(令和6年11月1日施行予定)フリーランス保護法の要点と事前準備を要する事項(後編)

著者等

島村 謙

出版・掲載

TLOメールマガジン

業務分野

就業規則等整備 人事労務・産業保健相談一般

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「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下「フリーランス新法」といいます。)は、令和6年11月1日に施行される予定です。またこのほど、同法の施行令や施行規則等の案が公表され、制度の全貌が明らかになりました。

 前回のエントリー(4月17日)では制度の概要を説明しましたが(なお、当該号時点で「案」とされていた施行令・施行規則等の案は全て修正なく成立しました。)、本稿では、フリーランスに仕事を発注する企業側の業務委託契約書の修正点等を概説します。

1.フリーランスに業務委託をする場合の業務委託契約等の見直し

本法は、業務委託契約の期間によって、異なる規制内容を定めていますが、以下では、最も規制が重くなる6ヵ月以上の期間行う業務委託(契約更新により6ヵ月以上の期間継続して行うこととなる業務委託を含む。)をする発注企業の側に立って、典型的な業務委託基本契約の修正事項を整理します。

2.給付内容等の明示義務(法3条1項。「3条通知」)

 フリーランスに対して業務委託をした場合、直ちに、一定の明示すべき事項を書面や電子メール等により、当該フリーランスに対して明示しなければなりません。業務委託の都度明示する方法のほか、取引基本契約書に、明示すべき事項のうち共通する事項を定めておき、発注の際にはこれを引用する、という方法も可能です。

<主な明示すべき事項>

① 発注企業及びフリーランスの商号、氏名若しくは名称又は事業者別に付された番号、記号その他の符号であって両者を識別できるもの

② 業務委託をした日

③ 給付(提供される役務)の内容

④ 給付を受領し、又は役務の提供を受ける期日等

⑤ 給付を受領し、又は役務の提供を受ける場所

⑥ 給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日

⑦ 報酬の額

⑧ 支払期日

(⑨ 現金以外の方法で報酬を支払う場合の明示事項)

また、1ヶ月以上の業務委託では、発注企業がフリーランスに対し、協賛金、協力均等の名目を問わず、経済上の利益を提供させることにより、フリーランスの利益を不当に害することが禁じられます。その一環として、3条通知の「給付の内容」に知的財産権の譲渡・許諾が含まれる旨を記載していないにもかかわらず、委託業務の遂行に関連して発生する知的財産権を、業務委託の目的たる使用の範囲を超えて無償で譲渡・許諾させることはこれに該当するので注意が必要です(考え方案、第2部、第2、2、⑵、カ、(ウ)(エ))。

そこで、ある発注会社(甲川広告株式会社)が、映像制作編集のプロである、フリーランス事業者(乙山太郎)に、継続的にさまざまな内容の動画制作を委託するために業務委託基本契約を締結している場合を想定して、関連する契約書等の内容を検討します。ここでは、業務委託基本契約書に、以下のとおり受入れ検査や委託料の支払いについて定めているとします。

業務委託基本契約書

 

甲川広告株式会社(以下「甲」)と乙山太郎(以下「乙」)は、以下のとおり契約を締結する。

第1条(目的)

  甲は、本契約に定める条件に従い、動画制作にかかる業務(以下「本件業務」)を乙に委託し、乙はこれを受託する。

第2条(個別契約)

  本件業務により制作すべき動画の内容、納入方法、委託期間、委託料その他の具体的な取引条件については、甲乙間でその都度締結する個別の取引契約(以下「個別契約」という。)に定める。個別契約に定める条件と本契約のそれが矛盾抵触するときは、個別契約の定めが優先適用される。

2 個別契約は、甲が提出した発注書に対し、乙が注文請書を甲に発送したときに成立する。ただし、発注書を受領後、3営業日以内に乙がその諾否を甲に通知しないときは、当該発注書に従って個別契約が成立したものとみなす。

(略)

第〇条(納入・検査)

 乙は、個別契約に定める委託期間内に本件業務を完了し、個別契約に定める納入方法・納入場所にて本件業務にかかる成果物(以下「本件成果物」)を納入する。

2 甲は、乙より本件成果物を受領後、5営業日以内にこれを検査し、その結果を乙に通知する。ただし、当該期間内に当該通知がなされなかった場合、本件成果物は、受入検査に合格したものとみなす。

