買収提案に対峙する経営者のための基礎知識 -買収防衛の限界と企業買収行動指針-
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昨年8月に公表された「企業買収における行動指針」等の影響により、敵対的な買収(同意なき買収)の提案が増加することが予想されます。そこで、買収提案に対峙する経営者が知っておきたい基礎知識として、「買収防衛策」はどうやるのか、何ができるのか、そして、指針に沿った対応のポイントを、ざっくりまとめました。 |
1.「買収防衛策」はどうやるのか、何ができるのか?
いわゆる買収防衛策にはいろいろなタイプがありますが、近時用いられるのは、買収者のみ株式がもらえない差別的行使条件付新株予約権(以下「差別的新株予約権」または単に「新株予約権」)を、全株主に交付するというものです。では、買収防衛策はどうやって導入するのでしょうか。また、何ができるのでしょうか。
⑴ 原則として、株主総会決議が必要
ア.株主総会が重視される
まず「どうやって」の部分ですが、現在の裁判実務を前提とする限り、基本的に買収防衛策を講じるには株主総会の決議が必要です。
もう少し厳密にいえば、①既存株主の犠牲のもと、私利を貪るような濫用的買収者に対しては、取締役会の判断で買収防衛ができるが、②そうでない限り、買収を受け入れて自身の株を売却するか、買収を受け入れずに現経営陣に経営を続けさせるか、株主が判断すべき、というルールです(※1)。①の事例が起きることは稀ですから、結局、株主が判断すべき、となります。
ただ、買収を受け入れるか否かの「株主の判断」とは、基本的には株を売るかどうかの判断であって、株主総会の決議には直結しません。「株を売るかどうかを、株主がまともに判断できない場合」(≒株式の売却に「強圧性」がある場合)に限り、株主総会決議で判断しましょう、という理屈になるはずです。強圧性がある場合とは、たとえば、経営が下手そうな買収者が、株式の6割を上限に公開買付けをするような場合です。この場合、買収が成功すると経営のレベルが下がり、株価も下がると予想されます。株主は、この損失を避けるため、たとえ公開買付けの条件(TOB価格)が不満足でも、株を売るしかないという状況に追い込まれてしまうのです。
ところが、実際の裁判例は、必ずしもこのような「強圧性」がないような場合でも、株主総会の決議がなされれば、それを重視しています。理屈というより裁判所の習性で、株主総会決議の存在は、判決(決定)を書く拠り所として都合がいいのかもしれません。いずれにせよ、株主総会決議が重視されています。
イ.株主総会は、事前でも事後でもよいが、判断の対象が違う
株主総会決議は、平時導入型の防衛策、つまり、買収者が未だいない時点(平時)に、防衛策を導入する場合は、導入する際に普通決議をとっておけば一応OKで、実際に買収者が生じた際は、取締役会の判断で防衛策のトリガーを引くことができます。他方、有事導入型、つまり買収者が現れてから慌てて防衛策を導入・発動する場合は、その緊急事態下で株主総会を開催することになります。
「買収の良し悪しを株主に判断させる」という株主総会の趣旨からすれば、買収者が現れてからでなければ、株主もその判断ができませんから、有事に至ってから株主総会を開催するのが正しいはずです。にもかかわらず、平時導入型で、買収者が未だいない時に株主総会を開くのは、このタイプの株主総会では、「買収の良し悪しを判断」するのではなく、買収者に対し、株主が買収の良し悪しを判断するための情報の提供と時間の確保をさせる内容の「買収ルールを定める判断」をしているからです。株主総会で買収ルールを定め、その後、実際に買収ルールに従わない買収者が現れた場合には、いわばルール違反への制裁として差別的新株予約権が発行されることはあり得ます。ただ、この新株予約権の発行は、「買収の良し悪し」ではなく、「ルールに違反しているかどうか」という形式的な判断によるものですから、取締役会にやらせても問題がない、という思考です。換言すれば、この場合、買収ルールに従わない買収者に対してしか、差別的新株予約権の発行はできません。もし、「ルール違反といえるのか微妙だけれど、差別的新株予約権を発行してしまいたい」、と思うなら、有事に際し、改めて株主総会を開催する必要があるはずなのです。
ウ.株主総会決議の条件は、何を狙うかによって異なる
以上のとおり、買収防衛策に出てくる株主総会というのは、理屈の上では2種類あります。一つは、「買収者による買収の良し悪しを判断する」株主総会。もう一つは、「買収ルールを定める」株主総会です。この区分を念頭において、株主総会を可決させる条件について検討しましょう。
(ア)ブルドックソース事件の例
