事例で考える「7月総会」

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島村 謙

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TLOメールマガジン

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会社・法人法務相談一般

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現在、ほとんどの上場会社が、有価証券報告書を定時総会の後に開示しています。世界的にみれば、有価証券報告書は株主総会よりかなり前のタイミングで開示され、議決権行使の参考にされており、日本の現在の慣行は「異例」と映るようです。政府は、この慣行を改め、有価証券報告書の早期発効を促そうとしていますが、事務処理を迅速化して有価証券報告書の提出を早める対応には限界があります。そこで「切り札」となる得るのが、定款を変更し、定時総会の「基準時」を後ろにずらし、定時総会の開催時期を7月(あるいは8月など)に後ろ倒しする方法です。

いまのところ、3月決算の上場会社でこの方法を実施する会社はないようですが、5月決算、6月決算の上場会社には、決算日より後に定時総会の基準時を設定している例があります。そこで、これらの会社の総会スケジュールを3月決算に「置き換え」て、7月総会(あるいは8月総会)の開催を具体的にイメージしてみたいと思います。

1.「6月総会」は古い制度の名残り

事例を見るまえに、そもそもなぜ、日本の上場会社は6月総会が多いのか、その理由を検討しましょう。

大前提として、日本の会社は(非上場の会社を含めて)3月末を会計処理上の決算日、つまり事業年度末日とする例が多いです。これは、古くからの「年度」の慣行によるものです。学校と同じです。この決算日の定め方には、大きな問題はありません。

つぎに法律の問題が出てきます。会社法は、各事業年度に対応した定時総会の開催を要求していますが、具体的に「いつ」開催すべきかは定めていません。しかし、定款上、株主の「議決権行使の基準日」を定めた場合、基準日の有効期限は各基準日から3カ月以内とされています(会社法124条2項括弧書)。基準日というのは、「その日の株主名簿に記載された株主「だけ」を株主として扱ってよい」という制度です。上場会社の場合、株主が日々入れ替わるので、基準日を利用しないと招集通知すら送付できず、株主総会が開催できません。そして多くの上場会社は、定款上、この「議決権行使の基準日」を決算日と同じ日と定めています。

現状 → 決算日(3月31日)=議決権行使の基準日

この結果、定時総会は3月31日から3カ月以内に開催する必要が生じ、多くの上場会社が6月の下旬に定時総会を開催しているのです。

ではなぜ、多くの会社が「議決権行使の基準日」を決算日と同じ日に設定しているのでしょうか。これは、期末配当に関する古い制度の「名残り」であると考えられます。

昔(旧商法時代)、簿記の勉強をした方は会社法の計算書類の一つとして、「利益処分案」を習ったはずです。損益計算書で算定された利益を、配当や積立金などに振り分ける内訳を株主に提案するものです。その当時は、この利益処分案が計算書類の一部として定時総会に上程され、株主の承認決議を経ていました。つまり、決算と、配当、そして定時総会が制度的に結びついていたわけです。ちなみに、上場会社では、利益配当の対象となる株主も、基準日を設けて固定しないと、現実的には配当事務が回りません。そこで、今も昔も、多くの上場会社が「期末配当の基準日」も定款に定めています。そして、上述した古い制度の名残りから、この期末配当の基準日も、決算日と同じ日とされているわけです。

現状 → 決算日(3月31日)=期末配当の基準日

以上のように整理すると、6月総会の根本は「利益処分案」にあるといっても過言ではないでしょう。ところが、2005年制定の会社法では、計算書類と利益配当が切断され、「利益処分案」は廃止され、剰余金の配当(利益配当)は、「分配可能額」規制の範囲内であれば、いつでも、何回でもできることになりました。

したがって、現在では決算、配当、そして定時総会の制度的な結びつきは解消されており、結果、後掲の実例のように、決算日と議決権行使の基準日(さらには期末配当の基準日も)を異なる日に設定することは、会社法上は可能となっています。

