非常に珍しい印紙税に関する税務判例の紹介と雑感~東京地方裁判所令和5年3月8日判決~
1 はじめに
税務に関する裁判例などのデータベースであるTAINS(タインズ)で、興味深い税務判例を見つけました。
印紙税の過怠税賦課処分の取消訴訟(東京地裁令和5年3月8日判決TAIN Z999-7226)という非常に珍しい税務訴訟なのですが、裁判所の判断に少々疑問を持ちました。
以下、この税務訴訟の内容を紹介し、裁判所の判断についての私見を述べるとともに、印紙税に関する雑感を書いてみたいと思います。
2 事案の概要(※1)
この訴訟の原告は、消費生活協同組合法(生協法)に基づいて設立された消費生活協同組合であり、その事業の一環として、総合病院、介護老人保険施設(以下「本件各施設」といいます。)を運営していました。
原告は、本件各施設の利用者に対して、その利用代金の領収書を作成し、交付していましたが、ある一定の期間に作成した領収書のうち、家族組合員(組合員と同一の世帯に属する者)である本件各施設の利用者に対して作成したもの(以下「本件各領収書」といいます。)には、その作成時に収入印紙を貼付していませんでした。
所轄税務署長は、本件各領収書は、印紙税の課税文書を定めた印紙税法別表1の17号の1の「売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書」に該当するとして、印紙税に係る過怠税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といいます。)をしました。
これに対して、原告は、本件各領収書は、別表1の「非課税物件」欄記載の文書、具体的には、17号の1文書に該当し得る文書であっても、「営業(会社以外の法人で、法令の規定又は定款の定めにより利益金又は剰余金の配当又は分配をすることができることとなっているものが、その出資者以外の者に対して行う事業を含み、当該出資者がその出資をした法人に対して行う営業を除く。)に関しない受取書」(下線は筆者、以下「本件非課税規定」といいます。)に該当するとして、本件賦課決定処分の取消しを求めたのが本件訴訟です。本件では、家族組合員が「出資者」に該当すれば、本件各領収書は「営業に関しない受取書」であり、非課税物件に該当することになります。
原告の主張の根拠は、生協法12条2項です。同項は、定款に特に定めのある場合を除くほか、組合員と同一の世帯に属する者(家族組合員)は、組合の事業の利用については、これを組合員とみなすと規定しており(原告の定款にも同内容の規定がありました。)、とすれば、本件非課税規定の「出資者」には家族組合員も含まれるから、本件各領収書は非課税物件(文書)に該当すると主張したのです。
これに対し、被告(国)は、家族組合員は「出資者以外の者」だから、本件各領収書は課税文書であると主張しました。
3 裁判所の判断とこれについての私見
以上の争点に関し、東京地方裁判所は、以下のように判断し、家族組合員は印紙税法上の「出資者」に該当するから、本件各領収書は非課税物件に該当するとして、本件賦課決定処分の一部を取り消しました。
「家族組合員が『出資者』に該当するか検討するに、生協法12条2項は、定款に特に定めのある場合を除くほか、組合員と同一の世帯に属する者は、組合の事業の利用については、これを組合員とみなすと規定しているものである。一般に、法令の用例上『みなす』旨の規定(以下「みなし規定」という。)は、法律上の推定と異なりその反証を許さないものであるから、組合の事業の利用に関しては、家族組合員は、同項が適用されることにより、『組合員』そのものとして法的に取り扱われることとなるものである。そして、同項は、家族組合員について、『この法律の適用については』組合員とみなす旨の規定の仕方をしておらず、『組合の事業の利用に関しては』組合員とみなす旨規定しているものである。このような同項の文言に照らせば、同項は、生協法が適用される場合に限り家族組合員を『組合員』とみなすにとどまるものではなく、組合の事業の利用に関する法律関係については、生協法が直接適用される場合に限られず、広く家族組合員を『組合員』とみなすこととしたものであると解するのが相当である。
