M&Aに係るデューデリジェンス費用が有価証券の取得価額に含まれるか否かが争われた事例 ~国税不服審判所令和6年1月24日裁決~
1 はじめに
株式取得などによるM&Aにおいて、買収側が対象企業の価値やリスク等を事前に調査することをデューデリジェンス(DD)といいますが、このデューデリジェンス費用(DD費用)の法人税法上の取扱い、具体的には、当該費用が当該株式の取得価額に含まれるのか、それとも損金の額に算入することができるのかが争われた近時の裁決(※1)があります。
この問題に関する裁決は以前にもあったのですが、本裁決は、株式を購入することを決める取締役会等の意思決定「前」のDD費用も、特定の株式を購入するか否かの意思決定を得るための費用であれば当該株式の取得価額に含まれると判断した点に先例的な意義があり、実務上も重要な裁決であると考えます。
2 事案の概要
X(請求人)は、対象の事業年度において、複数の株式会社(本件買収対象会社)の株式を購入しましたが、いずれにおいても、以下のような一連の流れで行いました。
- 買収対象会社に対する意向表明書の提出
- 同会社による意向表明書の応諾
- デューデリジェンス(法務・財務・税務)の実施
- デューデリジェンスの結果を踏まえて、当該会社を買収するか否かについて、取締役会又は常務会で決定
Xは、当該事業年度の法人税及び地方法人税(法人税等)の確定申告において、本件買収対象会社の法務DD、財務DD及び税務DD(本件各DD費用)を損金の額に算入しましたが、所轄税務署長は、本件各DD費用について、本件買収対象会社の各株式の購入のために要した費用であり、当該各株式の取得価額に算入すべきものとして、法人税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしました。
Xは、当該更正処分等に不服があるとして、審査請求をしました。
3 審判所の判断
前提知識ですが、法人税法施行令119条《有価証券の取得価額》1項1号は、内国法人が購入により有価証券を取得した場合の取得価額を、その購入の代価(購入手数料その他その有価証券の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)とする旨規定しています。
本件の争点は、本件各DD費用は、同号に規定する「その有価証券の購入のために要した費用」に当たるか否かです。
本裁決は、この「費用」について以下のように述べました(①、②は筆者が挿入)。
【判断①】
有価証券の取得価額に加算すべき「有価証券の購入のために要した費用」とは、(中略)実際に取得した有価証券について、原則として、当該有価証券の取得を目的としてその取得に関連して支出する一切の費用が含まれると解されるところ、この判断に当たっては、例えば、①取得しようとする有価証券の候補が複数ある場合において、いずれの有価証券を取得すべきかを決定するために行うDDに係る費用は、通常、取得を目的とする株式が特定されていないことから、実際に取得した有価証券の取得との関連性は希薄であるといえる。 |
本裁決は、以上に続けて、本件買収対象会社に対するDDに係る見積書、DDの報告書及び業務委託契約書の記載から、Xは、本件買収対象会社に対するDDを、本件買収対象会社の各株式という特定の株式の取得を目的として委託したものと認められるとして、本件各DD費用は、法人税法施行令119条1項1号に規定する「その有価証券の購入のために要した費用」に当たると結論付けました。
この点、Xは、「その有価証券の購入のために要した費用」は、株式を購入すると決めた後の費用のみが該当し、本件各DD費用は、取締役会等の意思決定前に発生したものであるから、「その有価証券の購入のために要した費用」に当たらないと主張していましたが、本裁決は、以下のように述べて、Xの主張を排斥しました。
【判断②】
企業買収において、実際に特定の株式の取得が完了するまでの一連の流れからみれば、特定の株式を購入するか否かの意思決定を得るための費用も当該株式の取得を目的としてその取得に関連した支出であることに変わりはなく、(中略)株式を購入すると決めた後の費用のみが法人税法施行令119条1項1号に規定する「その有価証券の購入のために要した費用」に該当すると解することはできない。 |
以上のように述べて、本裁決は、Xの審査請求を棄却しました。
4 検討
株式取得を目的とするDD費用の法人税法上の取扱いに関する裁決としては、国税不服審判所平成22年2月8日裁決(※2)があります。
同裁決も、実は、本裁決の【判断①】とほぼ同様の判断をしているのですが、その事案では、株式を取得する旨の取締役会決議がされた後にDDが実施されており、同裁決は、当該DD費用が「特定の株式を購入することを決定した後」に支出されたものであることを理由に、当該DD費用を当該株式の取得価額に算入されると判断しました。
インターネット上にも、取締役会等の意思決定の前に発生したDD費用は有価証券の取得価額ではなく、損金に算入され、その後に発生したDD費用は有価証券の取得価額に含まれるとするのが「実務上の取扱い」であるとする記事が散見されます。
しかし、本裁決も述べているのですが、仮に取締役会等の意思決定の時期を判断基準とすると、取締役会等の開催時期を前後させるなど恣意の介在する余地が生じることとなり、公平な所得計算を行うべきであるという法人税法上の要請に反することになりかねず、本裁決の【判断②】は妥当であると思われます。
冒頭にも述べたとおり、本裁決は、取締役会等の意思決定前に発生したDD費用も有価証券の取得価額に含まれ得ることを明言したものとして、実務上重要な意義を有する判断であると考えます。
※1 国税不服審判所裁決令和6年1月24日 TAINS F0-2-1232
※2 TAINS F0-2-500
以上
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