企業買収費用の税務上の取扱いについて
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株式の取得による企業買収に係る費用については、買収の意思決定を行う前の費用であれば、損金の額に算入することができるが、買収の意思決定を行った後の費用であれば、買収先の企業の株式の取得価額に算入すべきであるとする見解が一般的であったと思われますが、最近、国税不服審判所において、そのような見解とは異なる判断をしたとも理解できる裁決(福裁(法)令4第4号)が出されました。裁決の判断は、その後の税務調査にも影響を及ぼすことが少なくありませんので、企業買収に係る費用の取扱いについては、これまで以上に慎重な対応が必要になるものと考えられます。 |
1 企業買収を行うにあたっては、アドバイザーや仲介業者への報酬、デューデリジェンスを行う専門家への報酬など様々な費用がかかりますが、買収先の企業の株式の取得する方法により行われる企業買収の場合には、そのような費用について、債務が確定した事業年度の損金の額に算入することができるのか、それとも、「有価証券の購入のために要した費用」(法人税法施行令119条1項1号)に該当するものとして、買収先の企業の株式の取得価額に算入すべきなのかが問題となることが少なくありません。
この点について、国税庁から通達や質疑応答事例は示されていませんが、実務的には、買収の意思決定を行う前の費用であれば、損金の額に算入することができるが、買収の意思決定を行った後の費用であれば、買収先の企業の株式の取得価額に算入すべきであるとする見解が一般的であったと思われます(※1)。
ところが、最近、国税不服審判所において、そのような見解とは異なる判断をしたとも理解できる裁決(福裁(法)令4第4号)が出されました。
2 その裁決(以下「本裁決」といいます。)の事案の概要は以下のとおりです。
⑴ A社は、平成27年11月20日に、M&A仲介会社であるB社との間で、C社との企業提携に関する仲介業務(本件提携仲介業務1)を委託する契約(本件提携仲介契約1)を締結した。
⑵ 本件提携仲介契約1には、本件提携仲介業務1に対する報酬として、①本件提携仲介契約1の締結後5日以内に情報提供料(業務着手金を含む。)を、②基本合意等締結後に業務中間報酬を、③最終契約の締結時に成功報酬を支払う旨が定められていた。
⑶ A社は、平成27年11月27日までに、本件提携仲介契約1に基づく情報提供料を支払った。
⑷ B社は、本件提携仲介契約1の締結後、A社の代表者(本件代表者)とC社の代表者のトップ面談、本件代表者による現地視察の同行や買収条件の調整を行った。
⑸ A社は、平成27年12月22日に、B社に対し、希望買収条件、スケジュール、C社との独占交渉を依頼する旨などを記載した意向表明書を提出した。
⑹ A社は、B社からの平成27年12月25日付の請求書に基づき、本件提携仲介契約1に基づく業務中間報酬を支払った。
⑺ A社は、平成28年2月29日に、C社の株主との間でC社の株式の譲渡に関する基本合意(本件基本合意1)を締結した。
⑻ A社とX社(A社の関連会社であって平成31年4月に請求人が吸収合併した会社)とB社は、平成28年4月15日に、X社が本件提携仲介契約に係るA社の契約上の地位を承継することについて合意した。
⑼ X社は、平成28年4月15日に、臨時株主総会を開催し、A社から承継した本件基本合意1に基づき、C社の発行済株式の全部を譲り受ける契約に締結することの承認を受けた。
⑽ X社は、平成28年4月15日に、C社の株主との間で、株式譲渡契約を締結した。
⑾ X社は、平成28年4月15日に、B社に対し、本件提携仲介契約1に基づく成功報酬を支払った。
⑿ A社は、平成29年3月31日付で、X社に対し、B社に支払った「情報提供料」及び「業務中間報酬」相当額を請求した。
3 そして、本裁決は、本件提携仲介契約1の締結の直後に支払われた「情報提供料」や本件基本合意1の締結前に支払われた「業務中間報酬」を含む本件提携仲介業務1にかかる費用の全てについて、以下のように、C社の株式の購入のために要した費用であるとして、C社の株式の取得価額に算入すべきであると判断しました。
