夜勤時間帯(不活動時間)における割増賃金の算定基礎 ~東京高裁令和6年7月4日判決~

1 はじめに

労基法37条は、時間外等労働の割増賃金の算定基礎を「通常の労働時間又は労働日の賃金」(通常の賃金)と定めています。

本判決の事案は、社会福祉法人に勤務していた労働者が、夜勤時間帯(21時~6時)の泊まり勤務について、労基法37条の割増賃金の支払いを請求したというもので、夜勤時間帯(不活動時間)における「通常の賃金」の意義が争点になりました。

第一審の千葉地裁令和5年6月9日判決(※1)は、夜勤時間帯の労働時間性を認めた上で、1日当たりの夜勤手当6000円を基にして、割増賃金の算定基礎(賃金単価)を750円(=6000円÷8時間)としたのに対し、本判決は、第一審判決の判断を大きく変更し、当該労働者の基本給等の額を基に算出した金額(1528円等)を算定基礎(賃金単価)としました。

仮眠時間などの不活動時間については、「断続的労働」(労基法41条3号)や「宿日直業務」(労基法施行規則32条)に該当し、労働基準監督署長の許可を得れば、使用者は割増賃金を支払う義務を免れますが、それらに該当せず、当該時間が労基法上の「労働時間」に該当すれば、労基法37条の適用を受けることになります。

泊り勤務など夜勤時間帯に勤務する労働者を多く雇用する医療・介護福祉・警備業界などにとって、本判決の持つ意味・影響は少なくないと思われます。

2 事案の概要

X(原告・控訴人)は、社会福祉法人であるY(被告・被控訴人)の経営するグループホームの生活支援員として勤務していました。

Xの業務内容は、グループホームの入居者の生活支援で、その勤務形態は、午後3時から午後9時まで勤務し、そのままグループホームで宿泊し、翌日午前6時から午前10時まで勤務するというものでした(つまり、午後9時から翌日午前6時までは泊り勤務)。

Xの賃金は、基本給が月額24万4250円(その後、若干増額されています。)でその他資格手当等が支給される一方、1日当たり6000円の「夜勤手当」が支給されていました。

本件では、①夜勤時間帯(午後9時~翌日午前6時)が全体として労働時間に該当するか否か、②(①が肯定された場合)割増賃金の算定基礎となる賃金単価の額が争点になりました。

3 裁判所の判断

(1)第一審判決

第一審の前記千葉地裁判決は、本件の夜勤時間帯は全体として労働時間に該当するとした上で、「本件雇用契約においては、夜勤時間帯については実労働が1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていたものと認められる。」として、夜勤手当6000円を夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価とし、割増賃金の算定単価を750円であると判断しました。

(2)控訴審判決

控訴審では、XとYとの間で、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を夜勤手当6000円とする合意があったか否かが争われました。

控訴審判決である本判決(※2)は、Yが本訴訟において、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたことを指摘した上で、「控訴人と被控訴人との間の労働契約において、夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提とした上で、その労働の対価として泊り勤務1回につき6000円のみを支払うこととし、そのほかには賃金の支払をしないことが合意されていたと認めることはできない。」と述べ、さらに、次のように判示しました。

労働時間において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、一般的に許されないものではないが、そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件の事実関係の下で、そのような合意があったとの推認ないし評価をすることはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。

そして、控訴審判決は、夜勤時間帯の割増賃金の賃金単価をXの基本給等の額から、1528円などと算出し、第一審判決を変更して、Xの請求を全部認容しました。

4 検討

(1)労基法37条の「通常の労働時間又は労働日の賃金」の意義

最高裁平成14年2月28日判決(大星ビル管理事件)は、労基法37条の「通常の労働時間又は労働日の賃金」(いわゆる「通常の賃金」)の意義について、「この通常の賃金は、当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金」である、と判断しました。

また、厚生労働省労働基準局編著の書籍(※3)でも、「ここで『通常の労働時間又は労働日の賃金』とは、割増賃金を支払うべき労働(時間外、休日又は深夜の労働)が深夜でない所定労働時間中に行われた場合に支払われる賃金である。例えば、所定労働時間中に甲作業に従事し、時間外に乙作業に従事したような場合には、その時間外労働についての『通常の労働時間又は労働日の賃金』とは、乙作業について定められている賃金である。」と記載されています。

(2)本判決の意義

(1)の判例や見解からも、従前から、「単に『時間外労働等につき所定の賃金を支払う旨の一般的規定を有する就業規則等が定められている場合』ではなく、当該不活動時間に『明確な』対価を定めた規定(時間外労働や深夜労働の割増賃金を含めたものでもよい)等により、当該時間の賃金が別に定められていればそれによることになる。」などと解されていました(※4)。

本件は、夜勤時間帯(不活動時間)における割増賃金の算定基礎が正面から争われた非常に珍しい事案であり、本判決は、①労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、一般的には許されないものではないが、②そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであることを判示した点に、先例的な意義があります。特に、②は、労基法の割増賃金規制の潜脱とならないよう、①の合意(労働契約)の成立を厳格に解釈すべきことを示したものと考えます。

どの程度の記載をもって「趣旨及び内容が明確」と言えるかは難しい判断であり、裁判例の集積を待つ必要がありますが、単に、夜勤手当として1日当たり6000円が支給されるとのみ規定されていたYの規定がこれに該当しないとした本判決の判断は妥当であると思われ、事例判断としても参考になると考えます。

この点、本判決について、「当該説示は、労働契約上『労働密度が低い泊り勤務が所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金』を8時間6000円と定め、かつ当該金額を基礎として泊り勤務の割増賃金を算出することを明記しておけば、夜勤手当を『通常の賃金』とすることができることを示唆している」とのコメントがあり(※5)、参考になります。

泊り勤務などをする労働者を多く雇用する使用者としては、まずは、「宿日直業務」等の要件を満たす勤務条件を整えることが重要ですが、それらに該当しない「不活動時間」が生じる労働者の割増賃金についても、本判決などを参考に給与規程等を適宜見直すことが必要であると考えます。

 

※1 労働判例1299号29頁。評釈は、橋本陽子・ジュリスト1593号4頁など。筆者は、第一審判決についてもコラムを執筆しています。

https://www.torikai.gr.jp/articles/detail/post-28417/

※2 労働経済判例速報2562号3頁

※3 『令和3年版 労働基準法上』542頁

※4 安西愈󠄀『労働時間・休日・休暇の法律実務』全訂7版・419頁

※5 平越格・労働経済判例速報2562号2頁

以上

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