経営者に必須の法務・財務 朝日新聞社事件における4つの視点
前回に引き続いて、朝日新聞社株主代表訴訟事件について述べる。前回は、事件の概要および原告の主張などを紹介した。朝日新聞社の取締役がテレビ朝日の株式をソフトバンク側から買取るという経営判断をしたことについて、原告はミスがあると主張しているが、そのミスの所在を四点指摘していることは前回述べた。繰り返しになるが、分りやすくするため、その四点を次に記述する。
一点は、朝日新聞社がテレビ朝日における主導的立場を維持するについては、本件株式の所有の必要性がなかったという主張。
二点は、本件株式の買取り価格が不当であるという主張。
三点は、本件株式の買取りに要する総額が朝日新聞社の資産状態に比較して過大であるという主張。
四点は、本件株式の買取りについての経営判断について、取締役会の審議が不十分という主張。
以上の原告の四点の主張に対して、裁判所はそれぞれ次のように判断している。
まず第一の本件株式の取得の必要性について。朝日新聞社は、平成8年に「朝日ビジョン2010年」という長期的経営計画を立て、その中で電子電波メディアの育成に努めることを明らかにしている。この長期計画からすれば、テレビネットワークのキー局であるテレビ朝日の経営に対し主導的立場を維持することは重要となってくる。
これに対して、ソフトバンク側がテレビ朝日株を事前の予告もなく、しかも譲渡制限を潜脱する形で、いわば敵対的買収をしたのである。もちろんソフトバンク側が朝日新聞社との交渉において、朝日新聞社の主導的立場を認めてくれるのであれば、前記朝日新聞社の長期経営計画の実行上、何の懸念もない。
そのため朝日新聞社はソフトバンク側に対し、[1]ソフトバンク側はテレビ朝日における朝日新聞社の主導的立場を認めること、[2]ソフトバンク側がテレビ朝日の株式を買増ししないこと、[3]テレビ朝日の株式を保有するソフトバンク側の株主構成に変更があったときは朝日新聞社に通知する等の要求をした。
ところがソフトバンク側は、[2]の株式の買増しをしないことについては同意せず、[3]のソフトバンク側に第三者が資本参加する可能性を示唆した。これではソフトバンク側との関係において、朝日新聞社の主導的立場が実質的に維持できるか不安定となる。
ここにおいて朝日新聞社は、長期的経営計画の遂行のため、ソフトバンク側という敵対的株主と見うる大株主の存在を前提として、いかなる方策を立てるべきかの決断に迫られることになった。その一つの方策としては、東映との関係を強化する方法が考えられた。テレビ朝日における株主構成として、朝日新聞社は34.15%の株主であり、東映は14.93%の株主であるから、両社を合わせるとテレビ朝日の約半分の持株比率となる。この両社の協力関係が強化できれば、テレビ朝日における朝日新聞社への主導的地位は維持できるのは確かである。
しかし、この協力関係は、東映の意向一つで変化するものであり、東映には東映なりの事情がある。したがって東映との協力関係を強化できたとしても、いつまでも、その協力関係が続くとは限らない。この協力関係の不確実性に着目すると、東映との協力関係だけでは、朝日新聞社の前記長期経営計画の遂行に不安定要素が加わることになる。とくに朝日新聞社の長期経営計画におけるテレビメディアの比重が高ければ高いほど、テレビ朝日における主導的立場の確立は不安定要素をなるべく除去すべき要請が高くなる。
そこで次の方策として、朝日新聞社の主導的立場を脅かすソフトバンク側から、その保有する株式を買取るという選択肢が出てくる。これが可能であれば、電波法の問題をクリアしなければならないが、朝日新聞社側のテレビ朝日における持株比率は50%を超すことになり、絶対的支配が確立し、朝日新聞社のテレビ朝日における主導的地位は不動のものとなる。
(文責 鳥飼重和)
株式会社バンガード社 バンガード
平成11年10月号「株主代表訴訟の潮流」より転載
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