家屋の損耗の固定資産評価額への反映方法が争われた事例
詳細情報
時間の経過によって家屋に生じた損耗は、原則として、「経年減点補正率」を用いた算式により、その評価額に反映されます。しかし、これを用いることが適当でないと認められる場合は、例外的に、「損耗減点補正率」を用いた別の算式により、その評価額に反映されます。今回の裁判では、後者の例外的な算式を使って評価を行うべきだという納税者の主張が認められ、裁判所によって、どのような場合に後者の例外的な算式を使うべきなのかが明らかにされました。 |
1 はじめに
今回の裁判で問題となったのは、小樽市にある研究所の固定資産の評価方法です。この研究所は、約17年間放置されたため、多くの損傷が見られ、内部の設備も稼働するか不明な状態にありました。そのため、この家屋を原則通りの算式により評価するのか、それとも、このような家屋の状況を踏まえ、例外的な算式により評価するのかが争われました。小樽市から依頼を受けた不動産鑑定士は、この家屋を3850万円と鑑定評価したにも関わらず、小樽市は、その後、この家屋の固定資産評価額を3億1556万7800円と決定したことも、今回の裁判で注目すべき点です。
2 裁判の経過
① 札幌地方裁判所令和5年10月4日判決(令和4年(行ウ)第16号)
② 札幌高等裁判所令和6年4月19日判決(令和5年(行コ)第16号)
③ 最高裁判所令和6年10月2日決定(令和6年(行ヒ)第253号)
3 事案の概要
⑴ 本件家屋は、昭和63年5月21日に新築されました。本件家屋は、遅くとも平成13年頃から約17年間放置されました。
⑵ 被告の小樽市は、本件家屋とその周辺の土地の一括公売を進めることを念頭に、不動産鑑定士に鑑定の依頼を行いました。同鑑定士は、平成29年12月頃、実地調査を行いました。実地調査の結果の一部は、以下の通りです。
① 「(本件家屋は)築後約30年が経過しており、物理的老朽化や機能的陳腐化の程度は全体としては概ね経年相応であるものの、調査日現在において、低層階の窓ガラスの多くが破損しており、このため特に1階は雨水等の侵入が原因と思われるカビが大量に発生し、内装材の剥がれ等の損傷が著しいほか、外壁材にも亀裂等の破損がみられる」
② 「(本件家屋は)長期間使用されていないことから、各種建物設備類の稼働可否は不明で、全体として維持管理状態は非常に劣る」
⑶ 不動産鑑定士は、実地調査の結果を踏まえ、平成30年3月30日、本件家屋の同月31日時点の鑑定評価額を3850万円(市場性減価をする前の建物のみの価格は2720万円)と評価しました。
⑷ 被告の小樽市は、平成30年7月4日、本件家屋とその周辺の土地の一括公売の実施を正式に決定しました。公売の結果、原告が本件家屋とその周辺の土地を8900万円で落札し、これらの不動産を取得しました。
⑸ 被告の小樽市は、本件家屋の令和3年度の登録価格を3億1556万7800円と決定しました。
⑹ 原告は、令和3年5月27日付で本件家屋の登録価格を不服として小樽市固定資産評価審査委員会に審査申出をしました。しかし、同委員会は、令和4年3月8日、被告の小樽市による登録価格(評価額)は適正であるとして原告の申出を棄却しました。
⑺ 原告は、⑹の同委員会の棄却の決定を争うため、本件訴訟を提起しました。
4 争点
市町村長は、「固定資産評価基準」に基づいて固定資産の登録価格を決定しなければなりません(地方税法403条1項、同411条1項)。「固定資産評価基準」は、本件家屋と同様の非木造家屋の評価方法について、以下の通り定めています。「評点数」というのは、「評価額」と同義です。
非木造家屋の評点数は、当該非木造家屋の再建築費評点数を基礎として、これに損耗の状況による減点補正率を乗じて付設するものとし、次の算式によって求めるものとする。
〔算式〕 評点数=再建築費評点数×経過年数に応ずる減点補正率 (経過年数に応ずる減点補正率によることが、天災、火災その他の事由により当該非木造家屋の状況からみて適当でないと認められる場合にあっては、評点数=(部分別再建築費評点数×損耗の程度に応ずる減点補正率)の合計) |
家屋(建物)は、建築されてから時間の経過によって損耗が生じます。「固定資産評価基準」によれば、そのような損耗は、原則として、「再建築費表点数」に「経過年数に応ずる減点補正率」を乗じることで評価額に反映されることになります。
他方で、「経過年数に応ずる減点補正率によることが、天災、火災その他の事由により当該非木造家屋の状況からみて適当でないと認められる場合」という例外的な事情がある場合には、そのような損耗は、「部分別再建築費表点数」に「損耗の程度に応ずる減点補正率」を乗じることで評価額に反映されることになります(固定資産評価基準第3節一)。
このように、上記の例外的な事情の有無によって、家屋評価の算式は異なるため、最終的な評価額も異なる結果となります。
被告の小樽市は、本件家屋の評価をする際、原則通り、「再建築費表点数」に「経過年数に応ずる減点補正率」を乗じて評価額を算出しました。
