「働き方改革につながる!精神障害者雇用」第3回 合理的配慮の提供(2)

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 合理的配慮を提供する前段階として、事業主は、障害労働者ごとにその能力発揮の妨げになっている障壁を具体的に把握し、事業主自身の負担と丁寧にすり合わせながら、提供する配慮の内容を障害労働者と合意する、障害労働者との建設的な「対話」のプロセスを必要とします。

 合理的配慮をめぐる事業主と障害労働者の「対話」を充実させることは、障害労働者にとっても、自分のことを客観的に認識し、働くことの具体的なイメージを持つことが促進される効果を期待できます。社会的な経験が不足しがちな精神・発達障害のある労働者にとって、安全安心をベースにした事業主との「対話」は、得がたい成熟の機会となるのです。

 【第3回 合理的配慮の提供⑵】
社会的障壁を除去
ニーズ知るためまず対話

◇日常用語とは異なる
 「合理的配慮」という言葉は、障害者権利条約における“reasonable accommodation”の訳語である。2013年の障害者差別解消法(以下「差別解消法」とする)の成立、障害者雇用促進法(以下「雇用促進法」とする)の改正まで、日本の法制度に存在しなかった考え方だ。

 障害者権利条約は2006年に国連で採択され、わが国は2007年に署名、2014年に批准するに至った。この条約を批准するための国内法整備として、右の立法措置がなされた。

 どちらの法律も「合理的配慮」という言葉そのものは使っていないが、差別解消法に基づく基本方針、対応要領・対応指針や、雇用促進法に基づく指針には、「合理的配慮」という言葉が登場する。

 差別解消法では、「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮」の略称として「合理的配慮」が用いられている。雇用促進法における「合理的配慮」も、障害者の職務遂行能力の発揮を妨げる社会的障壁を取り除くことを意味すると考えられる。

 日常用語としての「配慮」という言葉には「思いやり」のニュアンスが含まれているが、法制化された合理的配慮は、個人の「思いやり」に依存するものではない。「思いやり」に期待して配慮をお願いすることは、健常者が想像する以上に困難を伴うものであり、「思いやり」への依存が障害者のニーズの表明を抑制してきたという反省がある。

 合理的配慮の提供義務が法制化されたことで、配慮を必要とする障害者は、現に今困っていることを表明し、その解決を求めて良いのだ、という社会的な承認が得られたのである。

 そもそも、「合理的配慮」という訳語には異論があり、「配慮」ではなく、「対応」「便宜」「変更」「調整」などの訳語を充てるべきだという主張がある。確かに、「合理的配慮」は、個々の場面で生じる障害者の個別のニーズに「対応」することであり、不特定多数の障害者を対象とする事前的改善措置(バリアフリー)やポジティブ・アクションとは異なる。事業主が求められる社会的障壁除去の方法も、①職場環境や施設の物理的な「変更」・「調整」、②通訳者やジョブコーチ等を配置しての人的支援(意思疎通への配慮)という「便宜」、③職場のルール、労働条件や慣行の柔軟な「変更」・「調整」などを含んでいる。

 合理的配慮の提供に関する具体的事例は、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構のホームページで参照することができる。また、分かりやすい例として、札幌市保健福祉局が作成したリーフレット「職場で使える『虎の巻』発達障がいのある人たちへの八つの支援ポイント」がある。

 同リーフレットでは、「適当に」という言葉のあいまいさに戸惑う発達障害者が描かれており、見本を見せることがポイントであるとされている。

 

◇過重負担のない範囲
 「配慮」だけでなく「合理的」についても、障害者のニーズを適切に満たし、かつ、相手方に過重負担を課さないといった、調整と納得のニュアンスを表現すべく「理に適(かな)う」(適理的)という訳語を充てる論者もいる。事業主が合理的配慮の提供義務を負うのは、事業主の「過重な負担」とならない範囲に限られるからである(雇用促進法36条の2、3の各ただし書)。

 合理的配慮指針は、過重負担に当たるか否かは、①事業活動への影響の程度、②実現困難度、③費用・負担の程度、④企業の規模、⑤企業の財務状況、⑥公的支援の有無といった要素を総合的に勘案しながら、個別に判断することとしている。この判断は、具体的場面や状況に応じて客観的になされなければならないものである。

 たとえば、事業主の経済的負担が大きいことを理由として過重負担と判断する際には、遂行する職務の市場価値と賃金水準の均衡状態、障害者雇用納付金制度との関係で事業主が得ているベネフィット、雇用や当該配慮に関して事業主が得ることができる助成金等も勘案されるべきである。

 また、事業主は、たとえ障害者が求める配慮が過重負担であると判断したとしても、障害者に対しその旨を丁寧に説明した上、過重負担にならない他の配慮を提供することによって障害者のニーズに応えることができないかを真摯に検討し、障害者とよく話し合う必要がある。

◇建設的対話の手続き
 事業主からの一方的な配慮の押し付けは、たとえ善意からのものであっても、「合理的配慮」にはならない。障害者は多様性と個別性に富んでいるため、個々の障害者の特性に応じて柔軟に対応しなければならない。「見えない障害」であり、それらの障害が日々変動しやすい精神障害、発達障害等では、なおさらである。

 さらに、合理的配慮の提供に当たっては、障害者本人の意向を十分に尊重しなければならない(雇用促進法36条の4)。この意向には、プライバシー保護の希望も含まれ得る。

 したがって、「合理的配慮」の内容は、事業主と障害者の対話による共同作業によって作り上げることになる。「合理的配慮」の提供義務は、事業主と障害者の間でニーズと負担に関する双方の個別具体的な事情を突き合わせるプロセスを要請するのである。

 このような建設的対話の手続きは、障害者にとどまらず、多様なマイノリティを「包摂」(インクルージョン)する「共生の技法」となる可能性を秘めている。

弁護士 小島 健一

初出:労働新聞3133号・平成29年10月23日版

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