有限責任事業組合の組合員に対する課税関係が問題となった事例 ~東京地裁令和6年2月16日判決TAINS Z888-2712(確定)~

1 はじめに

 有限責任事業組合(LLP)とは、構成員全員が無限責任を負う民法組合の特例として、「有限責任事業組合契約に関する法律」によって制度化された事業体であり、①構成員全員が有限責任で、②損益や権限の分配が自由に決めることができるなど内部自治が徹底し、③構成員課税(パススルー課税)の適用を受けるという3つの特徴を兼ね備えています。
 この有限責任事業組合は、法人や個人が連携して行う共同事業、具体的には、大企業同士が連携して行う共同事業(共同研究開発、共同生産、共同物流など)、中小企業同士の連携、異業種の企業同士の共同事業(燃料電池、人工衛星の研究開発など)、産学の連携(大学発ベンチャーなど)などでの活用が考えられるといわれています。
 本件では、有限責任事業組合の組合事業に係る収益の帰属が問題となった非常に珍しい事案であるところ、本判決は、有限責任事業組合の組合員が行う必要のある「業務執行」の意義についての判断などを示し、課税実務上も重要なものであると考えます。

2 事案の概要   

 原告、A(原告の母親)及びB(原告の同居人)は、3名で、有限責任事業組合契約(本件事業組合契約(書))を締結し、同組合(本件事業組合)を設立しました。
 本件事業組合契約では、原告、A及びBの出資割合はそれぞれ90.0%、9.8%、0.2%であり、当該割合に係る払込みの全部を履行すること、本件事業組合における業務執行の決定は、総組合員の同意のもと選出された理事会により行うこと、本件事業組合の事業に係る損益は出資割合に応じて各組合員に配賦されることなどが規定されていました。
 本件事業組合は、平成24年末頃から化粧品及びサプリメントを主に中国に輸出して販売する事業(本件事業)を開始しました。
 所轄税務署長は、本件事業から生じた収益は全て原告一人に帰属するものとして、原告の平成25年分から平成28年分の所得税及び復興特別所得税(所得税等)並びに消費税及び地方消費税(消費税等)について、更正処分及び各種加算税(無申告加算税、過少申告加算税、重加算税)の賦課決定処分(併せて、「本件各処分」といいます。)をしました。
 本件は、原告が、本件各処分は違法であるとして、それらの取消しを求めた事案です。

3 本判決の判断

 本件の争点は複数あるのですが、以下では、本件各処分において、本件事業に係る収益及び資産の譲渡等が全て原告に帰属する又は全て原告が行ったものとして、その所得金額等の計算を行うことが適法であるか否か、という争点について述べます。

(1)有限責任事業組合の組合事業に係る収益の帰属

 本判決は、まず、有限責任事業組合の組合事業に係る収益の帰属について、以下のように判示しました。

【判断①】

有限責任事業組合の組合事業から生じる所得については、その組合員が納税義務者となるところ(中略)、組合員の当該組合事業に係る損益の額は、原則として、当該組合の損益の額のうち分配割合に応じて分配を受け又は負担すべき損益の額とし[所得税基本通達36・37共-19参照]、当該組合契約において損益の分配の割合が定められていない場合には、その出資割合に従って損益を分配すべきである(経産省LLP問答集・問25参照)。また、有限責任事業組合の組合事業に属する資産の譲渡等又は課税仕入れ等についても、その組合員が当該組合事業の持分の割合又は利益の分配割合に対応する部分につき、それぞれ資産の譲渡等又は課税仕入れ等を行ったこととすべきである[消費税基本通達1-3-1参照]。もっとも、有限責任事業組合の組合員が当該組合事業の業務執行に関与しないなど、組合員としての地位が単なる名義人にすぎず、その収益又は資産の譲渡等に係る対価を享受せず、その者以外の者がその収益又は資産の譲渡等に係る対価を享受する場合には、当該収益又は当該資産の譲渡等は、当該収益を享受する者に帰属し又は当該対価を享受する者が行ったものとして、所得税法又は消費税法の規定を適用するのが相当である(所得税法12条、消費税法13条1項参照)。

