内部統制と成長戦略 リスク→経営者の法律の無知
リスク→経営者の法律の無知
法令遵守の最大の課題は経営者
経営者は、経営の専門家であり、法律の専門家ではない。そのため、経営者が法律に無知であることは、経営者として当たり前のことであり、そのことが経営上のリスクと認識しないことは、従来の日本社会では常識であった。
ところが、COSOの考え方では、経営者が法律に無知であることは、法令の遵守という統制目的を達成する場合の最大のリスクとなる。COSOの考え方は日本社会には適合しないのであろうか。
経営者は、ある行為が法律に違反するかどうかを知らないことも多い。かつて、証券会社で、損失補てんをして不祥事を起こしたことがある。それに関し、株主代表訴訟が提起された。その際、経営者が巨額の損失補てんを決定したのであるが、その損失補てんに関して、法律違反に関して十分な関心を持っていたか疑問な事件であった。
損失補てんを主として顧客企業の利益のためにするのであれば、特別背任罪となる。反対に、損失補てんを顧客維持のためにするのであれば、独禁法の不公正取引規制違反となる。いずれにしても、法律に違反することになる。判例を読む限り、経営者達は、法律違反か否かについては十分な認識を持っていなかったようだ。
ただ、幸いなことに、損失補てんは独禁法違反であるが、その当時、損失補てんが同法違反であると独禁法専門の学者も認識していなかったことから、経営者は法律違反を問われないですんだ。この場合、損失補てんが独禁法違反であることを学者が論じていた場合には、経営者は法的責任を負う可能性が高い。
もう1つ例を出そう。株主総会で株主の質問に答えて、未開示の重要情報を開示するとインサイダー取引規制違反を犯すことになる。それを知らないで、株主にリップサービスする危険がある。
このように、経営者は、法律を十分に知らないため、自分の行為が法律違反であることを知らない場合がある。そのことにより、会社に不祥事が起こり、会社は多大の損害を被り、同時に、経営者も辞任し、そのうえ、法的責任を問われる。まさに、経営者の法律の無知は、法令の遵守に対するリスクである。
さらに、経営者が法律の無知がリスクであると認識しないと、会社全体でも、法律の無知状態が作られる可能性が高い。経営者が会社における法律の無知状態をリスクと考えないからである。そのため、現状の日本では、多くの上場企業でも、法律の無知状態にあるといえる。
営業部門が他社と契約を締結する場合、法務部門や顧問弁護士のチェックを受けないことが多い。契約は法律事項であり、それが不十分であれば、将来紛争になる場合には、会社に多大の損害を被らせる恐れがあるが、それがリスクだとは認識されていない。
契約も守らなければならないという意味では法令と同じであり、法令遵守の発想からは、リスク対象として捉える必要がある。
日本の多くの企業では、売上優先の結果、法令遵守的発想を拒否している実情がある。その根源は、経営者の法律の無知にある。経営者は、自分が法律に無知であること、それをリスクと認識しないことの重大性を十分に認識する必要がある。COSOの発想は、そのことを明確に指摘する。
(以上、生産性新聞2007(平成19)年3月25日号より転載)
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