第〇〇条(委託料)

 乙は、毎月末日を締日とし、当該月中に第〇条に定める検査に合格した本件成果物にかかる委託料を、翌月10日までに甲に請求する。

2 甲は、前項の請求を受けた日の属する月の末日までに、当該請求に係る委託料を、乙の指定する銀行口座に振り込み支払う(振込手数料は甲の負担とする。)。

(略)

本契約締結の証として本書2通を作成し、甲乙各自記名捺印の上、各1通を保有する。

令和6年11月1日

                       甲 東京都〇〇

                       甲川広告株式会社

                        代表取締役 甲川 一郎 ㊞

 

                       乙 東京都〇〇

                        乙山 太郎 ㊞

そうしますと、3条通知事項のうち、⑤(給付を受領し、又は役務の提供を受ける場所)、⑥(給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日)、⑧(報酬の支払期日)は、基本契約書に記載があるので、個別の契約に際して示す3条書面では、これを引用することができます。そこで、個別契約の内容を定める「発注書」に、その他の記載事項を定めるとすれば、以下の例のようになります。

乙山太郎殿

発注書

 甲川広告株式会社

1.委託内容

  仕様書(別添)に定める内容・納入方法及び納入場所にかかるPR動画の制作。なお、当該成果物にかかる著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む。)の譲渡を含む。

2.委託期間

  令和6年12月1日~令和7年5月31日

3.委託料

  金300万円(別途消費税)。なお、上記1の著作権の譲渡対価を含む。

※その他の事項

 検査完了期日、委託料支払期日及び支払方法等は、令和6年11月1日付「業務委託基本契約書」によります。

3.業務委託契約書フォーマットの見直し

業務委託基本契約書のフォーマットを定めている発注企業は多いと思います。そこで以下、フリーランス新法に対応して必要になる可能性があるフォーマット修正事項のうち、主なものを例示します。

ア.支払期限

修正前

第〇〇条(委託料)

  乙は、毎月末日を締日とし、当該月中に第〇条に定める検査に合格した本件成果物にかかる委託料を、翌月10日までに甲に請求する。

2 甲は、前項の請求を受けた日の属する月の翌月の末日までに、当該請求に係る委託料を、乙の指定する銀行口座に振り込み支払う(振込手数料は甲の負担とする。)。

フリーランス新法が適用される場合、報酬の支払いは、検査をするかどうかを問わず、原則として、発注した物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で、報酬の支払期日を定めそれまでに支払わなければなりません(法4条1項・5項)。しかし、上記の例ではこのサイトを超えてしまいますから、修正が必要です。

修正案

第〇〇条(委託料)

  乙は、毎月末日を締日とし、当該月中に受領した、第〇条に定める検査に合格した本件成果物にかかる委託料を、翌月10日までに甲に請求する。

2 甲は、前項の請求を受けた日の属する月の末日までに、当該請求に係る委託料を、乙の指定する銀行口座に振り込み支払う(振込手数料は甲の負担とする。)。

イ.契約不適合責任

修正前

第〇条(納入・検査)

 乙は、個別契約に定める委託期間内に本件業務を完了し、個別契約に定める納入方法・納入場所にて本件業務にかかる成果物(以下「本件成果物」)を納入する。

2 甲は、乙より本件成果物を受領後、5営業日以内にこれを検査し、その結果を乙に通知する。ただし、当該期間内に当該通知がなされなかった場合、本件成果物は、受入検査に合格したものとみなす。

 

第〇〇条(契約不適合責任)

成果物に内容、品質又は数量の相違その他個別契約の内容との不適合(契約不適合)がある場合、成果物の引渡し完了後1年以内に限り、乙は、甲の指示に従い、自らの費用において補修、代替品の提供、委託料の減額又は返還その他の必要な措置を行わなければならない。

