ストックオプション税務訴訟 インテル前会長西岡郁夫氏インタビュー
Q1. 今回のストックオプション課税処分に対して、訴訟にしなくてはならないと思ったきっかけはなんでしょう。
A1. 一昨年の秋頃に顧問の公認会計士の先生から、今まで一時所得とされてきたストックオプションの所得に対する見解がどうも変わりそうだという連絡を受けたり、税務雑誌に課税当局者がそれによる所得は給与所得に該当するという見解を載せたものを見たりして、これはどういうことだろうと思いました。
私は税の専門家ではありませんから、単純にどうしてですか?という質問を顧問の先生にしたところ、「課税当局の裁量によるものと考えられます」とのことでした。しかし、税というものは「裁量」ではなく「法律」によって掛けられるものだという考えがありましたから、これは法律によって決着をつけてもらわなくてはいけないというのが、その気持ちの始まりでした。
日本人は、私も含めて「長いものには巻かれろ」という風潮が強いように思います。しかし、これからはそれを変えていかなくてはいけないのではないかなと思っていました。
そして去年の春頃でしょうか、今の財務大臣の宮沢喜一さんが、「課税というものは、納税者の理解を得てしなくてはならないものなのです」と発言した新聞記事を読んで、今回の課税当局のやり方はおかしいのではないか、大臣の言葉とは全く違うことをやっているのではないかという気持ちになり、そうであるのならば法廷の場で白黒を判断してもらいたいと思い、提訴を決意したのです。
Q2. 課税当局を相手取って訴訟を起こすことに不安はありませんでしたか?
A2. それはありましたね。一番初めにこのお話を鳥飼先生にご相談したときは、まだインテル(株)の会長をやっていましたから、その恐怖はやっぱりありました。
それともう一つはこういうことが起こると、新聞なんかを通してパー!と報道されてしまうわけですよ。それも、脱税なんかでは決してないのにも拘らず、「脱税」だとか「過少申告で追徴課税」だというふうにですね。そうすると、個人としては社会的に立ち直れないほどのダメージを与えられてしまうのです。
特に私は、ITに関すること、ベンチャーに関することなんかを、色々な所に説いてまわったり、発言したりと、ある意味では社会的な活動をさせて頂いています。それが、西岡さんは脱税をしていたなどというように報道されれば、私の社会的生命は抹殺されてしまう、ゼロになってしまう、いや、マイナスになってしまうほどの痛手を負ってしまうことになるわけですよ。
日本マクドナルドやマイクロソフトなどがそうだった訳ですが、あのような報道のされ方をしてしまうと本当に立ち直れなくなってしまうのですよ。ですから、そういうこともありましたから、課税当局と戦うということは大変勇気のいる、私達納税者、国民にとっては大変苦しい戦いであると言わざるを得ませんね。
それともう一つは家族のことですが、裁判になったらどのように報道されるか予断を許さないわけです。私は自分のことだからいいのです。家内も私に付いて来てくれると言ってくれました。
でも、3人の子供達が、西岡のお父さんは悪いことをしたのだと言われることが心配でした。ですから私は今回の件を全部、子供達に夕食の席で話をしたのです。お父さんは今こういう状況にある、だから裁判をして決着を付けたいのだと。
それに対して子供達は、お父さんは絶対に悪いことをする人ではないから、僕達そう信じているから、お父さんの思う通りにやったらいいよ、と言ってくれたのです。うれしかったですね。心から有難うと言いましたよ。こういうようにですね、私達をここまで追い込んでしまう国家権力の恐ろしさというものをまざまざと体験しました。
Q3. 課税庁は「一貫して給与所得で課税してきた」という前言をひるがえして、裁判の中で「一時所得で申告するようにという指導をしていた」ということを認めましたが。
A3. 課税当局の方々もですね、家に帰れば正しい納税者だと思うのです。そういう人達がひとたび課税当局の門をくぐってしまうと、自分達はそうだと信じていないことも言わなくてはいけないようなことになっている、それも実につらいことですよね。それで、今回の裁判の書面の中ではこう言っていると思うのです。「過去ずーと給与所得で指導してきました。しかし、もしかしたら一つや二つ誤って一時所得と言った職員がいるかもしれません。でもそれは「誤指導」なんです。」と。
仮にですよ、今回の件が1000例あったとしましょうか。その中の一つや二つなら誤指導でいいのかもしれません。1%以下の話ですから。しかし、そうではないのです。私の知る限りの全てにおいて一時所得だと指導されているわけです。これさえも誤指導というのですか、と私は思うのです。これはあまりにもつらい言い訳ではないでしょうか。
