新しい法律の解説 平成15年民事訴訟法改正の解説
改正内容の解説
民事訴訟法等の一部を改正する法律
はじめに
今回は、民事訴訟法の改正(平成15年7月16日・法律第108号)を取り上げたいと思います。
民事訴訟法は、民事裁判の根幹をなす法律であり、昨年から今年にかけて、5回程度の改正が加えられています。
このうち、法律第108号の改正は、上記の諸改正の内、未施行のものを除いて、特に重要な改正となりますので、今回取り上げさせていただきました。
I どういう改正なのですか?
今回の改正は、司法制度改革の一環として、民事裁判をより国民に利用しやすくするという観点から、その充実・迅速化を図るため、次の手当てを講じています。
1 民事訴訟における計画審理の推進(新設)
2 訴訟提起前における証拠収集の手段の拡充(新設)
3 専門的な知見を要する事件への対応の強化のための専門委員制度(新設)
4 鑑定人の意見陳述の手続の改善(改正)
5 知的財産権関係訴訟の管轄の専属化等(改正)
II 計画審理の推進(新設)について、具体的にはどういうことを定めていますか?
1 概要
裁判所は、[1]事件が複雑である場合等、適正・迅速な審理の実現のため必要があると認めた場合、[2]当事者双方との協議の結果を踏まえた上で、審理の計画を定めなければならないことになっております。
そして、審理計画の内容・手続についても規定し、計画審理を推進しています。
2 審理計画作成義務
まず、第147条の2で、裁判所及び当事者は、適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない、と定めており、第147条の3で具体化しています。
(1) 複雑な事件の場合に必要となります。
公害事件等の大規模訴訟や、争点が複雑な医療関係訴訟及び建築関係訴訟等、審理すべき事項が多数にわたり、錯綜している事件については、訴訟手続の計画的な進行を図らないと、適正・迅速な審理の実現が難しく、審理に計画性を持たせる必要があります。
(2) 審理計画の策定義務を裁判所に課しています(第1項)。
策定にあたっては、当事者双方との協議&結果を踏まえる必要があります。
(3) 審理計画の内容は次のとおりです。
ア 必要的なもの(第2項)。
[1] 争点整理を行なうべき期間。
[2] 人証調べを行なうべき期間。
[3] 口頭弁論の終結、及び、判決言渡しの予定時期。
イ 任意的なもの(第3項)
特定の事項について、攻撃防御方法の提出期間を定めることができます。
(4) 裁判所は審理計画の変更も可能です(第4項)。
[1] 審理の過程において明らかになった諸事情を考慮します。
[2] 当事者双方との協議が必要となります。
3 審理計画を定めた場合の攻撃防御方法の提出期間を定めています(第156条の2、第157条の2)。
(1) 裁判長は特定の事項について、攻撃防御方法の提出期間を定めることができます(第156条の2)。
[1] 審理計画中に定めなくても、訴訟指揮の一環として機動的に出来ます。
[2] 当事者の意見を聴く必要が有ります。
(2) 守らなかった場合、却下の制裁があります(第157条の2)。
ア 要件
[1] 裁判所が特定の事項についての攻撃防御方法の提出期間を審理計画中に定めた場合(第147条の3第3項)or計画中に定めていなくても裁判長が訴訟指揮権の発動として上記期間を定めた場合(第156条の2)。
[2] 当事者がその期間を経過した後に攻撃防御方法を提出したことにより、審理計画に従った訴訟手続の進行に著しい支障があると認められるとき。
[3] 当事者が期間内にその攻撃防御方法を提出することができなかったことについて相当の理由があることを疎明できなかったとき。
イ 手続
当事者の申立てあるいは職権により却下ということになります。
(3) 提出期間&却下の制裁を定めた意味は、審理計画の実効性確保にあります。
審理計画の実効性を確保し、訴訟手続を計画的に進行させるには、当事者の不誠実な訴訟進行、特に時機に後れた攻撃防御方法の提出に対して、制裁も含めた適切な対応が必要となります。
改正前も、一般的に、時機に後れた攻撃防御方法を却下出来る(第第157条第1項)ものの、当事者が故意または重大な過失により時機に後れたことが要件で、これを裁判所が認定しなければならず、ハードルが高く、実務上活用されていません。
そこで、審理計画の実効性を図るため、新たに要件を緩めた形で、攻撃防御方法の却下の制度を設けたものです。
III 訴訟提起前における証拠収集の手段の拡充(新設)について、具体的にはどういうことを定めていますか?