(A) 上記イの(イ)のAのとおり、A社は、平成27年11月にB社から、C社名の企業概要書の提供を受けるとともにC社が全株式の譲渡を希望している旨伝えられたことを契機として、B社と本件提携契約1の締結に至ったと認められる。そして、上記1の(3)のトの(イ)のAないしCの本件提携仲介契約1に係る契約書の記載からすると、本件提携仲介契約1は、A社が同社とC社との間の企業提携の実現にための両社の仲介業務を委託し、その対価として、企業提携の進行状況に応じて定められた報酬を支払うというものであったと認められる。
(B) そうすると、本件提携仲介契約1は、当初からC社の株式という特定の株式の取得を目的として締結したものと認められ、また、上記イの(イ)のBないしDのとおり、当該契約に基づいてB社が実施した各種業務が、C社とのトップ面談の実施や買収条件の調整など、株式譲渡契約の成立に必要なものであったことからすると、その対価は、C社の株式の購入に関して支払われたものであったと認められる。
(C) そして、上記1の(3)のトの(ヘ)の合意により本件提携仲介契約1に係るA社の地位を承継してC社の株式を取得したX社が、上記1の(3)のトの(ル)及び(ヲ)のとおり、A社がB社に支払った情報提供料及び業務中間報酬を含む本件提携仲介業務1に係る費用を負担していることから、本件提携仲介業務1に係る費用は、X社がC社の株式の購入のために要した費用と認めることが相当である。
また、本裁決は、請求人がC社等の株式購入の意思決定時点は、臨時株主総会で株式譲渡契約の締結が承認された時点であるから、それ以前に実施された業務の対価は購入のために要した費用に当たらない旨主張したことに対して、以下のような判断をしています。
上記ロの(イ)及び(ロ)のとおり、本件提携仲介契約1…が、当初からC社の株式…の各譲渡契約の成立のために締結されており、その締結後になされた業務の内容が当該各株式譲渡契約の成立に必要なものであったことは、臨時株主総会の開催前後で変わるものではないから、請求人の主張には理由がない。
4 本裁決については、X社がA社から本件提携仲介契約1の契約上の地位を承継したのは平成28年4月15日であって、X社がA社に「情報提供料」及び「業務中間報酬」相当額を支払うべきことになったのは同日以降であることになるところ、X社がC社の株式を取得する旨の意思決定をしたのは同日以前であることから、買収の意思決定を行う前の費用であっても株式の取得価額に算入すべきという判断をしたものではないという理解も可能かもしれません。
しかしながら、本裁決では、X社がA社に「情報提供料」及び「業務中間報酬」相当額を支払うべきことになる前にX社がC社の株式を取得する旨の意思決定をしていることは特に指摘されておらず、寧ろ、上記のように、「本件提携仲介契約1…が、当初からC社の株式…の各譲渡契約の成立のために締結されており、その締結後になされた業務の内容が当該各株式譲渡契約の成立に必要なものであったことは、臨時株主総会の開催前後で変わるものではない」という判断がなされていることからすると、審判所としては、買収の意思決定を行う前の費用であるかその後の費用であるかによって、損金の額に算入するか株式の取得価額に算入すべきであるかを分けるべきという見解を採っている訳ではないように思われます。
そして、一般に、裁決の判断というのは、その後の税務調査における判断にも影響を及ぼすことが少なくありませんので、企業買収に係る費用の取扱いについては、これまで以上に慎重な対応が必要になるものと考えられます。
以上
※1 太田達也「有価証券の取得に係る取得費用の会計および税務処理について」(税務通信3733号)、中川里奈ほか「M&Aにおける税務と会計の留意点」(野村資産承継2019年冬号)ほか。
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