経産省トランスジェンダー判決から学ぶべきこと
7月11日、最高裁第三小法廷は、トランスジェンダーの職員による、勤務フロアから2階以上離れた女性トイレを使用するという制限の撤廃の要求を拒絶した人事院の判定を、違法と判断しました(※1)。本コラムでは、本件のポイントを、ざっくりまとめてみます。
まず、事案の概要ですが、経産省の職員である甲氏(生物学的な性別は男性)は、平成21年、同省の担当に事情を伝え、女性の服装での勤務や女性トイレの使用等を要望しました。同省は、甲氏と同じ部署の女性職員に配慮し、甲氏の勤務するフロアとその上下のフロアの女性トイレの使用は認めませんでした。
甲氏は、平成25年12月、国家公務員法に基づき、職場の女性トイレを自由に使用させることを含む処遇を行うこと等の要求をしたところ、人事院は、これを認めない旨の判定をしたため、甲氏が当該判定の取り消しを求める訴訟を提起しました。一審、二審では人事院が勝訴しますが、最高裁は、人事院の判定を違法であったと判断しました。
なお、判決には示唆に富む複数の補足意見が付されています。以下、判決文(補足意見含む)から、企業法務の参考となりそうなポイントを列挙します。
⑴ 経済産業省は、甲氏が戸籍上も女性になれば、トイレの使用についても他の女性職員と同じ扱いをするとの方針であったらしいこと。
これは、当然の対応であるといえ、企業実務でも参照すべきものといえます。
⑵ 現行の法律の下では、トランスジェンダーの方が戸籍上の性別を変更するためには、性別適合手術を行う必要があること。そして手術は、生命及び健康への危険を伴い、経済的負担も大きく、体質等により受けることができない方もいること。
そのため、性別適合手術を受けていない場合であっても、可能な限り、トランスジェンダーの方の性自認を尊重する必要があると考えられることです。
⑶ 甲職員は、平成10年頃から女性ホルモンの投与を受けるようになり、同11年頃には性同一性障害である旨の医師の診断を受けていたこと。また、健康上の理由から性別適合手術は受けていないが、平成22年3月頃までには、血液中における男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回り、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていたこと。
最高裁の判断は、以上の事実を前提にしています。言い換えれば、性同一性障害である旨の医師の診断もなく、本人がトランスジェンダーだと申告しているのみ、という事例であれば、甲氏に対するのと同等の対応が要求されるわけではないと考えられます。
⑷ 甲氏からカミングアウトがあった後、当面の措置として、その女性トイレの使用に一定の制限を設けたこと自体は、やむを得ない措置であったと考えられること。
この措置は、甲氏の同僚である女性職員たちは、これまで男性と認識していた甲氏が、同じ女性トイレを使用することに違和感や羞恥心を抱く可能性が否定できないことに配慮したもののようです。
⑸ もっとも、暫定的に、一定範囲の女性トイレの利用を禁止するとしても、経産省は、施設管理者等として女性職員らの理解を得るための努力を行い、漸次その禁止を軽減・解除するなどの方法も十分にあり得たし、また、行うべきであったと考えられるところ、漫然と約4年10か月にわたり当初の処遇を維持してきたことは不合理であったこと。
この点は、すべての補足意見が指摘している事項でもあり、法定意見(最高裁の判決そのもの)でも相応に重視されたポイントだったと推測されます。
最後に、今崎幸彦判事補足意見が述べるとおり、本件事案から得るべき教訓は、この種の問題に直面することとなった職場における施設の管理者、人事担当者等の採るべき姿勢であり、トランスジェンダーの人々の置かれた立場に十分に配慮し、真摯に調整を尽くすべき責務があることが浮き彫りになったことにあります。職場環境やその人間関係等、事情は様々ですが、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくことが求められます。
以上
引用:
※1令和5年7月11日 第三小法廷判決
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