「働き方改革につながる!精神障害者雇用」第7回 ハラスメント

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【第7回 ハラスメント】
組織が人を狂わせる
特効薬としての可能性が

◇止まらないパワハラ
 パワーハラスメント(=パワハラ)について、法律上の定義はなく、それを直接規制する法律もない。今年(注:2017年)3月に「働き方改革実現会議」が決定した「働き方改革実行計画」での政府方針を受け、現在、有識者と労使関係者からなる「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」が実効性のある職場のパワハラ防止対策について検討を進めている。

 だが、検討会での議論をながめても、着地点は見えてこない。総論として、パワハラをネガティブに捉えてはいるものの、各論では、「不適切・違法かどうかという判断が非常に難しい」、「被害者が悪いのではないかというケースがある」、「被害者が一方的な主張をしており会社も苦労していると思われるケースがある」、「被害者が加害者というケースもある」などの意見が出ている。結局、ふんわりとした職場のコミュニケーションの問題に原因と対策を収れんさせるだけであれば、実効性は疑わしい。

 しかし、職場のパワハラの実態が深刻であることは否定しようがない。都道府県労働局に寄せられた相談の内訳は、「いじめ・嫌がらせ」が平成24年以降5年連続でトップであり(平成28年度は22.8%)、年々その件数も増加している(同年度は約7万1000件)。

 また、平成28年に厚労省が労働者1万人に対して実施した調査では、3人に1人もの労働者が過去3年間にパワハラを受けたと回答しているが、そのうち40.9%が、その後「何もしなかった」という。その理由(複数回答)(図1)にも愕然とする。

 「何らかの行動をするほどのことではなかったから」は13.6%  に過ぎないが、「何をしても解決にならないと思ったから」は68.5%で3分の2を超えている。「職務上不利益が生じると思ったから」が24.9%、「上司や同僚との人間関係が悪くなることが懸念されたから」が13.4%で続く。

第7回 図1

 職場の人間関係の悪化を個人の問題に帰着させてはならない。善良な人間が、組織のありようによっては“狂う”のである。ハラスメントの原因は、人をコントロールしようとすることそのものである。経営者にはそのメカニズムを制御する覚悟が必要だ。その上で、発達障害者を含む精神障害者雇用に本腰を入れることは、ハラスメント防止の特効薬になる可能性がある。

◇「優秀な人材」とは?
 経営者はよく「優秀な人材」が欲しいという。では、採用した社員が以下ののような者であったら、どのように扱うのだろうか? これらは、発達障害の特性を持つ人が、就労する上で抱えやすい課題である。では、採用しなければ良いのだろうか?

第7回 表

 応募者の中からこのような特性を持つ者を排除するためのスクリーニングのツールを求める経営者もいるが、この戦略は必ず失敗する。

 多くの「優秀な人材」を排除することになるからだ。さらに、採用後にこのような特性が分かった途端、パワハラのターゲットにしてしまう。そのような組織は、ひたすら消耗戦を続けることになり、あとは、撤退戦が待つのみである。

 ところで、発達障害の特性を持つ人は、パワハラの被害者になりやすいばかりではない。経営者や管理職の中にも、発達障害の特性を持つ人がかなり多くいるとの指摘もある。

◇加害者にもなり得る
 「人の気持ちをくみ取るのが苦手」「自分のやり方にこだわる」といったASD(自閉スペクトラム症)の特性も問題だが、特に問題になるのは「感情の起伏が激しい」「衝動的な行動をとる」「興味がないことについては人の話を聞けない」「聞いてもすぐ忘れてしまう」といったAD/HD(注意欠陥・多動性障害)の特性である。これでは、本人に悪気はなくとも、部下は振り回され、裏切られ、不安にさいなまれる。パワハラの加害者にもなり得るのである。

 発達障害は、誰にでも多かれ少なかれある、持って生まれた脳の特性だと考えられている。実在しない「定型発達者」というモデルを想定するから、足りないとか、欠けているように感じるだけである。「障害」は、能力の欠損として内部にあるのではなく、能力の発揮を外部から妨げているものとして捉えるべきだ。社員個人の問題ではなく、組織の問題なのである。企業がそれぞれの社員の障害を最小化することに力を注ぐことによって、全ての社員の潜在能力の発揮が促される。このことを数式で表現しているのがトレンドマイクロ社のマネジメント哲学だ(図2)。本質的なインクルージョン(包摂)の実践である。

第7回 図2

弁護士 小島 健一

初出:労働新聞3137号・平成29年11月20日版

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