【国際相続】海外財産の相続対策

1 海外財産に対する相続対策の必要性

 近年、日本においては「終活」という言葉が広く認知されるようになり、相続に関する関心が高まっています。認知機能の低下に備え、任意後見人を選任したり、遺言や民事信託を利用して、死後の財産の分配方法を指定する方が増えてきました。これらの手段は、日本の財産に対する相続対策としては、非常に有効なものといえます。

 しかし、海外に財産を保有する方は、このような日本の財産に対する相続対策とは別に、財産を保有する国ごとに相続対策を検討する必要があります。海外財産に対して何の相続対策もしないまま、相続が発生すると、相続人が海外財産を承継するのに年単位の時間がかかったり、海外の専門家に対する多額の報酬の支払いが必要になる可能性があります。最悪の場合には、相続財産よりもこれらの費用のほうが高額となり、相続を諦めざるを得ないケースさえあります。

 そのため、海外財産に対しては、日本にある財産以上に、生前に入念な相続対策を検討しておく必要があります(これを、「エステート・プランニング」といいます。)。海外財産に対する相続対策として着目すべきポイントとしては、財産が所在する国、地域ごとの相続手続きの調査、税務上の問題点の有無、準拠法、遺言の自由を制限する制度の有無、紛争化した場合の帰趨など多岐にわたりますが、まずは、財産の所在する国、地域が相続開始後に「プロベイト」という裁判手続を要求しているかどうかを確認することが第一歩といえます。

 

2 プロベイト

 プロベイトとは以下のような一連の裁判手続をいいます。

 相続が発生すると、被相続人の財産は、相続人ではなく、遺産財団(Estate)に帰属し、裁判所から任命を受けた人格代表者が管理を行うこととなります。そして、人格代表者は、被相続人の債権者に対する公告を行うことで被相続人の債務を清算し、相続財産の中から人格代表者の報酬等の費用や相続財産に対する税金等を支払った後、残った相続財産を遺言書があれば遺言の通りに、遺言がなければ法律で決められた通りに、相続人などに分配します。このように、裁判所の任命した人格代表者が行う被相続人の債権債務の清算、相続財産の分配等の一連の手続をプロベイトといいます。

 プロベイトが必要な国では、例えば、相続人が相続発生後に金融機関に対して被相続人の預金口座の名義の変更や解約をしようとすると、プロベイトを経ていることを証明する文書の提出を求められますし、法務局等に対して不動産の名義変更を申請する際も同様の文書の提出を求められます。したがって、日本人がプロベイトの必要な国に遺産を遺した場合、相続人がこれを承継するためには、現地でプロベイトを経る必要が生じます。

 そして、このプロベイトには問題点も多く、まずは、国によっては手続の最後にある相続財産の分配が終了するまでに1年から3年近くかかる点が挙げられます。次に、これだけの長期間、海外の弁護士・会計士などの専門家が関与するため、多額の費用が発生します。そして、先にも書いた通り、相続財産の分配が行われるまでは相続財産は裁判所の監督下で管理されるため、原則、相続人が自由に利用・処分することができません(すなわち、これを相続税の納税の原資として利用することは一般的には困難です。)。さらに、被相続人の債務を清算する過程で、被相続人の財産、相続人の情報が公開されるため、プライバシーが確保できないといった問題点もあります。

 以上のようなプロベイトが必要になる国は、英米法圏の国々であり、具体的には、米国、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポールなどが挙げられます。いずれも日本人にとって馴染みのある国ばかりです。

 

3 プロベイトを回避する方法

 このようにプロベイトの負担は非常に重いため、プロベイトが必要になる国では、プロベイトを回避、あるいはその負担を軽減するための方法が用意されています。ここでは、日本人が財産を保有することの多い、米国おける対応策を紹介します。

 ここまでの話を要約すると、「日本人が米国に財産を遺して死亡した場合、相続人はプロベイトを経なければその財産を承継することはできない」ということになります。

 しかし、米国においては、例えば、以下のプロベイト回避策を施した財産については、プロベイトを経ることなく、相続人等がこれを承継することができます。

① 生前信託(Living Trust)

② 受取人指定(預金口座のPayable-on-Death Accounts、不動産のTransfer on Death Deedなど)

③ 財産共有名義化(Joint TenancyやTenancy by the Entiretyなど)

それぞれの詳細な内容は別の機会に紹介したいと思います。

 これらのプロベイト回避策に加え、米国の多くの州では、「遺産が一定額以下の場合には、プロベイトは不要、あるいは、簡易版プロベイトを行えば足りる」というルールを州法で定めています(以下「④ 少額財産ルール」とします。)。例えば、カリフォルニア州では、15万ドル以下の動産や5万ドル以下の不動産については、プロベイトの代わりに宣誓供述書による手続き(Affidavit Procedure)を行えば、相続人はこれを承継することができるとしています。また、残された配偶者のために簡易版プロベイト(Simplified Probate)の手続も用意しています。

 

4 少額財産ルールの活用法

 例えば、日本人がカリフォルニア州の金融機関の預金口座に2万ドルの預金を遺した場合、これに対し、①~③のプロベイト回避策を何ら施してなかったとしても、④の少額財産ルールによって、プロベイトは不要になります。

 しかし、州ごとに定められた上限を超える財産を保有している場合には、④少額財産ルールでは、プロベイトを回避することができないため、金額の大きい財産には、①~③のプロベイト回避策を施す必要があります。

 ところで、ここが重要なポイントなのですが、多くの州では、プロベイト回避策を施した財産の価額については、④少額財産ルールにおける「一定額」にはカウントされません。例えば、A動産(10万ドル)、B動産(7万ドル)、C動産(5万ドル)という財産をお持ちの方がいた場合、これらの合計は22万ドルなので、先のカリフォルニア州の少額財産ルールによると、プロベイトは回避できないことになります。しかし、例えば、A動産に②受取人指定というプロベイト回避策を施した場合、A動産の価額は少額財産ルール上の「一定額」にはカウントされないため、この方の保有する動産の合計は12万ドル(B動産+C動産)となり、先のカリフォルニア州の少額財産ルールによれば、プロベイトは不要になります。

 

5 プロベイト対策の基本的な考え方

 以上をまとめますと、日本人が米国に財産を保有している場合には、まずは、財産を保有する州の少額財産ルールを確認する必要があります。保有する財産が少額財産ルールに定める一定額以下であるなら、特段のプロベイト回避策は不要です。ただし、米国において遺言書(Will)を作成し、財産の承継先を決めておくことをお勧めします。なお、プロベイトが不要になっても、特に、米国非居住者の場合には遺産税の問題を別で検討する必要がありますので、この点ご留意ください(このあたりは、また改めて紹介します。)。

 保有する財産が少額財産ルールに定める一定額を超えてしまっている場合には、特に金額の大きい財産に対しては、プロベイト回避策を施す必要があります。いくつかの金額の大きい財産についてプロベイト回避策を施せば、残りの財産(例えば、自宅の家財など細々とした財産)については少額財産ルールによってプロベイトを回避することができます。ただし、プロベイト回避策を施していない財産については、上記と同様、遺言書(Will)を作成し、財産の承継先を決めておくことをお勧めします。プロベイト回避策を施した財産については遺言書の中で承継先を記載する必要はありません(記載したとしても効力を有しませんが、このあたりもまた改めて紹介します。)。

鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田重則

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山田 重則

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