経営者に必須の法務・財務 審判記録の閲覧謄写を認めた最高裁判決の意味
最高裁判所は、平成15年9月9日、公正取引委員会が審判記録の閲覧謄写を住民訴訟の原告住民に開示許可したのは適法であるとの判断を示した。
この判決の企業社会に与える影響は計り知れないものがある。最高裁判所もそのことを知りつつ判決したのはなぜかを考える必要がある。
従来の日本では、立法も行政も司法も、製造業等の供給サイドの利益を重視する傾向が強かった。その反面、需要者である消費者サイドの利益は軽く扱われてきた。
それは、資源のない日本では貿易立国するしかなく、そのためには、貿易の基本である製造業等の供給サイドを保護育成する政策的判断を取るのが望ましいからである。
しかし、自由競争社会に入ろうとする現在の日本社会では、供給サイドの勝敗を決定するのは需要サイドである消費者側になる。この社会では消費者を重視する必要がある。
この時代の流れを背景として、立法・行政・司法が供給サイド重視から、消費者重視の方向に重点を移し始めているのである。
今回の最高裁判所の判断は、司法が消費者重視の姿勢を端的に示したものであると見ることが出来る。
自由競争社会では、談合は許されない典型である。その廃絶のための一つの手段である住民訴訟による談合企業への損害賠償請求は重要であるという認識が最高裁判所の裁判官にはある。
そこで、この住民訴訟による談合廃絶への取り組みの実効性を持たせるために、立証の側面で支援の手を差し延べたのが今回の最高裁判所判決の意義である。
従来の日本の企業社会では、違法なことが行なわれたとしても、その違法性の摘発はほとんど不可能であった。その最大の原因が、違法性を認める基礎となる資料が企業の中にあり、それが裁判の場で利用できなかったからである。
企業の中にある資料を裁判の場に持ち出すことを裁判所自体が消極的だったからである。
そのため、談合が行なわれてきても、その証拠が裁判の場に出ないのであるから、企業は違法なことの発覚を恐れないで済んだのである。その結果、談合は現状でも廃絶されたとはいえない。
重要なことは、違法なことをなくすことである。このことが最近、社会の中心的考え方の流れになった観がある。内部告発者を保護するというのも、その流れの中にある。
取締役の内部管理体制構築義務が重視され、内部監査への取り組みが本格化しているのも、その流れに沿うものである。
企業の経営者は、この流れに逆らってはならない。つまり、談合をして見つからないようにと考えてはならない。勇気が必要ではあろうが、談合を必要悪として認める考え方を捨てることである。
(文責 鳥飼重和)-2003.8.4
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