上記解釈を踏まえて検討すると、本件各領収書のうち家族組合員に対するものは、原告が運営する本件各施設を利用した家族組合員に対し作成・交付されたものであるから、これが原告の事業の利用に関するものに該当することは明らかである。そうすると、家族組合員は、本件各施設の利用に関しては、生協法12条2項により『組合員』そのものとして法的に取り扱われることとなるから、これに伴って作成・交付された本件各領収書に関しても『組合員』とみなされ、印紙税法上の『出資者』に該当することになるというべきである。」(下線は筆者)
以上のように、裁判所は、家族組合員は生協法12条2項により、組合の事業の利用に関しては、組合員とみなされることから、家族組合員が本件非課税規定の「出資者」に該当すると判断しました。
しかし、私は、この判断には疑問を禁じえません。確かに、法令用語としての「みなす」とは、「本来異なるものを法令上一定の法律関係につき同一なものとして認定してしまうこと」であり(『法律学小辞典(第4版)』有斐閣1260頁)、反証は許されませんが、生協法12条2項は、あくまで、家族組合員を、組合の事業の利用について、「組合員」とみなすと規定しているにすぎず、「出資者」とみなす規定ではありません。印紙税法上の「出資者」は、本件判決も述べているように、「『会社以外の法人』に対しその事業のための資金等を拠出しその構成員となったもの」と解すべきであり、資金等を拠出していない家族組合員について、生協法12条2項のみなし「組合員」の規定を根拠に、印紙税法上の「出資者」に該当すると解釈することには論理の飛躍があると思われるのです。
本件訴訟は、東京高等裁判所に控訴されているようですので、同裁判所の判断に注目したいと思います。
4 印紙税に関する税務訴訟が少ない理由など
冒頭でも述べたように、印紙税に関する税務訴訟は非常に珍しいものです(※2)。
印紙税に関する争訟方法について述べると、まず、印紙税の課税文書の作成者が、納付すべき印紙税を、印紙の貼付・消印などの方法で、課税文書の作成の時までに納付しなかった場合には、納付しなかった印紙税の額とその2倍に相当する金額との合計額(すなわち印紙税額の3倍)に相当する過怠税を徴収されます(印紙税法20条1項)。
この過怠税賦課決定処分に不服のある者は、国税不服審判所長に対する審査請求などの不服申立てをすることができ(国税通則法75条1項1号)、さらにその裁決に不服がある場合、当該賦課決定処分に対して取消訴訟を提起することができます(行政事件訴訟法3条2項)。
ところで、この過怠税賦課決定処分に対する不服申立て、取消訴訟の提起という争訟方法は、昭和42年に全文改正された現行印紙税法においてはじめて可能になったものです。
同改正前の旧印紙税法では、印紙の貼付もれなどに対しては犯意の有無にかかわらず、国税犯則取締法の規定による通告処分により罰金相当額の納付を求め、これを納付しないときは検察官に告発されることとされていました(※3)。
つまり、旧法では、印紙税の納付についての税務当局の見解に不服があっても、納税者は、それを民事ないし行政訴訟の方法で争うことはできず、それを争うためには、まず、税務署長の通告処分を受けた上、あえてこれを履行しないで刑事法廷において、「刑事被告人」として、税務当局の見解の当否を争わざるを得なかったのです。
昭和42年全文改正の現行印紙税法における過怠税制度の新設により、当時は、印紙税に関する税務訴訟(過怠税賦課処分の取消訴訟等)が、増加するのではないかと期待されていたようです(※4)。
しかし、現実には、現行印紙税法が施行された後50年以上の期間において、印紙税法に関する税務訴訟はほとんど提起されませんでした。
その理由について検討した文献などは見つけられませんでしたが、私なりに考えると、以下のような理由があるのではないかと考えます。
①問題となる印紙税の金額が少額なことがほとんどである。