1 骨子
当事者が訴訟における主張立証の準備のために必要な証拠や情報を早期に入手することができるようにするため、[1]訴えの提起前においても、[2]相手方に対して照会をすることができる手続、あるいは、[3]裁判所を通じて証拠となるべき文書等を取り寄せることができる手続を設けています。
これにより、訴訟提起前における証拠収集手続を拡充しています。
2 訴えの提起前における照会(第132条の2ないし3)
(1) 当事者間で、訴訟提起前にも、訴訟提起後の当事者照会(第163条)に準じた照会が可能になります。
ア 原告となるべき者からの照会の要件
[1] 訴えを提起しようとする者が被告となるべき者に対して予告通知をした場合
[2] [1]の予告通知の書面には、以下の事項を記載すること。
・提起しようとする訴えに係る請求の趣旨
・紛争の要点
[3] 照会が予告通知をした日から4か月以内であること(第132条の3)。
[4] 訴えを提起した場合の主張or立証の準備のために必要であることが明らかな事項についての照会であること。
イ 被告となるべき者からの照会の要件
[1] 予告通知者(訴えを提起しようとする者)に対し、予告通知に対する返答をした場合
[2] [1]の回答の書面には、以下の事項を記載すること。
・請求の趣旨に対する答弁の要旨
・紛争の要点に対する答弁の要旨
[3] アと同じ。
[4] アと同じ。
ウ 訴え提起前の照会を定めた意味は、民事裁判の充実・迅速化にあり、要件を絞った意味は、濫用の防止にあります。
(2) 一定の照会不能事由があります。
ア 訴えの提起後における当事者照会においても照会することができない事項についての照会であるとき(第163条各号)。
イ 訴えの提起前における照会特有の不能事項
[1] 相手方又は第三者のプライバシーに関する事項についての照会であって、その者が社会生活を営むのに支障を生じるおそれがあるとき。
[2] 相手方又は第三者の営業秘密に関する事項についての照会であるとき。
ウ 不能事由を設けた意味は、濫用の防止、及び、照会を受けた相手方の利益の保護にあります。
3 訴えの提起前における証拠収集の処分の手続(第132条の4ないし7)
(1) 訴えの提起前における証拠収集の処分の手続(第132条の4ないし7)
ア 要件
[1] 原告となるべき者が申立てる場合には、被告となるべき者に対して予告通知をしたこと。
被告となるべき者が申立てる場合には、予告通知者に対し、予告通知に対する返答をした場合。
[2] [1]の予告通知に係る訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠になるものであること。
[3] 申立人が自ら収集することが困難であると認められること。
[4] 申立てが予告通知から4か月以内になされることor4か月を過ぎても相手方の同意があること(第2項)。
イ 手続
[1] 予告通知者or返答をした被予告通知者が、証拠収集の処分を求める申立てを裁判所に対して行ないます。
[2] 管轄裁判所は、申立人若しくは相手方(予告通知者が申立てた場合は被予告通知者、被予告通知者が申立てた場合は予告通知者)の普通裁判籍の所在地、あるいは、文書の所持者の所在地を管轄する地方裁判所となります(第132条の5第1項)。
なお、間違った場合の移送ができます(同第2項)。
[3] 裁判所は、相手方の意見を聴取します。
[4] 裁判所は、要件を満たす場合、次の証拠収集の処分ができます。
・ 文書の所持者に文書の送付を嘱託すること(一号)。
・ 資料に基づいて容易に調査することができる客観的事項について官庁その他の団体に調査を嘱託すること(二号)。
・ 専門的な知識経験を有する者に専門的な知識経験に基づく意見の陳述を嘱託すること(三号)。
・ 執行官に対し、物の形状、占有関係その他の現況についての調査を命ずること(四号)。
[5] 証拠収集の処分に基づく、文書の送付or調査結果の報告、あるいは、意見の陳述が裁判に対してなされます。
[6] 裁判所が、[5]を、証拠収集の処分の申立てに係る事件に関する記録として保管し、申立人、及び相手方に通知します(第132条の6)。
[7] 申立人あるいは相手方が、文書等を閲覧、謄写できます(第132条の7)。
[8] 訴えの提起前の証拠収集の処分の申立てについての裁判に関する費用は、申立人が負担します(第132条の9)。
ウ 訴え提起前の処分を定めた意味は、民事裁判の充実・迅速化にあります。
(2) 一定の処分不能・取消事由があります。
ア 処分不能