でも、こうでも言わなければ国民が納得しないですよね。「ずっと給与所得で指導してきたのです、しかし、何らかの連絡ミスで一・二例に一時所得と言ってしまったかもしれません。」と。
しかし、実は逆なのですよね。私自身は一つとして給与所得としての指導があったと聞いたことはありませんが、1000例の内、仮にたった一つか二つを給与所得として指導したことがあったとしても、残りの900何十という納税者には一時所得で申告するように指導していたのです。その900何十件を「誤指導」だと言うのですかと私は言いたいですね。
Q4. 今回の更正処分の大きな問題点は、法的な根拠がないにも拘らず、過去に遡って課税をしてきている点ですが。
A4. 企業経営にしても、個人の家庭の経営である生活にしてもそうなのですが、収入があって成り立つものですよね。その点から考えれば、昨今キャッシュフロー経営ということが重視されているように、収入があって、それに対してこういう税金が掛って、手元にいくらのお金が残って、それを何に使ってという形になるわけです。
つまり、給与所得であればこれこれの税金、一時所得であればこれこれの税金という具合にキャッシュフローを考えている訳です。そうやって課税庁の指導で税金を払っているのに、それをいきなり過去に遡って課税してくるということは、そういった家庭経営のキャッシュフローという考え方を根底から引っ繰り返してしまうのです。それを分かって課税処分をしているのですか?と言いたいのです。
「信号が青だから渡っていい」と言っておいてですよ、渡りきった後になってから、「あそこは実は赤信号だったのだから渡ってはいけないのだ。罰金を支払いなさい」と言っているのと同じことですよね。それでは私達は何を信じればいいのですか。
Q5. 課税庁はストックオプションに限らず、課税実務上かなり強引なことを行っています。租税法律主義という明確なルールを守らせる良い方法はないでしょうか。
A5. 一つには、現在の法律体系が杜撰で段々実状に合わなくなっているということが言えるわけです。本来なら、法律というものは先のことを考えて作られるべきだと思うのです。そして私達国民を導いて進んでいかなくてはならないものなのですよね。
何故かといえば、法律が私達の生活の規範だからです。しかし、現実に起きているのは矛盾ばかりです。そしてその矛盾に耐え切れなくなってやっと法律が変わっていくという、法律が後から追っかけているわけです。
二つ目は、こちらの方が大きいのかもしれませんが、行政側が、「国家権力があるから大丈夫。万が一法律がなくても、権力で通達でも何でも作ってこっちに合わせてしまえば良い」的な、お上が言っているのだから国民はそれに従えばよいという驕りがあると思うのですよね。
それで、私はこの訴訟を通してですね、今言ったような問題点を明らかにして、もう日本人はお上の言うことだからということで泣き寝入りするのではなく、おかしな点は法廷の場で解決していくという意識の変化を明確に示していきたいと考えています。
又、国民の側もですね、お上の言う通りになるのではなく、間違っていることがあればそれを法廷の場で争うのだという態度を示さなければ、今の状況は変わらないと思いますよ。日本は官僚の側から変わるということがなかなか出来ないですから、そうであれば私達の方が変わっていかなくてはならないでしょうね。
現在、司法改革ということで制度や仕組みを変えるという議論が活発にされていますが、もっともっと大事なのは、私達国民の意識を変えるということですね。ですから、これらは同時並行的に進めていかなくてはならないのです。今回の訴訟はその一つの形だと思っています。
Q6. 租税訴訟は納税者にとって精神的にも時間的にも、そして経済的にも大きな負担となります。裁判所に望まれることは。
A6. 日本は、立法・司法・行政という三権分立の国家であるはずです。しかし、現在は行政権が立法権の分野にまで乗り出しているというか侵している形になってしまっています。まさに、今回のストックオプション課税はその典型的なものだと言えます。
しかし、裁判所は独立した立場で物事の判断が出来るのです。私も含めて、日本人の殆ど全ての人は「正しい納税者」なんです。まずそのことを理解してもらった上で、裁判所には、「正しい法律解釈」をしてもらいたいと思っています。
(文責 高田貴史)
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