ストレスチェックと精神障害者雇用 ~ メンタルヘルス対策と職場に変革を迫る2つの義務化 ~

(初出:月刊「ザ・ローヤーズ」(ILS出版)2015年1月号)

 

弁護士 小島健一

1.ストレスチェックの義務化

 

今年2015年12月から、企業には、従業員のストレスチェック(心理的な負担の程度を把握するための検査)が義務化される。2014年6月の労働安全衛生法の改正[1]により創設された制度である。

企業の人事担当者でもなければ、「ストレスチェック」など聞いたことがないという方がまだ大半かもしれないが、原則として全ての企業が、今年のうちに準備を整える必要に迫られることになる。

その具体的な運用方法は、政府の検討会[2]において審理され、その結果は、本稿が記事となる頃には公表されている見込みであるが、最終的には、2015年12月の施行までに、予め、厚生労働省令、指針等の形で示されることが予定されている。

したがって、企業の経営者、とりわけ人事・総務の担当者としては、まず、迅速かつ継続的に情報収集に務めると共に、ストレスチェックの実施を担う社内外の人材、専門職の状況を把握し、自社の実情に合った体制を作り上げる必要がある。

 

政府は、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所を2020年には100%とする目標を掲げたことがあるが[3]、その前段階として、2017年までには、これを80%以上に引き上げることを目標としている[4]

今回の改正では、結局、従業員50人未満の事業場については、当分の間、ストレスチェック実施は努力義務とされるにとどまったため、政府のこの目標が達成されるかは未知数であるが、これまで、メンタルヘルス対策への取り組みにおいて、ともすれば企業ごとの温度差が大きかった中小企業においても、ストレスチェック義務化を契機として、いよいよメンタルヘルス対策に本腰を入れて取り組まなければならなくなる。

 

従前から産業保健サービスやEAP(Employee Assistance Program)を提供する企業等に加え、様々な業種の企業も新たに参入し、ストレスチェックやその関連サービス(例えば、ストレスチェックやその結果を踏まえた面接指導を実施する医師、保健師等の確保、ストレスチェック結果の分析・フィードバック、従業員への教育、企業へのコンサルティング等)まで含めたパッケージ商品の売り込みが、既に始まっており、今年は、これがいよいよ本格化すると見られる。

したがって、一般の企業としては、予算を付けて、そのようなサービス・プロバイダーと契約すれば、ストレスチェック義務化へのコンプライアンスを果たした、という、一応の格好はつくようにも見える。

しかし、事はそう単純ではない。

 

2.ストレスチェックは「招かれざる客」か?

 

今回のストレスチェック義務化は、企業に対し、医師、保健師等による従業員のストレスチェックと医師による面接指導を実施することを義務づけるものであるが、労働者にはストレスチェックを受ける義務がない、つまり、そもそもストレスチェックを受けるか否かについて労働者本人が任意に決定できることとされた。

さらに、ストレスチェックの実施者は、医師、保健師等とされ、関与するスタッフを含めて守秘義務が課せられると共に、検査結果は、直接本人に通知することになるのであり、予め本人の同意を得ないで会社に通知することは許されない。

しかし、同時に、“高ストレス”との検査結果の通知を受けた労働者が、医師による面接指導を希望することを会社に申し出たときには、会社は、医師による面接指導を行わなければならず、さらに面接指導の結果に基づき、医師の意見を聴き、必要があると認めるときは、当該労働者の就業上の措置を講じなければならない。

 

まず、ストレスチェックの実施により、これまで、メンタル不調を個人の問題として扱いがちであった企業においても、職場のストレスを公然と話題にせざるを得なくなる。いきおい従業員の間では、メンタルヘルスに対する経営者の姿勢への関心が高まることは必定である。

 

また、義務化されるストレスチェックは、前述のように、単なる調査ではなく、その後の医師との面接や就業上の措置に及んでいる。すなわち、労働者自身によるセルフケアの機会を提供するにとどまらず、会社にとっては、労働者のイニシアティブにより人事的措置をとることを促されることにも繋がり得る。

これに関連し、ここ数年、多くの企業は、医学的にはうつ病とまでは認められないとされる軽度のメンタル不調であることが多い「新型うつ」でありながら、会社に対して特別な就業上の配慮や職務・職場の変更等を求める、特に若年の労働者に頭を悩ませているが、今後は、ストレスチェックの結果をもって、会社の人事的対応を要求する従業員が現れる可能性も否定はできない。

 

