連載 リスクコンシェルジュ~事業承継リスク 第12回 事例研究1 遺言の限界 ~老舗かばんメーカーの「争」続事例~
事例研究1 遺言の限界 ~老舗かばんメーカーの「争」続事例~
事業承継の方法には様々なものがありますが、遺言のみによる対応よりも、現経営者が存命のうちに株式(経営権)を移転させる方法が確実です。今回は、遺言のみによる対応がなされたたために、相続発生後に紛争となってしまった判例事件を紹介します。
1 事件の概要
対象会社は、布製かばんのメーカー。2001年3月15日、前会長(3代目)が死去。その後、2通の遺言書がでてきます。
「第一の遺言書」は、1997年12月12日付の自筆証書遺言。会長保有の株式のうち、67%を当時社長であったの三男夫妻に、残り33%を四男に、銀行預金のほとんどなどを長男(元銀行員で、会社経営に関与したことはない。)に相続させるという、会社の継続を図る上で合理的な内容でした。和紙に毛筆で書かれ、実印が押捺され、会社の顧問弁護士が預かっていたものです。
「第二の遺言書」は、2000年3月9日付自筆証書遺言。会長保有株式の80%を長男に、残り20%を四男に相続させる内容です。会社の継続という観点からは疑問がある内容です。しかも、便箋にボールペンで書かれ、三文判押捺。長男自らが預かっていたという怪しいものです。
三男は、第二の遺言書が無効であることを確認する内容の訴訟を提起しました。しかし、2004年12月最高裁判決にて、三男の敗訴が確定します。
筆頭株主となった長男は、臨時株主総会により、社長(三男)と取締役全員を解任。自ら代表取締役社長となりました。
なお、その後、三男の妻が原告となり、第二の遺言書の無効確認等を求める訴えを提起したところ、2008年11月27日付大阪高裁判決は、原判決を取り消し、遺言書は偽物で無効と確認。上告も棄却され、確定しました。
3 教訓
なぜ、遺言では紛争が生じるのか。問題は、遺言は、複数作成しても構わないものとされ、前の遺言が後の遺言と矛盾抵触するときは、後の遺言が優先するとされていること(民法1023条)にあります。ですから、仮に、現経営者が遺言書により事業承継内容を特定したとしても、後の日付の遺言書が出てきた場合、後の遺言書通りに事が進んでしまいます。後の遺言が偽物だと立証できればよいのですが、本件の流れを見ても分かるとおり、その立証は簡単ではないのです。
さらに、後の遺言が偽物ではない、つまり、現経営者が実際に作成したものであったとしても、問題が生じるときがあります。つまり、判断能力がしっかりしていたときには、会社の継続を第一と考えた合理的な内容の遺言を作成することができます。しかし、その後現役を引退し、会社との距離が出来てしまうと、後継者には選ばなかったけれど、自分の身の回りの世話などしっかりやってくれる相続人などに情が移ってしまい、あるいは当該相続人に懇願されて、現経営者自ら、遺言を書きかえてしまうという事例も見られます。
要するに、遺言は不安定です。ですから、株式の生前贈与などの、より確実性の高い方法による相続が推奨されるのです。
鳥飼総合法律事務所 弁護士 島村 謙
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