証拠の収集に要する時間、あるいは嘱託を受ける者の負担が、不相当になること等の事情を考慮して、処分が相当でないと認められる場合には、裁判所は証拠収集の処分をすることはできません(第132条の4第1項ただし書)。
イ 処分取消
証拠収集の処分をした後であっても、証拠の収集に要する時間、あるいは、嘱託を受ける者の負担が、不相当になること等の事情を考慮して、処分が相当でないと認められるに至った場合には、裁判所はその処分を取り消すことができます(同条第4項)。
ウ 不能&取消事由を設けた意味は、濫用の防止、及び処分を受ける相手方の利益の保護にあります。
IV 専門委員制度の創設(新設)について具体的にはどういうことを定めていますか?
1 骨子
裁判所が、専門家に専門委員として訴訟手続への関与を求め、専門的な知見に基づく必要な説明を聴くことができることとする専門委員制度を創設しています。
なお、専門委員の選任は、訴訟指揮の一環として、専門委員の指定の裁判という形でなされます。
2 手続への関与
(1) 裁判所は、争点整理又は進行協議の手続へ、専門委員を関与させることができます(第92条の2第1項)。
ア 要件
争点整理又は進行協議を行なうに当たり、当事者の主張を明確にしor円滑な進行協議を図るため必要があると認めるとき。
[1] 裁判所が特定の事項についての攻撃防御方法の提出期間を審理計画中に定めた場合(第147条の3第3項)or計画中に定めていなくても裁判長が訴訟指揮権の発動として上記期間を定めた場合(第156条の2)。
[2] 当事者がその期間を経過した後に攻撃防御方法を提出したことにより、審理計画に従った訴訟手続の進行に著しい支障があると認められるとき。
[3] 当事者が期間内にその攻撃防御方法を提出することができなかったことについて相当の理由があることを疎明できなかったとき。
イ 手続
[1] 当事者の意見聴取が必要です。
[2] 専門委員を手続に関与させるとの決定が必要です。
ウ 関与形態
専門的な知見に基づき必要な説明をします。
(2) 裁判所は、証拠調べの手続へ、専門委員を関与させることができます(第92条の2第2項前段)。
ア 要件
証拠調べをするに当たり、証拠調べの結果の趣旨を明瞭にする(ex.証言における専門用語の意味内容を明らかにする)ため必要があると認めるとき。
イ 手続
当事者の申立てあるいは職権により却下ということになります。
[1] 当事者の意見聴取が必要です。
[2] 専門委員を手続に関与させるとの決定が必要です。
ウ 関与形態
専門的な知見に基づき必要な説明をします。
(3) 裁判所は、人証調べを行なう期日において、専門委員に説明させる際、証人、当事者本人or鑑定人に対して、専門委員が直接に問いを発することを許すことができます(第92条の2第2項後段)。
ア 要件
証拠調べの結果の趣旨を明瞭にする(ex.証言における専門用語の意味内容を明らかにする)等のため必要な事項の問いであるとき。
イ 手続
[1] 当事者双方の同意が必要です。
[2] 発問の結果得られた供述は証拠となるので、慎重に手続を行ないます。
ウ 関与形態
直接の発問になります。
(4) 裁判所は、和解の手続へ、専門委員を関与させることができます(第92条の2第3項)。
ア 要件
和解を試みるに当たり、和解案等の協議について専門的な知見が必要であると認めたとき。
イ 手続
[1] 当事者双方の同意が必要です。
[2] 専門委員を手続に関与させるとの決定が必要です。
ウ 関与形態
専門的な知見に基づき必要な説明をします。
3 専門委員の中立性・公平性の確保が定められています。
(1) 中立性・公平性確保のための条文
ア 裁判所は、専門委員を指定する際には、必ずその中立性・公平性等について、当事者の意見を聴かなければなりません(第92条の5)。
イ 専門委員について除斥・忌避があります(第92条の6)。
ウ 裁判所は、専門委員の中立性・公平性に疑念を抱いた場合、いつでも指定を取り消す(=解任)することができます(第120条)。
エ 裁判所は、相当と認めるときは、申立てにより又は職権で、専門委員を手続に関与させる決定そのものを取り消すこともでき、当事者双方の申立てがあるときは、これを取り消さなければなりません(第92条の4)。
オ 専門委員は、口頭弁論等の当事者双方が立ち会うことができる期日において 口頭で説明をする、あるいは、書面を裁判所に説明して説明をすることとし、専門委員の説明の内容は、常に当事者に対して開示されます(第92条の2)。
V 鑑定人の意見陳述の手続の改善(改正)について、具体的にはどういうことを定めていますか?