そもそも、企業は、ストレスチェックによって従業員の精神状態に関するセンシティブな情報を包括的にその管理下に置くことになる。個人情報保護法違反やプライバシー権侵害の問題を引き起こさないよう、その情報管理には細心の注意を払わなければならないことは、勿論である。

 

さらに、労働者本人が同意すれば、会社は、検査結果の通知を受けることになる。同意がない労働者に関しても、個人を特定しない形では、部や課など職場毎のストレスの現状についてフィードバックを受けることになる。これにより、安全配慮義務(ないしは職場環境調整義務)がさらに高度な要求となっていくことを心配する向きもある。

確かに、企業が、ストレスチェックを“やりっぱなし”にし、必要な職場環境の改善等、その後の対応を怠れば、そのリスクは高まるはずである。

すなわち、ストレスチェック義務化は、長時間労働の事実が認められれば容易に業務上災害と認定されるようになった最近の労災認定実務や、労災認定が先行すれば、実質的には無過失責任にも類する損害賠償責任を企業に課すほどになっている民事裁判実務に対し、さらに、質量ともに大きなインパクトを与えることになる可能性がある。

 

ストレスチェックは、企業にとって「招かれざる客」なのであろうか。

 

一方、従業員の側には、会社による従業員の精神の健康状態に対する関与が強まることに対する警戒感、不信感を払拭できない、という根の深い問題がある。メンタル不調であることが会社に察知されることにより、退職勧奨や閑職への異動等につながるのではないか、という懸念である。

そうであるからこそ、今般の法改正にあたり、政府は、ストレスチェックの主たる目的は、精神疾患の発見ではなく、あくまでも、メンタル不調の未然防止(一次予防)である、と強調せざるを得なかった[5]

 

従業員が会社のメンタルヘルス対策に信頼をおき、ストレスチェックに積極的に協力してくれるようになるためには、どうしたらよいのか。

 

3.メンタルヘルス対策二つのアプローチ

 

これまで筆者は、本誌上で二度にわたり職場のメンタルヘルスに関連するテーマを取り上げた。

一昨年は、「グローバル競争の鍵となるメンタルヘルス対策」と題し、大多数の企業でメンタルヘルス対策に本腰が入っていない現状に対し、メンタルヘルス対策は、“弱い社員”から発生するリスクを管理する「費用」ではなく、“できる社員”を含む、全ての従業員の生産性を引き上げ、事業の競争力を強化する「投資」であることをご理解いただくために、海外勤務から帰国した“できる社員”が突然メンタル疾患に陥ったものの、本人の適切な対処と周囲の支援によって復活を遂げた実例を紹介した[6]

昨年は、「『ブラック企業』と言われないために~保健師と精神障害者とシングルマザーを戦力化すべし~」と題し、広範な人事権を有する日本企業における労働契約の特質から、益々厳しくなる事業環境下においては、あらゆる企業がブラック化するおそれがあること、これに対する有効な処方箋として、保健師等の産業保健職を活用して各社員の心身の健康に徹底的に配慮すること、さらに、様々な制約から“通常の”職場では“弱い社員”とならざるを得ない労働者が戦力としてその力を発揮できる職場環境や業務遂行方法の創出に、あえて取り組むべきことを提案した[7]

 

一見異質なもののように見える二つのアプローチであるが、いずれにも、企業がストレスチェックを実効性あるメンタルヘルス対策に繋げていくための、大いなる可能性があると信じている。以下、敷衍する。

 

一つ目は、経営者自ら、メンタルヘルス対策の目的は、職場のストレスの軽減と個人のストレス耐性(レジリアンス)の強化の両面であることを明確にし、組織と個人が共にストレスに立ち向かうことを宣言し、経営上の課題として取り組むことである。

 「メンタルヘルス」という用語は、そもそも、昭和五十年代に日本生産性本部が「<心>という視点から、いかにしたら人が生き生きと働き、そのことで組織が活性化できるか」を世に問うた概念だと言われている[8]。その原点に戻るのである。

メンタル不調者対応に追われ、とかく医療への“丸投げ”になりがちであったメンタルヘルス対策を、企業が、事業の観点から、主体的な取り組みとするのである。

昨今、この方向性は、その表現や重点は異なるものの、様々な立場から提唱されている。既にメンタルヘルス対策のトレンドとも言える。これまでメンタルヘルス対策と接点が少なかった、キャリアカウンセリング、人材の能力開発やモチベーション向上のトレーニングを提供する専門家を活用することも望まれる。

