解決事例紹介~長期間放置された仮差押登記を抹消した事例~

1 はじめに

私たちが最近取り扱い、解決した事例に、長期間放置されていた不動産の仮差押登記を抹消した事例がありましたので、紹介します。

民事保全手続である仮差押は、金銭債権の支払いを保全するために、将来の強制執行の対象となる債務者の財産を確保する手段であり、本来、暫定的・仮定的な措置にすぎず、引き続いて訴訟などが提起されることが予定されているものです。

しかし、時に仮差押がなされた後も一向に訴訟等が提起されず、長期間放置されたままというケースがあります。

私たちの依頼者は、高齢の男性で、自宅(土地・建物)を売却し、その代金で有料老人ホームへ入居しようと考えていましたが、いざ自宅の登記簿謄本を取得したところ、十数年前に全く身に覚えのない仮差押の登記がされていたことが判明し、このままでは自宅を売却することができない状況に陥っていました。

仮差押登記を抹消する方法には、2で詳述するような複数の方法があるのですが、古い仮差押の場合、裁判所が記録を廃棄しており、当該事件(事件番号等)の特定が難しい場合があります。

そして、本事例では、仮差押の債権者であった法人の権利義務が、会社分割等により複数の法人に承継されていたという事情があり、この点も本事例の解決を困難にしました。

以下、2では長期間放置された仮差押登記の抹消方法を紹介し、3では本事例の特殊事情とその解決方法について述べたいと思います。

2 仮差押登記の抹消方法

仮差押登記の抹消方法には、主に(1)債権者による保全命令申立ての取下げ、(2)起訴命令の申立てと本案訴訟不提起等による仮差押命令の取消し、(3)事情変更による仮差押命令の取消しがあります(※1、2)。

(1)債権者による取下げ

債権者が、裁判所に対して、保全命令申立ての取下げをすれば、仮差押登記を抹消することができ、この方法が手続的には最も簡単で、早く終わります。

しかし、この方法を採るには、債務者(不動産の所有者等)が、債権者と交渉をして、取下げについて債権者の同意や協力を得ることが必要になりますが、これが容易ではないことも少なくありません。

(2)起訴命令と本案訴訟不提起等による仮差押命令の取消し

ア 起訴命令の申立て及び発令

債務者は、保全命令を発した裁判所に対して、起訴命令の申立てをすることができます(民事保全法37条1項)。債務者からこの申立てがあると、裁判所は債権者に対し、2週間以上の相当と認める一定の期間内に、本案訴訟を提起するとともにその提起を証する書面等を提出すべきことを命じます(民事保全法37条1項、2項)。なお、東京地方裁判所においては、この書面の提出期間を1か月とすることが一般的です。

イ 保全命令の取消し

債権者が起訴命令に定められた一定の期間内に本案訴訟の提起を証する書面等を提出しなかった場合には、債務者は、裁判所に対し保全命令の取消しを申し立てることができます。裁判所は、債権者が当該期間を徒過し、債務者から保全取消しの申立てがされたときは、保全命令を取り消さなければなりません(民事保全法37条3項)。

この方法では、起訴命令の発令の際に、事実関係の審理は行われないため、比較的手続きが簡単であるというメリットがあります。

一方、起訴命令により債権者から本案訴訟が起こされてしまい、債務者が敗訴する(やぶへびになる)というリスクがないわけではありません。

(3)事情変更による仮差押命令の取消し

保全命令発令後に事情の変更があり、保全命令の要件である被保全権利や保全の必要性が消滅するなど、その命令を維持することが不適当となった場合に、債務者は、保全命令を発した裁判所又は本案の裁判所に対し保全命令の取消しを求めることができます(民事保全法38条1項)。

このような「事情の変更」の具体例は、次のとおりです。

ア 被保全権利に関する事情の変更

① 被保全権利の消滅

債務の弁済や契約解除により債権が消滅した場合、建物の取壊し等目的物が消滅した場合等には、被保全権利に関する事情の変更に該当します。

なお、仮差押から長期間が経過している場合には、被保全権利の消滅時効の主張が認められないか問題になりますが、この点について判例は、「仮差押による時効中断の効力は、仮差押の執行保全の効力が存続する間は継続する」と判断しており(最判平10・11・24民集52・8・1737)、仮差押の登記が存続する間は、債権が時効により消滅することはなく、事情の変更には該当しません(この点は、仮差押が時効の完成猶予事由となった現行民法でも同様であると解されます。)。

② 本案訴訟で被保全権利の存在を否定する判決があった場合

本案訴訟において被保全権利の存在を否定する判決があった場合で、これが確定した場合は、事情の変更に該当すると解されています。また、判決の確定前であっても、当該判決が上級審で覆される蓋然性が少ないと認められるときには、被保全権利に関する事情の変更に該当すると解されています。

イ 保全の必要性に関する事情の変更

保全命令発令後に債権者が十分な物的担保を得た場合や債務者が十分な財産を有し、かつ、隠匿や処分のおそれがなくなった場合等には、保全の必要性に関して事情の変更があると解されます。

また、客観的には保全の必要性が認められる場合であっても、債権者が保全の意思を放棄又は喪失したと認められる事情がある場合には、事情の変更があると解されます。

保全の意思を放棄又は喪失したと認められる場合には、債権者が本案訴訟を取り下げた場合などのほか、著しく長期間にわたって仮差押の登記が放置される状態が続いた場合が実務上認められています。なお、著しく長期といえるかは、事案によって異なりますが、目安として、十数年程度が経過している必要があると思われます。

