連載 リスクコンシェルジュ~知財関連リスク 第22回 出版権の拡大―「電子出版権」創設の動き

出版権の拡大―「電子出版権」創設の動き

 

1 はじめに

 

 読者の皆さんは電子書籍を活用しているでしょうか。日本では電子書籍の売上は2013年度で前年比228.6%の伸びと高い成長を見せています(注1)。しかし、書籍全体の売り上げに占める電子書籍の普及率は3.5%にとどまっているのが現状です(注2)。その背景の一つには、電子書籍特有の法整備の問題があるといわれています。今回はそのうちから電子出版権を取り上げてみました。

 平成25年9月5日に文化審議会著作権分科会出版関連小委員会が出した中間まとめ案(注3)において、電子書籍に対応した出版権の整備を進めていくとされたことから、文化庁が電子出版権を創設する方針であるとのニュースが新聞等で報道されました。その目的は、インターネット上で電子書籍の海賊版が出回った場合、出版社が裁判で差し止めを請求できるようにするというものです。現行の制度では、電子書籍の場合、著作権者しか差し止め請求をすることができず、それが海賊版被害発生の一つの理由と考えられているところです。

電子書籍と異なり、紙の出版物については、出版社は作家や画家といった著作者から著作物を複製・印刷して出版して販売する権利(出版権)を設定する契約を結び、その出版権に基づいて独占的に出版を行っています。出版社は、出版権をもとに自ら海賊版の差し止め請求ができるので、海賊版被害の抑制に役立っているといわれています。しかし、この出版権は紙媒体の出版物のみしか対象としていないため、従来電子書籍は出版権の対象とはなってきませんでした。

そこで、電子書籍にも出版権と同等の制度を整備しようという動きが注目されているのです。

 

2 出版の義務・消滅請求について

 

 電子出版権を整備するとしても、紙の出版権と同様に出版の義務・消滅請求を認めるべきか、認めるとしてどのような問題があるかを見ていきましょう。

 

(1) 著作権法第81条では、出版権者の義務を定めており、同条第1号では、出版権者は、複製権者からその著作物を複製するために必要な原稿等の引渡しを受けてから6か月以内に出版する義務を負うこととされ、また、同条第2号では、出版権の存続期間中、出版権者は慣行に従い継続して著作物を出版する義務を負うこととされています。ただし、出版権者と複製権者が出版権を設定する際に別段の定めを置くことも可能です(同条柱書)。たとえば、原稿等の引渡しを受けてから出版するまでの期間を変更することも可能です。

また第84条では、出版権者が出版の義務に違反した場合等に、複製権者が出版権の消滅請求ができることを定めており、同条第1項及び第2項では、出版権者が上記の出版の義務を履行しない場合に、複製権者は出版権者に通知して、出版権を消滅させることができることとされています。

さらに、同条第3項では、著作物の内容が複製権者である著作者の確信に適合しなくなったときは、出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償した上で、複製権者は出版権者に通知して、出版権を消滅させることができます。「著作者の確信に適合しなくなったとき」とは、自己の思想や見解を表明した著作物を出版した後、さまざまな事柄を経て、当初の自己の思想等が誤りであったことを確信した場合等を意味します。

 以上のように出版権者は出版義務を負うのですが、その趣旨は以下の通りです。出版権が設定されると、出版権者以外の者は複製権者の許諾を得ただけでは著作物を出版できなくなりますが、著作権法がこのような状態を認めたのも、まさに出版権の設定が出版権者の出版を予定しているからであり、国民がその出版物を読みたいという需要は出版権者の出版により満たされることになるので不都合はないと判断したからです。この目的を達成するために、出版権者に出版義務を課しているのです。

 

(2) 電子出版権についても、このように出版権者に出版の義務を課すかどうかが議論されています。

基本的に義務を負わせるべきであるという方向ですが、たとえば、問題となる点としては、とにかくサーバーに載せておけば誰かが見てくれる可能性がある以上義務を果たしたことになってしまうのではないかという議論があります。現行の紙媒体における「出版」とは、複製物を販売取次会社に引き渡す、販売店の店頭に陳列する等の方法により流通過程におくことを意味するとされていますので、これとの比較検討も必要となるでしょう。

なお、中間まとめ案では、現行の出版権と同様に、電子出版に対応した出版権の場合についても、権利を付与する場合にはそれに対応した義務を負うことが適当であると指摘されており、例として一定期間内に電子出版する義務や慣行に従い継続して電子出版する義務など、電子出版に対応した出版の趣旨や性質を踏まえた義務を出版者に課すのが適当であるとされています。

 

3 むすび

 

   電子出版権の創設の機運が高まっているのは、海賊版が、急増している電子書籍市場の育成を妨げかねないとの危機感が高まっているためです。特に、コミック誌は、配本の早い店から流出した本をスキャンした海賊版が、発売日前にインターネット上に載る例が目立っています。出版権は、電子出版が今後広がるにつれて、重要な権利となると思われますが、紙の出版物とは異なる電子出版ならではの問題もあるところですので、どのような立法になるのか注目されるところです。

 

 

注1 http://www.asahi.com/business/update/0829/TKY201308290306.html

注2 Pricewaterhouse Coopers(PwC)が2012年6月に公表した報告書「2012 Global Entertainment & Media Outlook」

注3 http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/shuppan/h25_07/pdf/shiryo_1.pdf

 

 

鳥飼総合法律事務所

※ 本記事の内容は、2013年11月現在の法令等に基づいています。

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