中央大学商学部教授 大淵先生が緊急寄稿!! 【II】非上場株式のみなし譲渡課税が排斥された判決の検討

1.本件の争点
本件では次のような論点が争点とされた。
[1] M社のT社株式の取得資金がY・H一族で支配されているT社からの借入金でまかなわれていること、M社はT社の元役員らで構成されていること等から、M社はH・Y一族が実質的に支配しているという関係にあると認定して、出資割合とは別の事実上の支配関係を株式の時価評価に影響させることができるか。
[2] 1年前の売買実例2,500円を時価と認定することの可否

2.本判決の検討
(1)原告の主張に対する被告の反論について
 原告は、本件はT社株式の買主のM社の側で考えれば、本件株式の売買価額は配当還元方式による価額であってもおかしくないと主張したことに対して、被告は、配当還元方式が適用できない理由として、M社はH一族のための評価会社の持株会社であり、評価会社と関係のある社員によって構成され、M社は経営の権限はYが掌握し、経済的に評価会社と依存関係にあるなど原告らと特殊関係にあり、また、配当を上回る利息を支払うことになる借金を評価会社からしているなど、単に、その配当に期待して所有するものとは考えられない事情があるから、配当還元方式によることは不合理であり、一方、類似業種比準価額によることが不合理と認められる事情にはないと主張している。
 しかし、このような被告の主張は論理の飛躍がある。つまり、M社の出資をHから取得したT社の元役員らはHやY一族として他人の関係にあり、したがって、M社が12名の出資者で構成されている非同族会社である以上、HやYがそのM社を事実上支配している状況にあると仮定しても、その出資者の出資保有が同人らの名義株であると認定できない以上、事実上の支配というのは正に事実上であり、法的、実質的支配関係にないことは言うまでもないことである。このような事実上の状態をもって、M社をHやYの支配関係にある同族株主グループとして同視することはできない。しかも、本件においては、かかる事実上の支配関係が認定される事実もなく、T社の株式の取得資金がT社からの借り入れによっているということにすぎない。

(2)本判決の判示内容について
イ 本判決は、本件各取引当時、本件会社の発行済株式総数のうち77%をY及びその兄弟姉妹が保有する同族会社であり、M社の持分割合は、本件各取引前では6.6%、本件取引後は22.75%にすぎず、また、M社の持分総数200口のうち、H一族が保有するのは14%に当たる28口であり、その余は本件会社の現・元従業員らが保有していたものであり、Y一族がM社を支配していたと認められるべき証拠はない。このように、同族株主のいる同族会社における非同族株主で少数株主となる者が譲受人になる場合には、その者は、会社の支配権を有するわけではなく、ただ配当期待権を有するのみであるから、配当金額から大幅にかけ離れた金額で取引するとはおよそ考えられず、売買代金の決定には、配当金額が主たる要素となると考えられるから、当該株式の時価の算定に当たっては、むしろ配当状況に着目した配当還元方式によるのが合理的であるといえると判示し、そして、本件各取引より1年1ヶ月ないし2年5ヶ月前になされた2名の売買事例については、本件のような同族会社においては、そもそも取引事例が乏しく、上場株式のように価格が小刻みに大きく変動することもないから、この程度の時間的間隔をもって直ちに時価算定の参考にならないということはできないとし、他に売買実例の価額2,500円が低額という証拠もないとして、本件更正処分を取り消した。

ロ 本件課税処分の最大の疑問は、H及びその妻がその譲渡価額2,500円以上の類似業種比準価額による譲渡によって合計2億円に近い金銭を受領できたにもかかわらず、それをせずにH・Y一族以外の者で構成するM社の11名の出資者に対して低額譲渡して同額の経済的利益を無償で供与するという不自然さが理解されていないということである。この点の常識を逸脱した課税処分に対する疑問について、事実認定によって、これを否定できない以上は本件更正処分の違法性は明白であるということができよう。

ハ ところで、平成12年12月の所得税法基本通達の改正により、個人が法人に対して非上場株式等を譲渡する場合において、時価の2分の1未満か否かの適正価額の判定については、所得税法基本通達の23~35共-9に準じて算定した価額により、この場合の同「ハ」の純資産の価額等を斟酌して通常取引される価額と認められる価額については、財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)に規定する非上場株式等の評価方法に準じて評価することとする取り扱いが創設された(所基通59-6)。問題は、その場合の「同族株主」の株主等の判定が、原則として「売主の譲渡又は贈与直前の保有株式数により判定する」こととされたことである。

 従前、法人税の評価損通達(9-11-15)においても、同様に評価通達の適用を認めたが、その際の解説では、売買の場合にも準用するとし、その場合には、「原則としてその売買取引の株数単位で(すなわち買手側の立場に立って)、本通達の特例を準用することになろう。」という取扱い本通達の創設された昭和55年当時から平成11年までの間の約20年間に亘り明示されていたのである(国税庁法人税課長監修『コンメンタール 法人税基本通達』税務研究会 平成9年7月451頁)。今回の所得税通達の改正は、この従前の取扱いと正反対の通達である。しかし、「原則として」としていることから、通常の第三者間の場合には正常取引として問題にならないというのであろう。しかし、株主とその法人間、役員とその法人間という関係において、多数持分を所有する同族株主が少数持分の法人に譲渡する場合には、売主の立場で判定するということになるとすれば、売主が多数株主である同族株主であるとしても、買主の法人がわずかな株式を保有することになるにすぎない非上場株式等の売買の場合において、売主の譲渡直前の保有株式数により判定して評価通達の純資産評価方式等の原則的評価方法により時価を認定することがいかに非現実的であるかは多言を要しないところである。なにゆえに、20年間にも亘る買主の立場で判断するという法人税の常識的な取扱いが、売主の個人の所得税の改正通達で格別の留意書きもなく変更されたのであろうか。筆者の理解の及ぶところではない。
「価格は消費者によって決められるという」財界人の言葉を理解して欲しいものである。

3.本判決の先例的意義
 本判決は、[1] 非上場株式の売買実例の価額を斟酌する場合につき、相当期間は離れた売買事例でも参考にすべきことを判示したこと、[2] 売買価額の適正額については、買主の立場で判断するということを明示したこと、特に、配当還元方式の合理性を認定する論理において、このような所得税通達を真っ向から否定した判決であると評価することができ、極めて意義のある判決であるということができるであろう。

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