まず、純粋に「買収者による買収の良し悪しを判断する」本来型の株主総会の場合です。実は、この場合、どのような決議が必要なのかは、よくわかりません。著名なブルドックソース事件(※2)で使われた買収防衛がこのタイプだといえますが、同事件では、8割を超える圧倒的多数の賛成票が集まりました。その反面、使用された差別的新株予約権は、買収者の株式保有比率を3分の1に下げてしまうという強力なもので、その代わりに経済的損失はお金で補填するという仕組みがとられました。ところが、この「お金で補填」という部分が、後に問題視されるようになりました。お金で補填すると、結局、買収者は儲かってしまい、ひいては余計な買収を招くのではないか、といった問題が指摘されました。
(イ)ブルドックソース事件後の平時導入型買収防衛策
このように、賛成率の観点でも、経済補填の観点でも、ブルドックソース事件の防衛策は真似が難しいのです。
ブルドックソース事件後に、前述した平時導入型の買収防衛策(いわゆる事前警告型買収防衛策)が流行したのですが、そこでは、「買収ルールを定めているだけだから、その導入に係る総会決議は普通決議でOKだ」、という考えが広まりました。
(ウ)昨今の有事導入型買収防衛策
昨今の実務では、たとえ有事導入型の場合であっても、正面から「買収者による買収の 良し悪しを判断する」のではなく、形式的には(イ)と似た「買収ルールを定める」形をとるものが多いです。(イ)と違うのは、買収者が既に保有している株式保有比率を侵害しないよう、「買収防衛策導入時点の株式保有率」を維持する限り(あるいは一定期間内にその比率まで戻ってくる限り)、新株予約権の効果が生じない仕組みが採用されます。法律の世界では「予測可能性」が非常に重視されます。買収ルールが定められた事実は買収者に伝わりますから、買収者は、「ルールに従わないで更に買い進めると、不利益を被る」ことが予測できます。その上で敢えて買い進めて損害を被ったとしても、その損害は予測可能であった以上、買収者が甘受すべきなのです。買収者の予測可能性が確保されている(ウ)の防衛策は、有無を言わさず買収者の株式保有比率を下げてしまうブルドックソース事件の防衛策より、かなりマイルドです。
では、(ウ)の株主総会の決議条件はどうでしょうか。形式上は「買収ルールを定め」ているとしても、特定の買収者を念頭に置いて議決権が行使される以上、実際には「買収の良し悪しの判断」の要素が強いはずです。そこで、「買収の良し悪しを判断」している以上、ブルドックソース事件のように、非常に高い賛成票が必要でしょうか?あるいは、新株予約権の効果がブルドックソース事件のそれよりマイルドだから、総会決議もマイルドな普通決議でOKでしょうか?
裁判例では、(ウ)のタイプの買収防衛策でも、株主総会は普通決議でOKとするものが現れました。
さらに、近年話題となった東京機械製作所事件東京高裁決定は、MoM(マジョリティオブマイノリティ)条件、つまり、買収者とその関連者以外の株主(※3)だけが投票できる株主総会決議でもOKだと述べました(※4)。但し、この事件は買収者が株式市場で急速に多数(全株の3分の1ほど)の株式を買い集め、前述した「強圧性」があったとされた事件です。本事件の一般株主は、買収者の情報もなく、買収者が何割まで買う気なのかも分からない状況下、高騰する株式市場のもと売り急いでしまったかもしれないのです。前述のとおり、この「強圧性」は、株主による「買収の良し悪しの判断」を、株式を売るかどうかではなく、株主総会の形で判断させる根拠となるのです。したがって、MoM条件が一般的に許容されると考えるべきではなく、認められるとしても強圧性の強い買収事例に限られると思われます。後述の企業買収行動指針も、(MoM条件は)「非常に例外的かつ限定的な場合に限られる」とクギを刺しています 。
⑵ せいぜい防衛策導入時点の株式保有比率に止めるだけ
つぎに、買収防衛策は何ができるのか、です。この点は今後の裁判実務次第で変わる可能性がありますが、現状では、有効に買収防衛策を導入したとしても、それによる効果は、買収者の株式保有比率を、防衛策を導入した時点における比率に止めることしかできない、と考えておくのが妥当ではないかと思います。
これは、上記(1)の(ウ)で述べた通り、昨今の実務では、有事導入型の場合であっても「買収ルールを定める」形をとり、買収者が「買収防衛策導入時点の株式保有率」を維持する限り(あるいは一定期間内にその比率まで戻ってくる限り)、新株予約権の効果が生じない仕組みが採用されているためです。
⑶ 事前警告型買収防衛策の効用
また、以上述べてきたことから、(最近では廃止が相次いでいる)平時導入型の買収防衛策である事前警告型買収防衛策が、それなりに威力があることが分かります。
昨今利用されている有事導入型買収防衛策を踏襲する限り、その効果は、買収者の株式保有比率を、防衛策を導入した時点における比率に止めることしかできません。
他方、事前警告型買収防衛では、予め定めた株式保有率(20%が多い)に止めることができますから、会社から見れば、その脅威のレベルが異なるといえるでしょう。
2.経産省「企業買収における行動指針」を踏まえた買収提案対応
つぎに、昨年8月に公表された経済産業省の「企業買収における行動指針」(※5、以下「指針」)について、買収のルールに関連するポイントを抜き出して解説します。