 ここで強調したいのは、メンタルヘルス対策において鍵になるのは、経営者の本音として、性善説に立てるか、ということである。是々非々と言えば聞こえは良いが、ルールや手続きを軽視し、人に応じて姿勢を変えていては、どうしても限られた知識・情報に基づく思い込みによる恣意的な対応となり易く、これは、周囲で見ている他の社員の信頼や安心をじわじわと蝕んでいくことになる[9]

 ストレスチェックを実施する医師等やサービス・プロバイダーを選ぶにあたっても、このような経営者の姿勢に共感しているか、また、その主体的な取り組みを支援するリソースやノウハウを有しているか、という視点が、まず重要となろう。

 

二つ目は、経営者が、本気で、粘り強く、精神障害者雇用に取り組むことである。実は、この二つ目の取り組みが伴ってこそ、右の一つ目の取り組みに、漸く「魂が入る」ことになるのである。

 

4.精神障害者雇用の義務化

 

メンタルヘルスに関心のある読者におかれても、自社に、精神障害者として採用され、就業している同僚がいなければ、なかなか実感を持つことは難しいかと思われる。

しかし、全ての企業が、精神障害者を採用し、その就業定着に取り組まなければならないデッドラインは、既に到来している。

 

2013年の改正障害者雇用促進法[10]により、2018年4月には、精神障害者の雇用が“義務化”され、法定雇用率の対象となることが決まっている。

既に2013年4月には障害者法定雇用率が1.8%から2%に引き上げられ、企業は障害者雇用を増やす努力を求められているが、2015年4月からは、これまで200人を超える従業員を常時雇用する事業主が対象の障害者雇用納付金制度が、従業員数100人を超える事業主にも拡大される[11]

 

ただ、この精神障害者雇用の“義務化”というのは、後に敷衍する障害者の人材マーケットの現状に照らせば、感覚として、文字どおりに受け止めていただいて構わないのであるが、法的には、一定数の精神障害者を実際に雇用すること自体が義務づけられる、という意味ではない。

そもそも、法定雇用率は、5年毎に、ある計算式を基準として政令により定めることになっている。この計算式とは、簡単に言ってしまえば、全ての常時雇用されている労働者と全ての失業者の合計を分母とし、常時雇用されている障害者と失業している障害者の合計を分子とする分数である。

前回、2013年に、法定雇用率が1.8%から2%へと引き上げられた際には、この分子に、未だ精神障害者は含まれていなかった。しかし、次回、2018年からは、精神障害者も含めることになった、ということである。

ここで「精神障害者」とは、精神障害者保健福祉手帳の所持者に限られる。この手帳は、統合失調症、てんかん、うつ病・躁鬱病(双極性障害)等の気分障害、発達障害(アスペルガー症候群[12]、ADHD(注意欠如・多動性障害)等。)、さらには高次脳機能障害(脳卒中や交通事故等の後遺症による記憶障害等)等の疾患について、初診から6ヶ月以上経過していて、日常生活又は社会生活に一定の制約があれば取得することができるが、2年の有効期限があり、その都度更新しなければならない。しかし、最近は、この手帳を取得することにそれほど強いためらいを持たない人が増えてきたと聞く。

また、社会に出る前から精神疾患に罹患し、就職経験のない人のみならず、会社に就職して何年も働いた後に精神疾患により退職し、しばらく働くことができなかった人も含まれている。メンタル疾患による退職者の増加が、精神障害者の求職者の増加の背景にあるのである。

さらに、法定雇用率の基準となる計算式に含められる失業者とは、「労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、安定した職業に就くことができない状態にある者」(障害者雇用促進法43条2項)である。したがって、これまで精神疾患により就業をあきらめていたような人が求職活動をするようになれば、さらに法定雇用率は引き上げられることになる。

このような背景から、2018年には、精神障害者を算定基礎に含めて前述の計算式で算定される割合をそのまま法定雇用率とすると、かつてないほどに急激な引き上げになりかねない。

そのため、今般の法改正にあたっては、最初の5年間(つまり、2023年に改めて法定雇用率を見直すまでの1サイクル)に限り、本来の計算式で算定した割合よりも低く設定することを可能としたが、いずれにしても、かなり大幅な引き上げになることは確実であろう。

なお、2006年からは、法定雇用率を達成しているか否かを判断する際の各企業の実雇用率には、精神障害者を含めることになっている。つまり、今のところ、企業は、超えなければならないハードルの高さはそのままに、下駄を履かせて貰えるのであるから、今のうちに、法定雇用率の大幅な引き上げに備えなければならない、ということである。

 

