中央大学商学部教授 大淵先生が緊急寄稿!! 【I】非上場株式のみなし譲渡課税を排斥した判決の紹介

はじめに
 個人が法人に対して資産を低額(時価の2分の1未満)で譲渡した場合、その時価相当額により譲渡所得の金額の収入金額とする、いわゆるみなし譲渡課税が行なわれる(所得税法59条1項)。この点に関して、個人が非同族会社に対して譲渡した非上場株式の譲渡価額2,500円(配当還元方式の価額750円)が類似業種比準価額の2分の1未満であるとして行なわれたみなし譲渡課税が争われた大分地裁平成13年9月25日判決は、この種の事件としては珍しく、課税処分の全部取消しの判決が言い渡されたもので納税者が完全勝訴して確定した。この事件の判決の論理は、所得税法59条1項の規定の適用に当たっての非上場株式の時価の認定は、財産評価基本通達の適用を容認することとし、その評価の適用は、原則として「売主の立場」で行うという平成12年12月改正の「所得税基本通達59-6」の取り扱いを否定する判決として注目される。ここでの【I】では、この判決を紹介し、【II】では若干の解説を行なっている。
1.事案の概要
《取引の状況》

《平成8年2月27日付け更正処分の内容・被告の主張》
(1) 
 取引1  → 類似業種比準方式により1株の時価を 14,742円 (1億7,690万円)
 取引2  → 同 11,357円 (5,678万円)
 取引3  → 同 8,885円 (2,043万円)
     
(2) 売買実例2,500円が不適当であることについて
     
  ○ 2名の譲渡者は、本件会社の元役員であり、かつ、買主のM社の出資持分取得のための資金を捻出させるとともに、同人等が保有する株式をいつでもつぶせるM社に移転させたもので、両名は間接的ではあるが、本件株式を引き続き保有するという趣旨で行なわれた譲渡であり、通常の第三者間の取引において成立する客観的価額であるとはいえないし、Yの売買実例に照らしても、2,500円は適正価額によるものと認めることはできないこと、所得税通達は6ヶ月とあることから、1年1ヶ月以上も前の実例を「最近において行なわれたもの」ということはできない。
     
  ○ 売主はいずれも本件評価会社(T社・本件会社)を支配・管理する同族株主であり、買主のM社は、出資者のほぼ全員が本件会社の元役員等の何らかの関係者で占められていること、M社は、元々、HとYの同族会社であり、Yが平成2年4月から4年3月まで、代表取締役を務め、経営の権限を実質的に掌握しており、M社は、収入金額は雑収入を除いて総べて本件会社からの不動産収入であって、主たる費用である支払利息も本件会社からの借入に係る利息であるから、経営も本件会社に依存していること、以上のことから、M社は実質的に本件会社の同族株主と同等の関係にあるというべきであって、配当のみを期待する零細な従業員株主等と同視することはできない。
     
  ○ M社はS不動産の事務室の一角にあり、M社の出資者が本件会社の何らかの関係者であることからすれば、M社は、本件会社の資産内容等について充分な情報を入手できる立場にあったといえ、評価手続きの簡便性を考慮する必要もない。

2.判決の要旨
(1) 2名の売買事例は、本件各取引より1年1ヶ月ないし2年5ヶ月前になされたものであるが、本件のような同族会社においては、そもそも取引事例が乏しいのが通常であり、また、上場されておらず、投機目的の取引がないため、上場株式のように価格が小刻みに大きく変動することもないから、この程度の時間的間隔をもって直ちに時価算定の参考にならないということはできない。
   
(2) 2名は本件会社の元役員であり、本件株式譲渡後にM社の役員に就任していること、M社は本件株式の購入資金を本件会社から借り入れており利息の支払が配当を上回っていたこと、本件株式購入についてYに相談していたこと等、特殊な関係を疑わせる事情が存することは否定できないし、被告職員の陳述書にY一族がM社の意思決定をしており、本件株式の取得目的が配当以外にあったとのM社の出資者のDの供述が記載されている。しかし、この陳述書は客観的事実に反する部分があり措信できず、また、従業員持株会に象徴されるように、支配株主ではなく、事実上配当期待権しか有せず利害を共通しない従業員株主は広く存在するのであり、2名の本件株式の譲渡者が同会社の従業員であるからといって、それだけで、Yや亡Hの利益のため、その意向を受けて本件株式の譲渡を行なったとも認められない。
   
