連載 リスクコンシェルジュ~知財関連リスク 第7回 営業秘密の流出 増大する技術情報流出のリスク 事前の管理体制整備が決めて(後編)

第7回 営業秘密の流出

増大する技術情報流出のリスク 事前の管理体制整備が決めて(後編)

 

 第6回では、新日鉄住金とポスコ社との訴訟を例に、退職技術者を通じての技術流出の懸念が増加していることを書かせていただきました。

 第7回では、こうした技術流出に対して企業が取るべき対策について見てみましょう。

 

・不正競争防止法による救済

 今回の訴訟でも請求の根拠とされている不正競争防止法の規定では、情報流出に対する救済手段として、加害者に対する製造販売の差止請求、及び損害賠償請求が認められています。そして、これらの請求が認められるためには、①当該技術情報が営業秘密に当てはまること、及び②技術情報の不正取得の事実を主張立証する必要があります。

 

 まず、①流出した技術情報が「営業秘密」に該当するための要件の一つとして、法律上、秘密として管理されていること(管理性)が必要とされています。いざというとき不正競争防止法による救済を受けるためには、流出した秘密が秘密として管理されていたといえるだけの管理体制を普段から整備しておく必要があるということになります。新日鉄のケースでは、鋼板の製造ノウハウは、製造現場の所在、そこへの立ち入りを含めて厳重に管理されていたようです。

 

 問題は、上記②の「技術の不正取得の事実の主張立証」です。これは一般にはかなり難しいといわざるを得ません。

 新日鉄は、刑事事件における証言という形で偶然有力な証拠を押さえるえることができましたが、このような幸運はなかなか期待できるものではありません。

 したがって、企業としては、技術流出があった場合に事後的な訴訟等を通じての救済を追及することは当然のことであるとしても、事前の管理体制を万全に整備し、情報流出が起こらないようにすることも肝要となってきます。

 

・企業に求められる対策

 まず、第一に、企業は普段から重要な技術情報を厳格な管理体制の下に置かなければなりません。

 ただし全ての技術情報を一律な管理体制に置くのは非効率、またはアンバランスを招きますから、技術情報を重要性等に応じて分類し、各分類ごとにアクセス権や使用方法をコントロールすることも重要となってきます。

 

 さらに、一部の企業にみられるように、技術情報を複数の技術者に分散管理(ブラックボックス化)することで、一人の技術者からの情報だけでは十分な技術情報を取得することができないようにするという方法も有効です。

 また、退職社員との間で技術情報の流出を禁じる契約を結ぶことも重要です。その際、流出が禁止される情報の範囲が広すぎるとして契約自体が無効とされてしまうことのないよう、流出が禁止される情報の範囲を具体的に規定することが必要です。契約に違反した場合はストックオプションを無効にするとの規定にも大きな抑止力が期待できるでしょう。

 

 退職前に退職従業員と企業との間で競合他社への転職を禁ずる契約を締結することも重要ですが、憲法が保障する職業選択の自由との関係で無効とされることのないよう、 割増退職金を提示し期間を限定するなどの配慮も必要となる場合があります。

 

 もちろん、以上のような管理体制を整備したとしても、今回流出に関わった新日鉄の元社員は退職時に秘密保持契約を結んだにもかかわらず、金銭に釣られて情報を流出させてしまったことにみられるように、技術流出を完全に防止することは容易ではありません。

 しかし、技術情報が流出した場合でも管理体制が整備されていれば、流出の事実、経路の捕捉、証拠保全を容易にすることで被害を最小限にし、関係者の責任を追及し、再発の防止措置をスムーズにとることができます。こういった意味でも、事前の管理体制を万全に整えることが重要であるといえるでしょう。

 

鳥飼総合法律事務所

 弁護士 渡辺 拓

※ 本記事の内容は、2012年11月現在の法令等に基づいています。

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