大企業は、これまでも、特例子会社を持つなどして障害者雇用に取り組んできたところが多いが、主に身体障害者と知的障害者を雇用することによって法定雇用率を達成していることが多いと聞く。

実際、かつては、障害者雇用といえば、身体障害者と知的障害者がその大半を占めてきた。しかし、近年、精神障害者が激増しており、今後さらに多くなると予想される。

ハローワークの障害種別の毎年の就職件数において、2004年度に全体の10%に過ぎなかった精神障害者は、2013年度には37.8%まで増加し、とうとう身体障害者を超えてトップになった[13]。今後も、他の障害に比べて精神障害がより多く増加する傾向は変わりそうもない。

したがって、これからは、大企業が、引き上げられる法定雇用率を達成するために障害者雇用をさらに増やそうとしても、人材マーケットには精神障害者ばかり、という状況になるだろう。

中小企業においても、前述の障害者雇用納付金の適用対象事業主の拡大などに対応するため、まさに今、障害者雇用に取り組み始めたばかりというところが多いが、状況は同じである。

今後は、企業規模の大小にかかわらず、新たに障害者を採用しようとすれば、殆どの場合、精神障害者を採用することになるのである。

 

5.精神障害者の職場定着の難しさ

 

ところが、精神障害者の場合、就業を継続させ、職場に定着させることは、身体障害者や知的障害者の雇用に比べて難しいと言われている。

実際、毎年の障害種別の就職件数と雇用数を比較すると、精神障害者では、就職件数が大幅に増加している割には雇用数の増加は伸び悩んでいる。ほんの数ヶ月という短期間で退職しまうようなことが多いからである。

そもそも精神障害者は、障害と疾病という二つの面を持っている。症状に波があり、就業能力や勤怠は不安定になり易く、職場のストレスやコミュケーション不足にも非常に敏感に反応し、調子を崩すことになる。

そのため、せっかく精神障害者を採用しても長続きしなかった経験をして、精神障害者はもうこりごりだと思っている経営者は少なくない。

このように、精神障害者雇用の課題は、就業の継続である。このことは、メンタル不調者の復職支援の経験から、容易に想像できるであろう。

 

では、精神障害者の就業を継続させるには、何が必要か。これが、社員全員に対する根本的なメンタルヘルス対策と共通するのである。

 

精神障害者の就業継続に成功する企業では、①同じ疾患名であっても人それぞれに異なる疾病の特性や本人の個性を把握し、これに適合する仕事を担当させる、そのためには、職場の仕事を細分化し、適材適所の割り振りにする、②担当者が毎日の声掛けと定期的な振り返りの面談を行うことによって、本人の気づきを促し、不調の兆候を掴み、仕事を調整し、主治医と連携するなど、職場定着のために様々な工夫をしている。

このような対応には、相当な根気が必要であり、職場の担当者の負担は大きいから、複数名を担当者としたり、担当者に相談役を付けたりすることも重要である。

一方、精神障害者自身にも、努力は必要である。自分の性格や能力に対する自己理解を深め、不調のサインを見分け、これを他人に伝えたり、他人に支援を頼んだりする術を身につけることが求められる。

もっとも、これらのことは、そういったことが上手に出来ないがために、職場はメンタル不調者を生み出し、本人は就業困難となっているのであるから、双方にとって難度が高いことは確かである。

そこで、精神障害者については、他の障害者にも増して、外部の専門家の支援を得ることが重要である。

 

6.障害者の就業を支援する制度の活用

 

精神障害者本人とそれを雇用する企業の双方を支援する国の制度として、代表的なものに、「障害者就業・生活支援センター」と「ジョブコーチ(職場適応援助者)」とがある。

いずれも、企業と職場には、本人の精神障害の特性や個性を伝え、担当させる仕事や雇用管理について助言し、本人には、業務遂行能力やコミュニケーション能力の向上を助言し、家族への助言も行う。

企業と本人の双方から話を聴き、或いは三者での振り返り面談を実施し、互いの認識のズレを調整していく、障害者が「働くひと」であることに焦点をあてた支援者である。

精神障害者の就業支援に経験豊富な支援者が関与することによって、精神障害者の職場定着率は、劇的に向上している実績がある。

 

精神障害者自身も、予め、福祉施設や就労支援施設での基礎的な訓練、生活の見直し、企業での実習等を通じて、職業人としての自分を振り返り、自己理解を深めておくことが重要である。

 

また、今後は、産業医や保健師等の産業保健職も、精神障害者の就業支援に積極的に関わり、外部の支援者とも協働していくことが求められる。

 

7.精神障害者雇用の効用

 