(2)「業務執行」の意義

 続いて、本判決は、有限責任事業組合の組合員が行う必要のある「業務執行」の意義について、以下のように判示しました。

【判断②】

ところで、有限責任事業組合の組合員は、全員が何らかの形で業務執行を行うことが必要とされているところ(有限責任事業組合契約に関する法律13条参照)、その趣旨は、そもそも有限責任事業組合が、組合員全員がそれぞれの個性や能力を生かしつつ、共通の目的のために主体的に組合事業に参画することを可能とするために導入されたものであることに加え、損失の取込みだけを狙った租税回避目的の悪用を防ぐことにあると解される。そうすると、有限責任事業組合の組合員が行う必要のある「業務執行」とは、対外的な契約締結に関する行為やそのための交渉、具体的な研究開発計画の策定・設計、帳簿の記入、商品の管理、使用人の指揮・監督等、当該組合事業の運営上重要なものを指すものと解すべきであり、組合員が上記のような組合事業の運営上重要な業務を行っていないときは、当該組合員の組合員としての地位は、単なる名義人にすぎないものと認めるのが相当である。

(3)あてはめ

 本判決は、以上の判断を示したうえで、本件事業組合契約書では、同組合の設立に当たり、原告が450万円(90.0%)、Aが49万円(9.8%)、Bが1万円(0.2%)を出資する旨記載されているものの、実際には原告が出資金500万円の全額を出資したこと、本件事業に係る契約の締結やそのための交渉、商品の価格の決定や受発注その他商品管理、本件各組合名義口座や現金の管理等、本件事業の運営上重要な業務については、専ら原告の判断や指示により行われており、また、本件組合名義口座からは、原告個人名義の高級外車の代金やその駐車場の賃料、原告の自宅の賃料が支払われるなど、原告は、本件事業に係る利益を享受していると認められる一方、A、Bは本件組合事業の運営上重要な業務には関与していないとしました。
 そして、本判決は、A、Bは、本件事業につき、有限責任事業組合の組合員が行う必要のある「業務執行」を行っておらず、その組合員としての地位は、いずれも単なる名義人に過ぎないのに対し、専ら原告が本件事業に係る「業務執行」を行い、その収益や資産の譲渡等に対する対価を享受しているといえるから、本件事業の収益、本件事業に属する資産の譲渡等又は課税仕入れ等については、所得税基本通達36・37共-19、消費税基本通達1-3-1等の適用はなく、所得税法12条及び消費税法13条1項に照らし、全て原告に帰属し又は全て原告が行ったものとするのが相当であるなどと判示して、原告の請求を棄却しました。

4 検討

(1)構成員課税

 有限責任事業組合の特長の一つである構成員課税(パススルー課税)とは、組合の事業で利益が出たときには、組合段階で法人課税は課されず、出資者である組合員への利益分配に直接課税されることをいいます。
 そして、本判決の【判断①】も述べているように、当該組合事業に係る損益の額は、原則として、損益分配(出資割合と異なる取り決めも可)の取り決めに従って分配され、かかる取り決めがない場合には、出資割合に従って損益が分配され、また、消費税等における資産の譲渡等又は課税仕入れ等も、当該割合に従ってされたものとされます。
 さらに、【判断①】は、有限責任事業組合の組合事業に係る収益及び資産の譲渡等についても、所得税法12条、消費税法13条1項が定めるいわゆる実質所得者(行為者)課税の原則が適用され、「単なる名義人」たる組合員には、当該収益も当該資産の譲渡等の効果も帰属しないことを明らかにしました。

(2)「業務執行」の意義

 民法組合と異なり(民法670条2項、3項参照)、本判決の【判断②】も述べているように、有限責任事業組合では、組合員全員の「業務執行」への参加が義務付けられています(共同事業要件)。
 この「業務執行」の意義について、本判決は、「対外的な契約締結に関する行為やそのための交渉、具体的な研究開発計画の策定・設計、帳簿の記入、商品の管理、使用人の指揮・監督等、当該組合事業の運営上重要なもの」と判示しました。かかる判断は、経済産業省が公表している見解(※1)と同じものですが、裁判所がかかる見解を是認したものであり、先例的意義があると考えます。
 有限責任、内部自治、構成員課税の3つの特徴を有する有限責任事業組合(LLP)は、様々な企業等で活用されているようですが(経産省HP(※2))、同組合に関する課税関係については、本判決で示された判断のほかにも、例えば、組合員に帰属するLLP事業の損失は、所定の計算による「調整出資金額」を超える部分を損金又は必要経費に算入することはできない(※3)など留意すべき点があります。

※1 経済産業省「LLPに関する40の質問と40の答え」(faq.pdf)問23

※2 事例編_180329.indd

※3 経済産業省パンフレット
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/llpPamphlet.pdf

以上

投稿者等

橋本 浩史

業務分野

税務紛争

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