(3) M社の出資者の大半が本件会社の従業員又は元従業員であることから、M社を通じて従業員持株制度的な側面を有するとも考えられ、2名の譲渡当時、H・Y一族は、M社の持分の25%を保有しているにすぎない上、その後の本件会社の営業譲渡を巡ってはM社は明確にYの意向に反対したことも考慮すると、H・Y一族がM社を支配していたとは到底認められず、他に、2名の事例における本件株式の価額が適正と認められないことを推認させる証拠はない。
   
(4) YのS不動産に対する本件株式の譲渡は、同族会社における支配株主に対する譲渡に該当し、支配権譲渡の内実を有するものであるから、買い手にそのような目的があるとは認められない2名の事例の譲渡価額がこれにより著しく低いことは不自然ではない。
   
(5) 本件各取引当時のM社のH・Y一族の持分は14%にすぎず、元従業員及び現従業員らが残りの持分を有し、社員総会が親睦会を兼ねていたなど、当時のM社には従業員持株会的様相が窺われること、その他2名の売買事例における前記と状況に照らすと、Y又は亡HがM社を支配し、M社が本件株式の保有会社であったことまでは認められず、他に本件取引を低額で行う事情があったと認めるべき証拠はない。
   
(6) 本件各取引当時、本件会社の発行済株式総数のうち77%をY及びその兄弟姉妹が保有する同族会社であり、M社の持分割合は、本件各取引前では6.6%、本件取引後は22.75%にすぎず、また、M社の持分総数200口のうち、H・Y一族が保有するのは14%に当たる28口であり、その余は本件会社の現・元従業員らが保有していたものであり、H・Y一族がM社を支配していたと認められるべき証拠はない。このように、同族株主のいる同族会社における非同族株主で少数株主となる者が譲受人になる場合には、その者は、会社の支配権を有するわけではなく、ただ配当期待権を有するのみであるから、配当金額から大幅にかけ離れた金額で取引するとはおよそ考えられず、売買代金の決定には、配当金額が主たる要素となると考えられるから、当該株式の時価の算定に当たっては、むしろ配当状況に着目した配当還元方式によるのが合理的であるといえる。
   
(7) 純資産価額方式は、基本的には純資産価額らのみ着目した算定方式であり、事業に供された各資産から生ずる利益を考慮しないなどの欠点を有するものの、会社の経営に対して支配的地位にある株主又は当該譲渡によってかかる地位に就こうとするもの者であれば、純資産を参考にして当該株式の価値を評価し、その価額を受け入れて購入するであろうと仮定することも合理的であって、かかる者が譲受人である場合の算定方法として一応の合理性を有するものというべきである。しかしながら、本件の場合、H・Y一族がM社を支配していると認めるべき証拠はないし、M社は、本件各取引後においても本件会社の株式の22.75%を保有するにすぎず、同族会社である本件会社の少数株主にとどまり、本件会社の支配的地位につくものではない。したがって、このような場合に純資産価額方式を用いることは必ずしも合理的とはいえない。
   
(8) 類似業種比準方式は、支配株主や当該譲渡によって支配株主になろうとしている者が譲受人となる場合の時価算定方式としては一応の合理性を有するが、反面、同方式は、投機株主又は会社経営に参画する株主の需要によって価格が形成される上場会社を基準とするものであって、配当期待権しか有しない、同族会社における少数株主又は少数株主になろうとしている者が譲受人である場合の時価算定方法としては必ずしも合理的とはいえない。
   
(9) 以上を総合すれば、前記本件各取引の事情や売買実例が存するところ、純資産価額方式及び類似業種比準方式は、それ自体一応の合理性を有する評価方法であるが、本件各取引は、同族会社の株式を少数株主が取得する場合であり、譲受人は配当期待権以上のものを有しないと考えられるから、必ずしも前記各方法が妥当するとはいえず、前記純資産価額方式及び類似業種比準方式によった場合に、売買実例価額ないし配当還元方式によった場合と著しい差異が生ずるのに前者に依拠した本件算定はおよそ合理的であるとは認められず、他に亡H及び亡Oの前記申告額を超える所得を認めるに足りる証拠はないから、本件各処分は適法であるということはできない。

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