このようにして、職場と本人との間で、本人の能力と体調、職場の仕事とコミュニケーション方法について、相互の理解が深まり、認識の違いが調整され、仕事の適材適所が整理されていくことによって、その職場は、精神障害者にとって、その能力を発揮できる、“働きがい”のあるところになる。全ての労働者にとってもまた、そうであることは自明である。

実際、精神障害者が配属された職場では、それが刺激になって、お互いに気遣い、助け合うなど、職場風土の改善やチームワークの向上に繋がり、「職場力」が強化されたことを実感し、引き続き積極的に精神障害者を採用している企業は少なくない。

 

精神障害者雇用の効用は、これだけにとどまらないと思われる。

 

そもそも、メンタル不調といっても、様々な疾患があり、それぞれ特徴は異なる。個人の経験や性格によっても症状は異なってくる。うつ病と診断されていても、もともと発達障害があることによって、ストレス反応によりうつ病となっている例はかなりあると言われている。

人事や職場の管理職や同僚、さらには産業医(精神科医でない場合)等の産業保健職が、精神障害者の就業の継続に取り組むことにより、様々な精神疾患について、実地の経験と訓練を積むことになる。これは、必ずや、企業・個人双方のメンタルヘルス対策にフィードバックされるはずである。

 

さらに、賢明な読者諸氏は既にお気付きかもしれないが、メンタルヘルス対策と精神障害者雇用とを並べてみたとき、何とも言えない違和感がないだろうか。

いずれも、精神疾患により就業能力が低下した労働者をいかに雇用するか、という連続性のある課題である。にもかかわらず、社員のメンタル不調については、とかく職場から排除しようとする力学が働き易いのに対して、精神障害者は、何故こんな苦労をしてまで職場への定着に努力するのだろうか、という居心地の悪さである。

 

企業が精神障害者の雇用に取り組む結果、今日の「職場のメンタルヘルス」における様々な歪みや行き詰まりは、かなり整理されていくのではないか、という予感がある。その詳細な分析については、他日を期すこととしたい。

 

なお、本稿における見解は、筆者個人限りのものであり、所属する法律事務所を代表するものではないことをご承知いただければ幸いである。

 

 [1]労働安全衛生法の一部を改正する法律(平成26年法律第82号)

[2]「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度に関する検討会」

[3]平成22年(2010年)6月18日に閣議決定された新成長戦略における「成長戦略実行計画(工程表)」

[4]厚生労働省平成25年(2013年)2月25日「第12次労働災害防止計画」

[5]平成26年6月18日衆議院厚生労働委員会附帯決議

[6]月刊「ザ・ローヤーズ」(ILS出版)2013年1月号・26頁以下

[7]月刊「ザ・ローヤーズ」(ILS出版)2014年1月号・50頁以下

[8]「メンタル・ヘルスの指標を用いた組織活性化の試み」根本忠一(公益財団法人日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所・平成23年(2011年))・2頁

[9]確かに筆者も、日頃、企業をクライアントとして人事労務関係の個別案件の相談、紛争解決にあたる中では、例えば、病気を利用して不当な利益を得ようとしているようにも見える“不届きな輩”に出会うことがある。しかし、過去の経緯や事実関係を深掘りすれば、その人なりの背景や理由が見えてくることがあり、それを考慮に入れて対応した結果、早期の円満な解決に繋がった事例を数多く経験している。

[10]障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律(平成25年法律第46号)。なお、同改正法により、平成28年(2016年)4月には、雇用の分野における障害者に対する差別の禁止と、合理的配慮の提供義務(障害者が職場で働くに当たっての支障を改善するための措置)が、全ての事業主に義務づけられる。

[11]障害者雇用納付金制度とは、障害者の雇用が法定雇用率に達しない事業主からは、その不足分に応じた「納付金」を徴収する一方、法定雇用率を超えて障害者を雇用する事業主には、その超過分に応じた「調整金」等を支給する制度である。平成20年(2008年)の改正により、障害者雇用納付金制度の対象になる事業主の範囲は、それまでの従業員301人以上の事業主から、段階的に、平成22年(2010年)には、従業員200人を超える事業主へ、さらに、今年(平成27年(2015年))、従業員数100人を超える事業主へと拡大されることが決まっていたものである。

[12]アスペルガー症候群は、米国精神医学会の診断基準の最近の改定(DSM-5・2013年)により、自閉症障害等と併せて「自閉症スペクトラム(自閉症連続体)」と呼ばれるようになった。

[13]平成26年(2014年)5月14日厚生労働省発表

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