税理士 鈴井博之先生が緊急寄稿!! 海外親会社より付与されたストックオプションの権利行使による利益への課税問題

1. 一時所得とする見解の法的根拠
 ストックオプションとは、ある一定の期間中、ある時点での株価に拘らず、予め定められた価額(権利行使価額)で株式を購入する権利である。
 海外親会社から付与されたストックオプションの権利行使による利益の課税については、平成6年版東京国税局所得税課長編「所得税質疑応答集」において、一時所得である見解が示されていた。それ以前においても、国税庁審理室の職員が、昭和60年5月6日付・週間税務通信及び昭和61年11月24日付・週間税務通信において、「所得税法施行令第84条第1項に規定する新株等を取得する権利を与えられた場合に該当するものと解するのが相当であると考えられます」、「親会社が提供するもので従業員からみて使用者から与えられたものでないことから、少なくとも給与所得には該当しないものとみとめられます」として、一時所得で課税する方針を明らかにしていた。また、いずれもその解説文の中で、所得税基本通達23~35共―6を参照としていた。平成9年1月1日改正前の同通達は、「発行法人から有利な発行価額による新株等を取得する権利を与えられた場合の取得は、一時取得とする。ただし、支給すべきであった給与等に代えて権利を付与した場合は給与所得とする」ことを規定していた。
 当時の見解は、以下2つの法律的観点から見ても妥当であり、納得のいくものであった。

(1) 給与所得を定める所得税法28条の解釈にかかる最高裁判決の射程
 所得税法第28条は、給与所得を「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう」と規定しているが、給与自体の定義規定は税法には存在しない。昭和56年4月24日最高裁第二小法廷判決(昭和53年(行ツ)第90号事件)は「給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」旨を判示している。
 この判例に即して本件を考えてみた場合、仮に子会社の役員・社員の精勤が親会社への間接的に寄与している場合であっても、単に親会社と子会社との資本関係を基に、親会社と子会社に勤務する者の間に、雇用契約またはこれに類する関係があるというべきではない。さらに、いわゆる多国籍企業の場合、日本子会社の役員・社員の精勤があるとしても、親会社の所在地国の証券市場における株価形成との直接・間接の因果関係が存在しないことは経済的常識といえよう。
 したがって、本件利益が給与所得に当たらないことは明白である。

(2) 新株等を取得する権利の価額を規定する所得税法施行令第84条の解釈
 有利な発行額による新株等を取得する権利を与えられた場合の経済的利益の額の算定に関して、所得税法施行令第84条は、当該権利の行使により取得した株式のその行使の日における価額から、当該権利の行使に係る新株の発行価額を控除した金額としている。このような経済的利益の学は、主として当該権利を付与された日から権利行使日までの間に株式市場で形成された株式の値上益によって構成される。つまり、当該権利付与後に株価が下落した場合には経済学的利益は発生しない。このように、経済的利益の実現自体が、株式市場の動向次第という一時的かつ偶発的な性質を有していることから、当該経済的利益は一時所得として区分していた。仮に株価の上昇により経済的利益が生じたとしても、かかる株式の値上益は投機的要素を多分に含んでいるため、そのような不確実な要員によって左右される経済的利益は、そもそも役務提供の対価としての報酬にはなじまない。また、平成9年1月1日改正前の所得税基本通達23~35共―6は、このような経済的利益の本質に即した規定であったといえる。
2. 商法改正によるストックオプション制度導入の影響
 平成9年の商法改正によりわが国の株式会社にストックオプション精度が導入されたことに伴い、平成10年には租税特別措置法の整備と共に所得税法施行令第84条及び所得税基本通達23-35共―6の改正が行なわれ、日本の商法上のストックオプション制度で租税特別措置第29条の2に規定する税制適格要件を満たさないものについては、オプション行使時の経済的利益が給与所得として課税されることとなった。この変更は、わが国商法上のストックオプション制度では、ストックオプションの付与対象者は発行法人の取締役又は従業員に限定されている点に着目して、これを給与所得に区分したものである。
 したがって、外国法人から付与されたストックオプションでも、日本子会社の給与制度に組み込まれストックオプションを実質的に給与として支給している場合、実態的には、1)外国法人である親会社等から付与されたストックオプションを日本子会社の給与制度に組み込み、2)日本子会社の役員・従業員のストックオプションの権利行使に係る外国法人のコスト(新株発行や金庫株の調達コスト)の振替えを受け入れて給与等として損金計上している場合は、同様に給与所得として取り扱うのは、上記最高裁判決に照らしても相当であると思われる。
 他方、日本子会社において給与として損金計上が無い場合等における、外国法人から付与されたストックオプションに係る経済的利益の課税については、その課税方法の変更を要する国内法の改正は、給与所得、一時所得の定義を含めて実施されていない。また、改正後の所得税基本通達23-35共6-(1)ロは、依然、有利な発行価額により新株等を取得する権利を与えられた場合の経済的利益の額について、発行法人の役員・使用人に対しその職務・地位に関連して与えられた場合以外は、一時所得とする原則を崩しておらず、「直接の雇用者以外から与えられたストックオプションの権利行使により生ずる所得が役務提供の対価としての報酬ではない」という改正前の同通達の主旨も生きている。

3. まとめ
 したがって、外国法人から付与されたストックオプションに係る経済的利益について、係るコストの損金計上が日本子会社にない場合においては所得税法第28条及び最高裁判決に照らして、所得の態様、所得の発生原因、所得の本質に鑑みて、所得区分が決定されるべきであり、わが国商法上のストックオプションに係る経済的利益が給与所得として区分するというような法の解釈・適用は、租税法律主義に照らして許されない。
 従前の課税当局の職員による一時所得であるとの見解を撤回してまで、なぜ平成8年分以降のストックオプションから生ずる所得が給与所得に当たるという法の解釈が適用されたのか理解に苦しむ。
 現在の実務上の混乱には、不服申立の手続きを通じて、現行法の下での適法かつ適正な解釈が早急に示されるべきである。日本の課税当局が給与所得につき別意の解釈を必要とするというのであれば、法改正をもって対処すべきである。

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