税務訴訟 訴訟技術と国益
訴訟技術と国益
私共の事務所は、ストック・オプションに関する税務訴訟を担当している。この訴訟における最大の争点は、外国の親会社から付与されたストック・オプションを行使した日本子会社の役員・従業員の行使利益に関する所得の区分が、一時所得か、それとも、給与所得か、である。
昭和59年ごろから平成11年あるいは12年までは、課税当局は「一時所得」の見解であったが、その後に、その見解を変更し、現在は「給与所得」の見解で課税をしている。訴訟においても、被告課税庁は「給与所得」を一貫して主張してきた。
ところが、訴訟の終局段階に入った最近になって、被告課税庁は、給与所得の主張に加えて、そうでなければ「雑所得」であるという主張をしてきた。訴訟では、ある主張で勝てなくとも、別の主張を加えることで勝訴を確保するために、このような主張の追加はよくあることである。
しかし、訴訟の終局段階に入ってからの「雑所得」の主張は、「給与所得」の主張に対する自信のないことの現われのような気がしてならない。「給与所得」に自信があれば、あえて終局段階で主張の追加をする必要はないからである。
とはいえ、訴訟において、このような主張の追加自体は適法であることは否定しがたいことである。そうは言えても、国家的立場から言えば、主張の追加が適切なのかについては疑問がある。
なぜならば、現在の訴訟と同じ情況でストック・オプションにおける課税は、毎年行なわれているからであり、そのときの申告に関して、課税庁と争うことを避けたいと考えている納税者は、納税額が異なる以上は「給与所得」として申告するか、「雑所得」で申告するか、について迷わざるを得ないからである。ここでは、訴訟段階と異なり、給与所得でないとしても雑所得ということは許されないからである。
このように、訴訟技術を用いて、2つの主張をすることは許されても、現実の申告が1つの見解に基づかなければならない場合には、納税者は困惑するしかないのである。一応、給与所得で申告しても、仮に後日、雑所得になった場合には、現在の理論に従えば、課税庁の調査があれば、3年遡って、修正申告をし、過少申告加算税・延滞税を払うべきことになる。
課税庁の公的見解に従った場合に救済する理論である信義則でも、最高裁の判例理論では、よほど困った事情が発生しない限り救済されないからである。こう考えると、課税庁側の主張が社会的に大きな影響を与える場合には、国益を重視して混乱を生じるような主張を自制すべきではないだろうか。
それにしても、課税の基礎に変化がないのに、公的見解が「一時所得」から「給与所得」へ、さらに「雑所得」と変化するのはいかがなものであろうか。これでは、納税者は予測可能性をもてない。つまり、ここには「租税法律主義」は存在しないに等しい。
課税庁の見識は何処に行ったのであるか。これでは、国民は課税庁を信用できなくなる。この信頼の喪失こそ、最も恐れるべきであろう。
(文責 鳥飼重和)
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