⑴ 数字で検討し、数字で反論する
指針は、資金力ある買収者によるまともな買収提案に対しては、まともに検討しなさい、と言っています。そして、ここでいう「まともな検討」とは、定量的な比較検討、つまり、買収者の提案する買収価格と、現経営陣が経営を続けたときに実現できるはずの企業価値を比較して、どっちが株主にとって有利なのかを検討しなさい、と言っています。重要なのは、以下のくだりです。
2.2.2 企業価値の向上と株主利益の確保 企業価値とは、概念的には、企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和を表すものである。その中には、事業活動において従業員や取引先などのステークホルダーが貢献することにより、定量的に将来のキャッシュフローが増加することによる価値も含まれている。 |
これからは、買収提案に反対する理由として、「従業員の立場に配慮していない」とか「取引先との関係強化がよりよい未来につながる」というような概念的な反論では足りません。従業員や取引先に良くすることで、将来のキャッシュフローがどう向上するのか試算し、DCF法により企業価値に還元して反論しなければなりません。
したがって、買収提案を受けた経営陣がまずやることは、自分たちの経営を続けた場合、あるいは自分たちにできる改善策を講じて経営をした場合、企業価値はどこまで上げられるのかを検討し、その企業価値と買収提案を比較することです。自社の企業価値が現在の株価に十分反映されていないと考えるなら、その原因を払拭する努力(株主へのアピール)を行うことも考慮します。
⑵ 株主のために交渉すること
他方、買収者の提案内容も分析しなければなりません。ただし、あくまで自社株主の利益の観点で考えます。その結果、買収提案の手法が、全株式を対象とする金銭買収である場合は、基本的には買収価格が妥当かどうか、そして本当にその額が払われるのか(買収者の資金力)、の問題に帰着します。この際、現経営陣が実現できる企業価値に比較して、買収提案の条件が不利だと判断されるなら、その理由を株主に示した上で、買収提案に反対の立場をとることになります。
他方、買収提案の条件が株主に有利だと判断する場合でも、ただちに買収提案に賛成するものでもありません。買収者が経営することにより実現できるはずの企業価値に比較して、提案価格が十分なのか検討し、不足するなら買収価格を上げるよう交渉することも検討しなければなりません。現経営陣は、自分の経営は棚に置いて、買収者に対して「あんたならもっとやれる(出せる)はずだ」と交渉することになりますのでやや奇妙ではあります。ホワイトナイト(買収者よりも好条件を出せるもの)を探してくることもありえます。
買収提案の手法が、株式の一部を対象とする買収等である場合は、残存する株主のために、買収者の下で予測される経営の中身も吟味しなければなりません。情報が足りなければ、情報を出すよう買収者に求めなければなりません。検討の結果、買収者の経営では企業価値が下がると判断されるなら、たとえ買収価格が良いとしても、買収に反対することになります。
もう一つ、買収手法そのものにクレームをつけることもできます。前述した強圧性のあるスキームが採用されている場合に、「より強圧性の少ない買収方法に切り替えろ」と交渉するわけです。
以上のような交渉や、情報と時間の確保のために、前述した買収防衛を講じることも検討します。
⑶ 取締役会に知らせる
指針のもう一つのポイントです。指針は、まともな買収提案があった場合、ともかく株主総会メンバーに知らせろ、と言っています。これには、社外取締役に、株主目線で経営陣の行動をチェックさせる意図があります。逆にいえば、社外取締役の責任は重大です。指針に書いてあるようなことを十分理解した上で、経営陣の対応が合理的なのかどうかをチェックしなければなりません。ファイナンスの知識が全然ありません、というような社外取締役だと、あまり役に立たないかもしれません。
3.雑感
2000年代に入ってから、政府は、経済政策の一環としてコーポレートガバナンスを利用するようになりました。株式市場のプレッシャーを利用して、上場企業の経営陣を駆り立て、積極的な企業価値向上策(積極投資など。必ずしも自己株取得ではありません。)を行うように促すという作戦です。効果も出始めていますから、この流れが止まることはなさそうです。指針は、その一環、あるいは総仕上げといえるかもしれません。
以上
引用:
※1 東京高決平成17年3月23日(ニッポン放送事件東京高決決定)、最決平成19年8月7日(ブルドックソース事件最高裁決定)
※2 最決平成19年8月7日(ブルドックソース事件最高裁決定)
※3 実際には、対象会社経営陣も議決権を行使しなかったようです。
※4 東京高決令和3年11月9日(東京機械製作所事件東京高裁決定)
※5 経済産業省2023年8月31日「企業買収における行動指針 ―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」