【連載】「働き方改革につながる!精神障害者雇用」第5回 就労定着支援

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第5回 就労定着支援
三者の連携が重要に
実績上げるシステムも

◇来年度開始の新施策
 精神障害者や発達障害者の雇用における最大の課題は、就業の継続、職場への定着である。就職件数が大幅に増加しているにもかかわらず(本連載第1回参照)、実雇用人数の増加が伸び悩んでいるのは、短期間で退職する人が多いからだ。6割が就職後1年以内に離職しているというデータもある。

 政府は、障害者総合支援法を改正し、来年度(注:2018年度)から「就労定着支援」という新しいサービスを開始する。就労移行支援事業所等を利用して一般就労(企業への就職)に移行した障害者の就労に伴う生活面の課題(生活リズム、体調、服薬等の管理)を解決するために、「就労定着支援事業所」が関係者(雇用主、障害福祉サービス事業者、医療機関、家族等)との連絡調整や当事者への指導、助言等の支援を提供する。支援期間は、就職の6カ月後から最大3年間である。

 これまでも、各地域の障害者就業・生活支援センターが就業と生活の両面から相談・支援を行ってきたが、その数は限られていた。また、就職から最低でも6カ月間は、一般就労へ送り出した就労移行支援事業所等が相談等の支援を継続することになっている。今般の法改正は、さらに長期にわたって就労定着の支援に取り組む就労定着支援事業所を増やし、これを後押しするものだ。

 障害者を雇用する企業としては、自己理解を深め、生活習慣を整え、就労訓練や企業実習を受けるなど、就労の準備ができた上で、自社の仕事内容、職場風土等と合致する障害者を紹介して欲しいものだ。さらに、その障害者をよく理解している支援者に、入社後も継続して関与し、本人と企業担当者の双方に助言して、信頼関係を築くことをサポートしてもらいたいニーズがある。

◇現場が生んだ“知恵”
 精神障害者や発達障害者の場合、「見えない障害」であり、体調に波があることに加え、自己管理、人間関係、コミュニケーションやストレス対処に苦手があることが多いので、日々のモニタリングとタイムリーな介入が不可欠だといって良い。

 これらをサポートする、「SPIS(=Supporting People to Improve Stability)」(エスピス)という、精神障害者や発達障害者の就労定着を支援するウェブ上の日報システムがある。その特徴は、当事者・企業担当者・支援者の三者間の情報共有・連携プラットフォームであることだ。

無題(第5回)

NPO法人全国精神障害者就労支援事業所連合会(注:現名称はNPO法人全国精神保健職親会)や大阪府商工労働部などが、SPISの普及活動を展開している。

 SPISは、㈲奥進システムという小さな会社が、NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(JSN)という就労移行支援事業所の訓練を受けた精神障害者を雇い入れたことをきっかけに開発した。自社の業務日報とJSNでの訓練日誌などがヒントになっている。開発を担当したのは、精神障害者本人である。SPISは、理論からではなく、当事者に学び、障害者雇用の現場で生まれたのである。

 SPISは、障害者が、毎日、自分のコンディションと服薬の状況、一日の感想を日報形式で記録することから始まる。本人の主体性が起点となるのである。コンディションの具体的な評価項目(生活面、社会面、仕事面)は、障害者自身が自分に“しっくりくる”ものを自分なりに表現したものにする。この日報データは、時系列のグラフで「見える化」され、障害者自身も新たな気付きを得て客観的な自己理解が進み、自己管理能力が向上する。

 SPISには、障害者だけでなく、企業担当者と支援者(臨床心理士、精神保健福祉士等)がアクセスし、それぞれコメントを書き込み、三者間で「対話」を行う。慣れてくれば、企業担当者がコメントするのに必要な時間は、1日3分程度である。これにより、障害者には、「見守られている」という安心感が醸成され、弱さも含めて自己開示ができるようになり、企業担当者は障害者の特性への理解が深まる。支援者の助言が得られるため、企業担当者のカウンセリング・マインドとコーチング・スキルも向上する。

 月に1回は障害者、企業担当者、支援者による三者面談を行う。三者面談では「見える化」された日報データを見ながら振り返りを実施する。こうして、この三者間には、信頼と物語が育まれ、「世界最小のコミュニティ」が形成される。障害者が、自己肯定感と自己有用感を育むためには、“ありのままの自分”が受け入れられ、尊重されることと、“やればできる自分”を期待され、評価されることの両方が必要なのである。SPISの利用期間は、関係性構築のために最も大切な入社後6カ月間を基本としているが、その後も利用を続ける障害者は多い。

 精神障害者でもある開発担当者は、次のように述べている。

 「僕が作ったのは、インターネット上で動く、日々のやり取りを蓄積するシステムです。ですが一番大事なのは、システムそのものではなく、そのシステム上でどのようなやり取りがなされ、それによって当事者、企業担当者、そして支援者の間でどのような関係が作られ、どのような気持ちの変化が起きるのかということです」。

 2014年に運用開始されて以来、SPISの利用者は、2016年5月時点で約100人に達した。利用者の1年目の就労率は93%、1年6カ月目で80%という驚異的な定着実績を上げている。

 SPISに対する医療関係者の関心は高まっており、現在、SPISを運用する支援者を増やすため、「SPIS相談員養成講座」が大阪と東京で開催されている。SPISは、障害者雇用にとどまらず、リワーク支援やメンタルヘルス対策にも活用されることが期待されている。

弁護士 小島 健一

初出:労働新聞3135号・平成29年11月6日版

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