労働市場の変化と非上場企業の効率性

 東京証券取引所が、MBO(経営陣が参加する買収)に関する新しいルールを設ける旨が報じられています(※1)。2つのコード(コーポレートガバナンス・コード、日本版スチュワードシップ・コード)等を用いた改革の結果、効率性(資本効率性や労働生産性など)の向上等が急務となる一方で、上場の意義を見出せなくなったとしてMBOを行い上場をやめる企業が相次いでいる(2024年には18件)ことがその背景にあります。
 ところで、今後、東証による一連の改革が奏功して、上場企業の効率性が高まったとして、非上場企業の効率性は置き去りとなるのでしょうか?企業の「数」でいえば、上場していない企業の方が圧倒的に多いことは周知の事実です。MBOの流れは、非上場企業の層を厚くする流れでもあります。国全体が潤うことを目指すなら、非上場企業の効率性をどう高めるか、という問題はとても重要ですから、大きな政策課題となりそうです。
 もっとも、非上場企業は(当たり前ですが。)上場していないので、資本市場をインスパイアして経営に対するプレッシャーを強化する、という現在進行中の上場企業向けの改革は使えません。非上場企業に刺激を与える古典的な政策ツールは「減税」ですが、使い古されたこのツールの効果は恐らく限定的です。そのような中、もしかしたら、非上場企業にもやがて効果が及ぶかもしれないなと感じるのが「ジョブ型雇用」推奨の流れ(※2)です。
 ジョブ型雇用が広く浸透すると、労働者は特定の企業に就職するという感覚を捨て、ジョブ(職務、マーケティングとか生産管理とか法務などなど)に就職する感覚を身に着けます。上場企業の間でジョブ型雇用が当たり前になれば、学生の意識も、そして恐らく大学など教育機関の意識も、大きく変わります(すでに変わってきている?)。もしそうなれば、非上場企業も、昔ながらのメンバーシップ型雇用(職種を限定せずに新卒を雇用して、長期にわたり様々な職務を経験させ働いてもらうタイプの雇用。)を続けたのでは、良質の社員を確保できなくなるかもしれません。結局、非上場企業も多かれ少なかれ、ジョブ型雇用の波に飲まれていくかもしれないのです。
 そして、ジョブ型雇用が浸透した世界では、労働者は、同じジョブであればより良い条件を提示する企業への転職を厭いません。非上場企業から上場企業への転職も、逆方向の転職も、今より活発になるでしょう。結果、上場・非上場を問わず、高い収益を上げて良い労働条件を提示することができない企業は、人材獲得競争に敗れてしまう、という事態になるかもしれません。
 世の中はそんなに急には変わらないのかもしれませんが、人材難を理由に廃業する飲食店等の事例なども報じられる今、上記のような観点を含め、労働市場の変化の行方が、各企業の経営にどう影響するのかを意識することは重要だと感じます。

以上

引用:

※1 2025年3月9日日経新聞電子版

※2 ジョブ型雇用の明確な定義はないようですが、ざっくりいえば、職種・職務内容を限定して従業員を雇用するタイプの雇用形態を指します。2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針)に「ジョブ型の雇用形態」についての言及があります(第2章1(1))

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