これに対し、原告は、本件家屋については、「経過年数に応ずる減点補正率によることが、天災、火災その他の事由により当該非木造家屋の状況からみて適当でないと認められる場合」という例外的な事情があるため、被告の小樽市は、本来、「部分別再建築費表点数」に「損耗の程度に応ずる減点補正率」を乗じて評価額を算出しなければならなかった、と主張し、被告の小樽市の評価額(登録価格)を争いました。
5 裁判所の判断
第一審判決も控訴審も基本的には同様の判断を下し、納税者を勝訴させました。その要旨は、以下の通りです。最高裁は、小樽市による上告を不受理としたため、納税者を勝訴させた控訴審の判断が確定しました。
① 経年減点補正率(経過年数に応ずる減点補正率)は、通常の維持管理を行う場合を前提に経年による減価が基礎とされている(固定資産評価基準第3節五 1(1))。
② 損耗減点補正率(損耗の程度に応ずる減点補正率)による場合も、損耗残価率の算出においては、通常の維持管理を行うことを前提として、その経過年数に応じて生じる損耗の状態に修復する費用を基礎とし、さらに必要な場合には適宜補正を行うこととされている。
③ (①、②の点を踏まえると)経年減点補正率による場合は、基本的に通常の維持管理が行われていた、あるいは、これに相当する状況にあることを想定しているものといえる。
④ 損耗減点補正率によるものとされる事由に、「天災、火災」が挙げられているのは、「天災、火災」の場合には、類型的に通常の維持管理を行う場合に生じる損耗を超える損耗が生じ得ることが容易に想定できるからであると解される。
⑤ 以上によれば、「経過年数に応ずる減点補正率によることが、天災、火災その他の事由により当該非木造家屋の状況からみて適当でないと認められる場合」とは、通常の維持管理を行う場合に生じる損耗を超える損耗が明らかに生じている場合をいうと解する。
⑥ 本件家屋は、平成13年から約17年間使用されていないのみならず、低層階の窓ガラスの多くが破損している。そのため、特に1階は雨水等の侵入が原因と思われるカビが大量に発生し、内装材の剥がれ等の損傷が著しいほか、外壁材にも亀裂等の破損がみられる。
⑦ 本件家屋は研究所として建築されており、その性質上、建物設備類の稼働状況等は価格の算定に影響することが容易に想定でき、本件家屋の特殊設備及び建物設備は、評点数の割合において約3割を占める。しかし、これらを含む各種設備の稼働可否は不明である。しかも、原告の調査によれば、ほとんどの設備について点検が必要であり、設備によっては基盤が故障していたり、腐食が進んでいたりする部分があり、さらに修理部品の調達が困難な部分もある。
⑧ (⑥、⑦の点を踏まえると)本件家屋は、通常の維持管理が長期間されていなかったことは明らかである。本件家屋の公売時の鑑定評価額3850万円(市場性減価をする前の建物のみの価格は2720万円)と本件登録価格3億1556万7800円が著しく乖離しているのは、このような状況を踏まえたものである。これらの事情について、公売を実施し、不動産鑑定を依頼した被告の小樽市は当然に知っていたことを併せ考慮すると、本件家屋は、通常の維持管理を行う場合に生じる損耗を超える損耗が明らかに生じているといえるから、「経過年数に応ずる減点補正率によることが、天災、火災その他の事由により当該非木造家屋の状況からみて適当でないと認められる場合」にあたる。
⑨ よって、被告の小樽市による本件家屋の評価は、違法である。
6 本件の意義
今回、裁判所は、「経過年数に応ずる減点補正率によることが、天災、火災その他の事由により当該非木造家屋の状況からみて適当でないと認められる場合」とは、通常の維持管理を行う場合に生じる損耗を超える損耗が明らかに生じている場合をいうとの解釈を示しました。
今回問題となった本件家屋は、非木造家屋ですが、実は、木造家屋の評価額の計算方法も、「4 争点」で挙げた非木造家屋の算式と同じです。そして、近年、非木造家屋、木造家屋ともに空き家として放置されている物件が増えています。
本来、自治体としては、原則通り、「経年減点補正率」を適用するのか、それとも、例外的に、「損耗減点補正率」を適用するのか、個々の家屋ごとに判断しなければならないはずです。しかし、自治体が評価しなければならない家屋の数は膨大です。自治体によっては、固定資産の実地調査に従事する職員の数なども相まって、この点の検討を十分に行うことが難しい状況にあるかもしれません。仮に漫然と「経年減点補正率」を採用した場合、その家屋の状況によっては、自治体による評価(登録価格の決定)は違法となります。
そして、本件の「教訓」として言えることは、不動産購入の際は、固定資産評価額も確認するということでしょう。固定資産評価額は「適正な時価」とされていますが(地方税法341条5号)、実務上は、市場価格と固定資産評価額は乖離することがあります。本件のように市場価格は低廉でも、固定資産評価額はそのような低廉な市場価格を十分に反映していない、ということが起こりえます。固定資産税は、所有している限り、継続的に発生するコストです。不動産購入の際は、購入金額だけでなく、その後に継続的に発生する固定資産税の金額についても目を向ける必要があるといえるでしょう。
以上
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