1 骨子
鑑定手続について、裁判所が専門家である鑑定人からその学識経験に基づく意見を聴く手続として、よりふさわしい手続に改善しています。
2 改正前
鑑定人の意見陳述の手続について、証人尋問の規定を包括的に準用(第216条)し、原則として、当事者から質問されたことに答えるという形式で意見陳述しています。
3 改正後
専門家が専門的な知見に基づいて意見を陳述するという鑑定手続の性質に適合するよう、手続の順番を改正しています(第215条の2)。
[1] 鑑定人が、まず、鑑定事項について意見を陳述。
[2] 次に質問。質問の順番も、原則、裁判長→当事者の順番。
VI 知的財産権関係訴訟の管轄の専属化等(改正)について、具体的にはどのようなことを定めていますか?
1 骨子
特許権及び実用新案権等に関する訴訟について、その第1審の管轄を東京地方裁判所、あるいは大阪地方裁判所に、その控訴審の管轄を東京高等裁判所に専属化させています。
2 改正前
管轄の一般原則に従い、通常通り、第1審は、東京や大阪以外の地方裁判所、控訴審は、東京以外の高等裁判所も、被告住所地等に従い訴訟管轄を有していました。
3 改正後
(1) 特許権等に関する訴え等の専属管轄化
ア 第1審(第6条第1項)
特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え(特許権等に関する訴え)を専門的に取り扱う裁判部が設けられている東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の専属管轄にしています。
これらの事件を専門的処理体制を備えた裁判所に集中させることで、特許権等に関する訴えの審理の充実及び迅速化を図るのが狙いです。
イ 控訴審(第6条第3項)
特許権等に関する訴えに係る控訴について、既にこれらの事件を専門的に取り扱う裁判部が設けられている東京高等裁判所の専属管轄としています。
これにより、専門化した裁判官及び調査官を集中的に配置し、特許権等に関する控訴事件の審理の充実及び迅速化を図ることとしています。
ウ 東京地方裁判所、大阪地方裁判所及び東京高等裁判所においては、5人の裁判官の合議体で審理及び裁判をすることができます(第269条の2、第310条の2)
これは、高度な専門技術性を有すること、企業の経済活動に大きな影響力を有することから、多数の専門化した裁判官の知識経験に基づき慎重に審理し判断しようとするものです。
エ 東京地方裁判所、大阪地方裁判所及び東京高等裁判所は、事件が専門技術性を欠く場合には、他の裁判所に事件を移送することができます(第20条の2)。
(2) 意匠権等に関する訴えの競合管轄化(第6条の2)
意匠権、著作物の権利(プログラムの著作物についての著作者の権利を除く)、出版権、著作隣接権若しくは育成者権に関する訴え、又は、不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴えについては、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所にも提起することができます。
これは、特許権等に関する訴えほど高度な専門技術的事項が問題とはならないが、 知的財産権関係訴訟特有の審理のノウハウを有している裁判所にも提起を認めることで、審理の充実、及び迅速化を図ることが狙いです。
(文責 弁護士 堤 博之)2004.10.28
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