3 本事例の特殊事情と解決方法

(1)裁判所の事件記録の廃棄

2で述べた仮差押登記の抹消手続を行うためには、当該仮差押命令事件(事件番号)を特定することが必要であるところ、不動産登記簿には、仮差押命令の日付と裁判所名は記載されていますが、裁判所の事件番号は記載されていません。

本来、債務者も裁判所から仮差押命令の通知を受けているはずなので、その通知を見れば、債務者も事件番号を知ることができるはずです。

しかし、仮差押から長期間経過している場合には、相続などが発生していることなどもあり、債務者において仮差押命令の通知を紛失していることがあります。私たちの依頼者も、当該通知を見つけることができませんでした。

また、仮差押などの保全命令事件の事件記録の保存期間は、5年(仮差押命令原本は10年)と定められ(事件記録等保存規程4条1項、別表第一の5)、その期間が満了した記録等は廃棄されることになっており(同8条1項)、本事例の事件記録等も廃棄されていました。

つまり、裁判所で当該仮差押命令事件の事件記録等が廃棄されていると、裁判所に問い合わせても、その事件番号等が分からないことがあります。

(2)登記簿の附属書類の閲覧請求

裁判所が事件記録を廃棄している場合、事件番号等を特定する方法として次に考え得るのは、当該仮差押登記がされている不動産登記簿の附属書類(登記申請書及び添付書面)を所轄の法務局において閲覧することにより、事件番号等を特定する方法です(なお、詳細は省略しますが、これらの附属書類についても保存期間が定められており、その期間を経過すれば、廃棄されます。)。

なお、令和5年4月1日から、登記申請人以外の第三者(仮差押の債務者はこれに当たります。)が登記簿の附属書類を閲覧請求する場合には、「正当な理由があること」が必要になり、「正当な理由」があることを証する書面(具体的な内容を記載した訴状(案)、当事者の陳述書など)が必要になります(※3)。

本事例でも、私たちは、この閲覧請求を行い、当該仮差押命令事件の事件番号とともに、被保全権利の額等も把握することができました。

(3)複数の法人への債権者の権利義務の承継による問題と解決方法

本事例では、仮差押命令事件の事件番号を特定することができましたが、実際に仮差押登記の抹消手続を行うに当たり、新たな問題が発生しました。

それは、債権者の権利義務が会社分割等により、複数の法人に承継されていたのです。

具体的には、仮差押命令発令時の債権者(A社)は、その後、新設会社分割により、B社を設立し、さらにその後、A社はC社に合併され、解散しているという事実が判明しました。

このような会社分割等により、債権者A社の債務者(依頼者)に対する被保全権利がB社とC社のいずれかに承継されたのかが判明しないという事態が生じました。

これがなぜ問題かというと、仮差押登記の抹消方法として、比較的簡便な方法である起訴命令の申立てをしようとする場合、その相手方である債権者を特定することができず、起訴命令の発令ができない可能性があるのです(実際に、裁判所には、起訴命令の申立てを受理してもらえませんでした。)。

残された方法は、事情変更による仮差押命令の取消しです。

本事例で事情変更が認められるためには、保全意思の放棄・喪失が認められるか(前記の2(3)イ④に該当)、本案訴訟において被保全権利の存在を否定する判決を得る(前記の2(3)ア②に該当)必要があると考えられます。

私たちは、後者の方法であるB社とC社の双方を被告として、債務不存在確認訴訟を提起して、その両者に対する確定勝訴判決を得て、仮差押の取消しを申し立てる方法は時間と手間が掛かってしまうため、まずは、保全意思の放棄・喪失が認められることを理由とする事情変更による仮差押命令の取消しを裁判所に申立てました。

結局、この申立てを契機に、B社及びC社と交渉する機会を得て、最終的には、同社らから本件仮差押の保全の意思を放棄する旨の上申書の提出などの協力を得て、事情変更による仮差押命令の取消決定を得ることができ、仮差押登記を抹消することができました。

4 最後に

本事例のように、古い仮差押登記が長期間そのままになっているという事例は意外と多いのではないかと思われます。書籍によると、大正時代の仮処分がそのまま残存しているような場合もあるようです(※4)。

仮差押から長期間経過すると、本事例のように仮差押の抹消手続をするための前提となる事件番号の特定に困難をきたす場合があります。

また、債権者、債務者とも、相続や合併・分割などにより被保全権利の承継主体の調査が必要になり、その結果によっては特定の仮差押の抹消手続を行うことが事実上できなくなることもあり得ます。

一方で、当該仮差押の被保全権利の内容や額が把握できない状態で、起訴命令の申立て等を行うと、それがきっかけとなり多額の金銭支払請求訴訟を提起される可能性もあり(前述のように仮差押の効力が存続する間は、被保全権利の消滅時効は完成しません。)、債務者からするといわば「寝た子を起こす」、「やぶへび」といった事態も招きかねず、悩ましいところです。

いずれにせよ、長期間放置されている仮差押等があることが判明した場合には、迅速に、しかし慎重にその解決方法を検討する必要があると考えます。

※1 仮差押登記の抹消方法には、他に、保全異議の申立て(民事保全法26条)や仮差押解放金の供託(民事保全法51条、22条)がありますが、本稿では省略します。

※2 民事保全法の施行(平成3年1月1日)前にした仮差押命令を取り消す手続には、民事保全法施行直前の状態の民事訴訟法・民事執行法が適用されます。細かな点に若干の違いはありますが、基本的な手続は本稿に記載した内容と同じです(『民事執行・民事保全 不服申立ての手続と文例~抗告・異議・取消し~』新日本法規出版㈱・244頁以下)。

※3 民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(登記簿の附属書類の閲覧関係)(通達)

※4 『民事保全の実務(下)』金融財政事情研究会・320頁

投稿者等

橋本 浩史 橋本 充人

業務分野

法律相談一般

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