経営者に必須の法務・財務 経営者が知るべき改正商法[6]
トラッキング・ストックの応用例
前回はトラッキング・ストックの応用例の1つとして、企業買収に利用する場面を解説した。その他にも、親会社の経営課題が明確になれば、トラッキング・ストックの応用で解決できることも多い。
トラッキング・ストックは、親会社が子会社支配を確立した状態で、子会社の投資家等に対する魅力を親会社の経営課題を解決するために利用する手法と考えてよいのである。
例えば、A社を親会社とし、その下に多数の子会社群があるグループ会社で、子会社の取締役・従業員の業績に対するインセンティブをいかに高めるかが、A社の経営課題であったとする。
信賞必罰をルールとして確立するなかで、子会社の業績向上に寄与した取締役・従業員に対し、報奨的なボーナスを支給する等のインセンティブの他、ストック・オプションを付与することで将来の業績に対する更なるインセンティブを与えることも考えられる。
このストック・オプションについてであるが、一般的には上場企業である親会社のストック・オプションを付与することが考えられる。改正商法によって、新株予約権の付与の対象者は限定されなくなったため、親会社が子会社の取締役・従業員に対し、新株予約権としてのストック・オプションを付与できるようになったからである。
しかし、親会社のストック・オプションを付与されたことで、子会社の取締役・従業員が子会社の業績向上に対するインセンティブを持てるかは、常にいえることではない。社歴の古い斜陽の事業部門を抱えた親会社の株式の将来に夢を持てない者がいるからである。インセンティブを持たすことができなければ、親会社のストック・オプションを付与すること自体無意味である。
これに対し、子会社の取締役・従業員が将来の成長性を期待しているのが、自分たちが所属している子会社自身であることもありうる。この場合には、子会社の取締役・従業員のインセンティブを高めるには、親会社が当該子会社の業績と連動する種類株式をストック・オプションとして付与するのが望ましい。
そうすれば、子会社の業績を向上させることは、その業績と連動する子会社の取締役・従業員が保有する親会社の種類株式の価値を高めることになるからである。まさに、直接的なインセンティブを与えることになる。
このように、トラッキング・ストックを新株予約権(ストック・オプション)の対象とすることができるかが問題になりそうである。新株予約権の対象となる株式の種類は限定されていないし、むしろ、取締役会で新株予約権の目的たる株式の「種類」を決議することになっているから、それが可能であると解釈できる。
経営課題を具体的に考えると、改正商法の株式制度は、大いに活用の余地がある。
(文責 鳥飼重和)
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