連載 リスクコンシェルジュ~知財関連リスク 第18回 営業秘密の利用と差止め 工業製品とリバースエンジニアリング
1 はじめに
第7回では、新日鉄住金とポスコ社との訴訟に関連して、技術流出に対して差止請求ができる条件などをご紹介しました。
ところで、最近は工業製品に対するリバースエンジニアリングによる技術の流出も、知財リスクとして考えられています。リバースエンジニアリングとは、工業製品について言えば、ある企業が他社の製品を市場で入手し、これを分析することで当該製品に化体された情報(構造・仕組み等)を取得することを言います。
今回は、このリバースエンジニアリングによって取得可能な情報が不正競争防止法で保護される「営業秘密」と言えるかが争われた最近の知財高裁の判決(平成23年7月21日判決)を例に、差止請求ができる条件などを探ってみたいと思います。
2 事案・裁判所の判断
判決の事案の概略は次のとおりです(実際の事案より単純化しています)。
A社は自社の特殊な雨戸の販売を、B社に対してしていましたが、B社が自ら製品の製造・販売を行えるように製造販売契約が締結され、一部図面が渡されました。この契約が解除された後も、B社がほぼ同一の雨戸を製造・販売をしていたため、A社は営業秘密の不正取得等を理由に差止請求及び損害賠償請求を提起しました。
原判決(東京地裁)は、図面が0.1ミリ単位の精密さで造られていることなどからすると、その形状を製品から正確に把握することは容易ではなく、A社からB社に対して交付されていた図面に記載された情報は、(製品の外形から分かるとはいえ)、「営業秘密」に該当するとし、製品の製造・販売の差止め及び損害賠償の支払いを命じました。
これに対して、知財高裁は、市場で流通している製品から容易に取得できる情報は「営業秘密」に該当しないとして、精密な情報もノギスなどの工具を用いれば容易に取得できるとして、原判決とは全く逆の結論を導きました。
3 分析
本件では、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」の要件の一つである、「非公知性」の有無が争われました。リバースエンジニアリングによって得られる情報は、第三者が入手できない情報とは言えず、非公知性を有さないと考えられますが、情報を得るためのコストが相当にかかる場合には、非公知性を認めるべきとする趣旨の学説・裁判例もありました。今回の判決は、一般的なコストをかけてリバースエンジニアリングをした際に、不十分な情報しか得られないと考えた原審と、充分精密な情報が得られると考えた高裁の判断が分かれた事案と考えることができ、従来からの学説・裁判例の判断の延長線上にあるものと言えるでしょう。
今後、3Dスキャナなどの電子機器が普及するなどして、リバースエンジニアリングは更に容易かつ低コストで行えるようになることが予想され、不正競争防止法による救済を得ることは難しくなる傾向にあると言えます。今回のようなケースに関しては、そもそも特許を取得できれば特許権による保護を用い、そうでなくてもAB間で交わされた製造販売契約を工夫するなどして(守秘義務条項のみならず年数・地域を適切に限定した差止請求の規定を設け)、差止請求ができる可能性を高めることができます。契約書に損害賠償額を予定する条項を入れて損害賠償を得やすくして、後の紛争を事実上防止できるような工夫をすることも有用です。
鳥飼総合法律事務所
弁護士 渡邊康寛
※ 本記事の内容は、2013年5月現在の法令等に基づいています。
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