2.事例で考える7月総会、8月総会

それでは、定款を変更し、議決権行使の基準日を決算日よりも後に設定した場合、定時総会のスケジュールはどうなるのでしょうか。

定款上、議決権行使の基準日を決算日よりも後に設定している上場会社の例として、株式会社ジョイフル(福岡証券取引所。以下「ジョイフル社」といいます。)、株式会社ニイタカ(東証スタンダード。以下「ニイタカ社」といいます。)の例を参照します。前者は6月決算の会社ですが、定款上の議決権行使の基準日は8月末とされています。期末配当の基準日も8月末です。他方、後者は5月決算の会社ですが、定款上の議決権行使の基準日は6月末とされています。この会社は、期末配当の基準日は決算日と同じです。

以下の表では、両会社の開示書類に基づき、2024年の決算日から定時総会までの主なイベントの日程を左辺に記載し、併せて、仮に各会社が3月決算だったとしたら、各イベントの日程がどうなりそうか(単純に月数のみ調整)を右辺に記載しました。

以上のとおり、ジョイフル社の例から、3月決算の会社が定款上の議決権行使の基準日を5月末とした場合、有価証券報告書を6月中に提出し、その後、8月下旬に定時総会を開催することが可能であることが分かります。また、ニイタカ社の例から、3月決算の会社が定款上の議決権行使の基準日を4月末とした場合、有価証券報告書を6月中に提出し、その後、7月下旬に定時総会を開催することが可能であることが分かります。

3.期末配当の基準日

定款を変更し、議決権行使の基準日を決算日の後にする場合、期末配当の基準日も、これに併せて変更すべきでしょうか?

会社が剰余金の配当をしようとするときは、原則として株主総会の決議によって、配当額や、配当の「効力発生日」などを定める必要があります(会社法454条1項)。一定の要件(※1)を満たした上で、剰余金の配当を取締役会で決定できる旨を定款に定めた会社は、会計監査報告で無限定適正意見が得られている等の条件を満たすと、剰余金の配当は取締役会決議事項となります(同法459条1項4号、2項・会社計算規則155条)。多くの上場会社が、この方法により剰余金の配当を取締役会決議で行っています。

ところで、上述のとおり上場会社では、定款上「期末配当の基準日」を設けていますので、配当の「効力発生日」は「期末配当の基準日」から3カ月以内に設定する必要があります(※2)。

配当の「効力発生日」=「期末配当の基準日」から3カ月以内に設定

したがって、剰余金の配当決議を、定時総会で行う場合は注意が必要です。この場合、期末配当の「効力発生日」も定時総会の日の後(たとえば総会日の翌日)に設定することになります。したがって、定款上の「期末配当の基準日」も、後ろ倒しに変更しておく必要があります(※3)。

結論としてはどちらでもよいかもしれませんが、監査との関係などにより配当決議を定時総会で行う必要が生じる場合等に備えて、期末配当の基準日も変更しておくのも一つの方法です。

4.法人税・金商法

 法人税の確定申告書の提出期限は、原則としては、事業年度経過後2月以内とされていますが(法人税法74条1項)、例外として、会計監査人設置会社で、かつ定款等の定めにより事業年度経過後3月以内に定時株主総会が招集されない状況にある場合、税務署長の指定により、最大で事業年度経過後6月以内まで提出期限の延長が可能です(同75条の2第1項)。したがって、3月決算の会社でも例外を用いて最大9月までは猶予が得られます。

なお、法人税の確定申告は「確定した決算」による必要があり(同74条1項)、これは、前述した定時株主総会の承認決議か(一定の要件を満たす場合)決算取締役会で確定した計算書類を意味します。ですから、決算取締役会を利用できる限り、定時株主総会を後ろ倒ししつつも、計算書類は早めに確定させて法人税の申告を済ませる、という対応も可能です。