確かに、大企業による多額の印紙税の納付もれの事例が新聞報道等されることもありますが(※5)、多くの事例では、納税者と税務当局の見解が相違する印紙税の金額はそれほど多額ではないのではないでしょうか。税務当局の見解に不服があっても、金額が少額であることから、不服申立てや取消訴訟の提起等を断念する納税者も多いと思われます。
②印紙税に関する専門家がいない。
税理士法2条は、税理士の業務(税務代理、税務書類の作成、税務相談)の対象である「租税」から印紙税を除外しており、例えば、税理士は、印紙税の税務調査の際に、国税通則法に規定する「税務代理人」になることもできません。
とすると、印紙税に関する紛争は、「法律事務を行うことを職務とする」(弁護士法3条1項)、弁護士の業務範囲に含まれることになりますが、印紙税の分野を取り扱う弁護士は極めて少ないものと思われます。
つまり、印紙税については、いわゆる「専門家」がほとんどおらず、このことも印紙税に関する争訟が少ない理由の一つと言えると思います。
③印紙税の納付もれを自己申告した場合は、過怠税の額は印紙税の額の1.1倍に軽減されること
前述のように、過怠税の額は、印紙税額の3倍というかなり厳しいペナルティと言えますが、一方、課税文書の作成者が所轄税務署長に対し、作成した課税文書について印紙税を納付していない旨の申出書(印紙税不納付事実申出書)を提出した場合で、その申出が印紙税についての調査があったことによりその課税文書について過怠税の決定があるべきことを予知してされたものでないときは、納付すべき印紙税の額の1.1倍に軽減されます(印紙税法20条2項)。
税理士などによる複数のWEB上の記事などによれば、印紙税の税務調査において、調査官は、納税者に「印紙税不納付事実申出書」の提出を促し、納税者もこれによる過怠税額の軽減を選択することが、実務上の実態のようです。
税務当局の見解に不服はあっても、それを受け入れなければ、3倍の過怠税(ペナルティ)が課される一方、それを受け入れて、印紙税不納付事実申出書を提出すれば、過怠税が1.1倍に軽減される、この3倍と1.1倍という差を考えて、不服ながらも税務当局の見解を受け入れるという現実的な選択をする、そういう納税者も少なくないと思われます。
以上の①~③はあくまでも私の推測にすぎませんが、いずれにしても昭和42年以降、50年以上の期間において、印紙税に関する争訟がほとんどなかったことにより、印紙税法の解釈が議論され、深まることはなく、納税者は税務当局の通達などを所与のものとして従うほかなかったのだと思います。
法律の解釈は、やはり、訴訟などの場で、当事者が真剣に主張、立証を尽くすことで、はじめて新たなものが生み出されるものです。
本件訴訟の今後の帰趨に注目するとともに、今後も印紙税法の解釈を深めるような税務訴訟が増えることを期待したいと思います。
引用等:
※1 本件訴訟では、本文で述べる本件各領収書以外の各種契約書等の課税文書への該当性も争点となっているのですが、本稿では、それらに関する事実関係、裁判所の判断等についての記載は全て省略します。
※2 本件訴訟以外の印紙税法に関する税務訴訟としては、日用雑貨等の販売業において、商品を購入した顧客から返品又は交換等の申出を受けた際に使用する「お客様返金伝票」と題する伝票綴りが「判取帳」(印紙税法別表第1の20号)に該当するか否かが争われた事例があります(東京地裁平成27年12月18日判決税務訴訟資料265号順号12774)。なお、私は、同訴訟の原告代理人を務めました。
※3 大倉真隆『昭和42年全文改正印紙税法の詳解』財経詳報社282頁
※4 北野弘久「租税犯則処分をめぐる二、三の問題-印紙税法の改正を機として-」税法学200号
※5 ファミリーマートが、フランチャイズチェーン(FC)加盟店との取引に関する文書に必要な収入印紙を貼っていなかったとして過怠税1億5000万円が追徴された(日本経済新聞2022年3月10日)との報道など。
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