をどうするか,税務面はどのように手当するかなど,事業承継の場面において組織再編を活用する場合には,複雑で専門的な判断が必要となってまいります。一つ一つの判断にどのような意味があるのかを正確に理解するためにも是非とも弁護士や公認会計士・税理士等の専門家をご活用下さい。

鳥飼総合法律事務所 弁護士 西中間 浩 

※ 本記事の内容は、2013年6月現在の法令等に基づいています。

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