連載 リスクコンシェルジュ~知財関連リスク 第6回 増大する技術情報流出のリスク 事前の管理体制整備が決めて
増大する技術情報流出のリスク 事前の管理体制整備が決めて(前編)
・退職技術者を通じ技術が流出
去る10月25日、新日鉄住金(旧新日鉄)が自社の最高機密である「方向性電磁鋼板」の製造技術情報が不正取得されたとして、韓国鉄鋼最大手のポスコ社とこれに関わった新日鉄の元社員などを訴えた訴訟の第一回口頭弁論が東京地裁で開かれました。
同社は、不正競争防止法の規定(営業秘密の不正取得)に基づき、ポスコ社および情報流出に加担した元社員らに対し合計1000億円の損害賠償と製造販売の差し止めを求めています。
方向性電磁鋼板は、変圧器の性能を大幅に向上させるほか、スマートグリッドにも用いられる特殊な鋼板で、今後市場規模の拡大が大いに期待されています。新日鉄は同鋼板の製造技術を20年以上かけて高性能化、低コスト化し、市場をリードしてきました。
ところが、ポスコ社が参入後数年という短期間に、新日鉄と同水準まで品質を高めてきました。当然技術情報の流出が疑われたものの、立証のハードルが高く訴訟には踏み切れずにいました。
ところが、2007年、ポスコ社の元研究員がポスコ社が保有する方向性電磁鋼板の製造ノウハウを中国企業に流出させた疑いで訴追された刑事裁判の中で、「中国企業に流出した技術は実はポスコが新日鉄の元社員を通じて不正取得したものだ」との証言がなされました。
このような偶然によって十分な証拠収集の機会に恵まれたことで、今回の新日鉄住金による提訴が可能となりました。
・アジア進出に伴い増加する技術情報流出の懸念
近年、日本の製造業からアジアの企業に対して技術情報が流出する懸念が著しく増大しています。
その原因としては、第一に、日本企業が工場進出や技術提携という形でアジアに進出する機会が増えていることを挙げることができます。
また、韓国や中国の製造業が、高額の報酬を提示して日本企業の優秀な現役社員や元社員に積極的にアプローチを仕掛けていることも大きな要因です。バブル崩壊以降続けられている日本の製造業でのリストラが、昨今の経済状況の悪化によりさらに促進されている状況にあって、技術者がこうした外国企業からの破格の条件提示に応じてしてしまうという現状があります。
これは、厳しい円高や新興国の急成長に対し、強みである技術力で対抗しようとする日本メーカーとしては何としてでも食い止めたい流れであり、そのための万全な対策が求められています。また、万が一実際に技術流出が生じてしまった際には、再発を抑止するためにも速やかに損害賠償、差止等、適切な対応がなされる必要があり、そのためにも普段からの備えが重要になってきます。
第7回では、企業がこうした情報流出のリスクに備えるためにどのような備えが必要とされるのかを見てみましょう。
鳥飼総合法律事務所 弁護士 渡辺 拓
※ 本記事の内容は、2012年11月現在の法令等に基づいています。
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