国税OBが緊急寄稿!!所得税法は“生身の人間”を対象 求償権の行使不能

第58回 求償権の行使不能

 保証債務を履行するために資産を譲渡した場合に、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができなくなったときは、行使不能額相当の譲渡代金が回収不能であるとして譲渡所得の課税は行われません(第55回参照)。この場合の「求償権の行使ができないこととなったとき」の意義について、裁判例は、「求償権行使の相手方である主債務者が倒産して事業を廃止してしまったり、事業回復の目処が立たず破産もしくは私的整理に委ねざるを得ない場合はもちろんのこと、主債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、衰微した事業を再建する見通しがないこと、その他これらに準ずる事情が生じ、求償権の行使すなわち債権の回収の見込みのないことが確実となった場合をいうものと解すべきである」と判示しております(大阪高裁昭和60年7月5日判決ほか)。主債務者が死亡又は失踪するなどの客観的な事実があり、見るべき資産もない場合には、「求償権の行使ができないこととなったとき」に当たるというべきでしょうが、主債務者の存在が明らかであってその者が事業を継続しているときは、求償権の行使が不能といえるでしょうか。課税実務は、主債務者が事業を継続している場合には、回収の可能性が事実上推定されるのであるから、保証人が保証債務を履行した場合であっても回収の可能性がある限り、譲渡所得課税は維持されるべきであるとして、所得税法64条2項の適用要件である求償権の行使不能を厳格に解しております。
 この問題について、渡辺伸平「税法上の所得をめぐる諸問題」司法研究報告書19輯1号)79頁では、「債務者の資力等財政状態はたえずその変動が予想されるのが通常であるため、将来の回復の見込みの有無といったことを余り厳格に解釈すると、結局、元来究極の経済的成果(現金回収)を完全に実現していないようなもの(債権)につき、長期に亘り課税を継続するような結果にもなり 納税者に過酷な事態をも招来する。」と指摘しております。裁判例の中にも、「債権の回収不能による貸倒れが認められるためには、一般に債務者において破産、和議、強制執行等の手続を受け、あるいは事業閉鎖、死亡、行方不明、刑の執行等により、債務超過の状態が相当期間継続しながら、他から融資の見込みもなく、事業の再興が望めない場合のほか、債務者にいまだ右のような事情が生じていないときでも、債務者の負債及び資産状況、事業の性質、事実上の経営手腕及び信用、債権者が採用した取立方法、それに対する債務者の態度等を総合考慮して事実上債権の回収ができないと認められるような場合を含む。」としたものがあります(水戸地裁昭和48年11月8日判決)。
2004.3.10

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