フリーランス新法では、フリーランスと1ヵ月以上の期間行う業務委託(契約更新により1ヵ月以上の期間継続して行うこととなる業務委託を含む。)をする場合、発注企業は、受け取った成果物を返品することが制限され、直ちに発見することができる瑕疵(要するに、通常の検査・検品で発見できるであろう瑕疵のこと)の場合は受領後速やかに行う返品のみが可とされ、直ちに発見することができない瑕疵でも、原則として、受領後6カ月以内の返品のみ可とされています(考え方案、第2部、第2、2、⑵、ウ、(イ))。また、フリーランス側に帰責事由がある場合は別として、そうでないにも関わらず、通常の検査で契約不適合を発見できない給付につき、受領後1年を経過した場合に変更・やり直しを求めることは「不当な変更・やり直し」に該当します(考え方案、第2部、第2、2、⑵、キ、(オ))。

上記の例では、成果物の受領時に受入れ検査をしておきながら、受入検査で発見できるであろう軽微な契約不適合であっても、受領後1年以内は返品(代替品の提供)ややり直しを求めることができてしまい、フリーランス新法に抵触しますから、修正が必要です。

修正案

第〇条(納入・検査)

 乙は、個別契約に定める委託期間内に本件業務を完了し、個別契約に定める納入方法・納入場所にて本件業務にかかる成果物(以下「本件成果物」)を納入する。

2 甲は、乙より本件成果物を受領後、5営業日以内にこれを検査し、その結果を乙に通知する。ただし、当該期間内に当該通知がなされなかった場合、本件成果物は、受入検査に合格したものとみなす。

第〇〇条(契約不適合責任)

 成果物に直ちに発見することのできない契約不適合(内容、品質又は数量の相違その他個別契約の内容との不適合をいう。)がある場合、成果物の引渡し完了後6ヵ月以内に限り、乙は、甲の指示に従い、自らの費用において補修、代替品の提供、委託料の減額又は返還その他の必要な措置を行わなければならない。

ウ.解除の条件

修正前

第〇条(期間内解約)

 甲は、乙に対して、解約日の10日前までに書面により通知することにより、いつでも本契約を解約することができる。

2 前項の場合でも、甲は、乙に対して、解約を理由に乙が被った損害について、損害賠償責任を負わない。

フリーランスと、6ヵ月以上の期間行う業務委託(契約更新により6ヵ月以上の期間継続して行うこととなる業務委託を含む。)をする場合、発注企業は、フリーランスとの業務委託契約の解除をしようとする場合、フリーランスに帰責事由がある場合や災害その他やむを得ない事由による場合を除き、少なくとも30日前までに、書面や電子メール等でその予告をしなければなりません。上記は修正が必要です。

修正案

第〇条(期間内解約)

 甲は、乙に対して、解約日の30日前までに書面により通知することにより、いつでも本契約を解約することができる。

2 前項の場合でも、甲は、乙に対して、解約を理由に乙が被った損害について、損害賠償責任を負わない。

4.その他の見直し

フリーランスと1ヵ月以上の期間行う業務委託(契約更新により1ヵ月以上の期間継続して行うこととなる業務委託を含む。)を行う発注企業は、フリーランスに対しその委託業務に関してセクハラ、マタハラ、パワハラが行われることのないよう、その者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければなりません(法14条)。また、フリーランスが当該相談を行ったことや当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、業務委託に係る契約の解除その他の不利益な取扱いをしてはなりません。措置の内容は前回エントリーに記載の通りですが、「①方針等の明確化及びその周知・啓発」については、就業規則に定めるハラスメント規定を修正して、フリーランスに対するハラスメントも禁じられる旨を明記し、労働者に周知することが考えられます。また、「②相談・苦情に対応するために必要な体制の整備」については、たとえば社内の公益通報制度に、フリーランスも通報できるよう関連規程を修正し、業務委託基本契約書に当該制度の存在と通報窓口への連絡先を付記することなどが考えられます。

また、フリーランスと、6ヵ月以上の期間行う業務委託(契約更新により6ヵ月以上の期間継続して行うこととなる業務委託を含む。)をする場合、発注企業には、妊娠、出産若しくは育児又は介護に対する配慮が求められます(法13条1項)。具体的には、フリーランスからの申出に応じて、そのフリーランス事業者が妊娠、出産若しくは育児又は介護(以下「育児介護等」という。)と両立しつつ当該業務に従事することができるよう、その者の育児介護等の状況に応じた必要な配慮をしなければなりません。配慮の概要は前回エントリーに記載のとおりですが、この「配慮」については、申出があったときに対応すべきもので、契約書等の見直しが必須というわけではないです。

以上

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