広範な配転命令権を認めなかった最高裁判決とジョブ型雇用
少し前ですが、大学受験を控えた高校生と話す機会がありました。ITエンジニアになりたいそうで、そのための知識が得られるかどうかを基準に受験する学部を決めたとのこと。将来を見据えた意識の高さに感心すると同時に、ひょっとしたら、これもジョブ型雇用の広がりとリンクする現象なのかもしれない(※1)と感じました。
ところで最近、ジョブ型雇用に関連して興味深い最高裁判決が出されました。事案は、とある財団法人(Y)に雇用され、福祉用具センターにおいて福祉用具の改造、製作と技術の開発に従事する技術職(以下「本件ジョブ内容」)として勤務していたXに対し、Yが、福祉用具改造・製作業務を廃止するのに伴い、総務課施設担当への配置転換(以下「本件配転命令」)を命じたところ、これを不服とするXがYを被告として提訴した、というものです。
理論的には、もし、XとYの間に、Xの職務内容を本件ジョブ内容に限定する合意が存在していたとすれば、Yには、かかるジョブ内容と異なる職務への配転命令をする権限は認められないはずです。ところが過去の裁判例では、職務限定の合意の存在を認めながらも、その職務の消滅に伴う解雇を回避するための配転命令は、有効に行うことができる旨を示唆するものがあり(※2)、本件でも、一審と控訴審(※3)はこれと同様の判断を示していました。
これに対して本件の最高裁判決は、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。」と述べて、本件配転命令が権限の濫用に当たらないとした原審の判断を違法としたのです(※4)。
従来の裁判例や本件の一審、控訴審は、「解雇を回避するためなら、当事者間に職務限定の合意があろうとも、雇用者の配転命令の権限を認めるべきだ」という、お節介なほどに労働者の雇用継続を重視する価値判断を示していたわけですが、最高裁は、そのようなお節介は不要とする判断を示した、といってもよいでしょう。
元来、日本の裁判所は、雇用者に広範な配転命令権を与えてきたのですが、その背後には、メンバーシップ型の終身雇用制度の存在があったと考えられます。各社が終身雇用を前提とする社会では、転職市場が発達しないため、あるポストに空きが出た際は、既存の従業員に配置転換を命じてそのポストに適応させる必要があります。裁判所は、そのような日本型雇用の存在を背景として、雇用者に広範な配転命令権を認めてきたのです。
周知の通り、政府は、成長分野への労働力の移動を促す施策の一つとして、ジョブ型雇用を推進する動きを見せていますが(※5)、ジョブ型雇用が浸透すると、(ジョブ型先進国のアメリカのように)転職市場も発達するかもしれません。そのような社会では、もはや雇用者に広範な配転命令権を認める必要はなくなることでしょう。
このように考えますと、今回の最高裁判決は、ジョブ型雇用の時代を見据えた新しい裁判所の態度(の一端)が示されたもの、といえるのかもしれません。
以上
引用:
※1 ジョブ型雇用が主流の米国などでは、学生の採用もそのジョブで戦力になりそうかどうかが見られるため、学生も、将来の職務内容を見据えて専門性を身に着けるための勉強をする傾向があるそうです。
※2 東京地判平成19年3月26日労判941号33頁、名古屋高判平成29年3月9日労判1159号16頁など
※3 京都地判令和4年4月27日労判1308号20頁、大阪高判令和4年11月24日労判1308号16頁
※4 最判令和6年4月26日労判1308号5頁
※5 2024年4月施行の改正労基法施行規則(令和5・3・30 厚労省令39 号)により、就業の場所と業務変更の範囲が書面による明示事項に追加、同年8月28日付「ジョブ型人事指針」の公表など
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