金融商品取引法(金商法)上、上場会社等に義務付けられる有価証券報告書の提出期限は、事業年度経過後3月以内とされています(金商法24条1項)。もっとも、法人税の確定申告と異なり、有価証券報告書は会社法上の確定した決算に基づく必要はなく、また、有価証券報告書に添付しなければならない事業報告は、定時株主総会での承認を「受けようとするもの」でも良いとされています(開示府令17条1項1号ロ)。したがって、有価証券報告書を定時総会より前に提出することは、もちろん可能です。

以上のとおり、法人税法や金商法にも、7月総会、8月総会の障壁はありません。

以上

引用:

※1 

①会計監査人設置会社で、②取締役の任期が1年以内で、かつ③監査役会設置会社、監査等委員会設置会社または指名委員会等設置会社である会社は、定款で、剰余金の配当を取締役会で決定できる旨を定めることができます(会社法459条1項4号)。この定款の定めは計算書類にかかる会計監査報告で無限定適正意見が得られている等の条件がそろうと効力が生じます(同条2項・会社計算規則155条)。

※2 

江頭憲治郎『株式会社法(第9版)』723頁(有斐閣、2024)。なお、3ヶ月以内に剰余金配当請求権を具体化させる剰余金配当決議がなされれば足りるという見解もあります(山下友信編『会社法コンメンタール3-株式[1]§§104~154の2』283頁〔前田雅弘〕(商事法務、2013))。

※3 分配可能額との関係

剰余金の配当は、その「効力発生日」における分配可能額の規制を受けます(会社法461条2項)。分配可能額は、「最終事業年度末日」の剰余金という概念を基礎として計算しますが(同446条)、「最終事業年度」とは、計算書類について株主総会による計算書類の承認決議または(一定の要件のもと)決算取締役会の承認を受けた事業年度のうち最も遅いものをいいます(同2条24号)。

そして、分配可能額は様々な要素で増減するのですが、これを「増額」させるのは、基本的には、上記の株主総会または(一定の要件を満たす場合)決算取締役会(後述)で承認した損益計算書上の利益を取り込む方法しかありません(分配可能額の算定構造については、本メールマガジンの拙稿(2023.12.20)をご参照ください。)。

計算書類承認決議or決算取締役会 → 直近の利益が分配可能額に加算される

したがって、計算書類の承認決議を、定時総会で行う場合、万一、期末配当の「効力発生日」を定時総会の日より前に設定すると、分配可能額の基礎となる「最終事業年度末日の剰余金」は、昨年の定時総会で承認された計算書類の剰余金となってしまい、今年の定時総会で承認する予定の計算書類上の利益は、取り込めないわけです。計算書類の承認決議に加え、剰余金の配当も定時総会で決議すれば(議案の順番に注意)、この問題は生じません。

ちなみに、本文で取り上げた2社は、いずれも計算書類の承認を定時総会では決議していないので、決算取締役会で計算書類を確定させていると推測されます。この場合、当該取締役会を期末配当の効力発生日よりも前に行えば、最新の損益計算書の利益を当該配当に関する分配可能額に取り込むことができます。

※4 決算取締役会

取締役は、決算日後に計算書類や事業報告などを作成し、監査手続きを経たうえで、取締役会の承認を受けなければなりません(会社法436条3項、441条3項、444条5項)。これが、いわゆる「決算取締役会」です。さらに取締役は、定時総会において、計算書類についてはその「承認」を受け(同438条2項)、事業報告を報告します(同条3項)。この株主総会の承認により、計算書類は確定します。

ただし、会計監査人設置会社の場合、当該計算書類について会計監査人による「無限定適正意見」が得られていること等の条件を満たすと、定時総会における計算書類の「承認」は不要となり、報告で足りることになります(同439条、441条4項但書)。この場合、決算取締役会の承認をもって、計算書類は確定します。

上場会社は必ず会計監査人が設置されるので、殆どの上場会社では、計算書類の確定は決算取締役会でなされています。

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