税理士の業務契約書における責任制限条項の有効性 ~2つの裁判例が示唆するもの~

著者等

橋本 浩史

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業務分野

税務紛争

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税理士の損害賠償額の上限を一定額に制限する「責任制限条項」は、税理士のリスクヘッジの観点からは依頼者との業務契約書に規定するのが望ましいといえます。ただ、いずれもその事案に対する事例判断ではありますが、近時の裁判例には、このような責任制限条項について、①依頼者が「消費者」であった場合に、消費者契約法10条により無効と判断したもの、②依頼者が「消費者」以外の者であった場合に、税理士に故意又は重大な過失があった場合には適用されないと判断したものがあり、万能のものではないことには留意する必要があります。

1 はじめに

税理士(又は税理士法人)は、その行った業務について、善管注意義務違反があったことなどを理由に、依頼者(顧客)から債務不履行(又は不法行為)に基づく損害賠償請求を受けることがあります。

このような税理士賠償責任(税賠)の原因となる依頼者とのトラブルを未然に防止するためにも、税理士は、受任業務の範囲と内容を明記した業務契約書(顧問契約書を含む。)を依頼者との間で締結すべきであり、日本税理士連合会業務対策部も、複数の「業務契約書(モデル)」を公表しています(※1)。

この「業務契約書(モデル)」の条項には含まれていないのですが、実際に税理士と依頼者との間で締結される業務契約書では、例えば、次のような税理士の負担する損害賠償額の上限を一定額に制限する(一部を免除する)「責任制限条項」が定められることが多いようです(注:規定ぶりには若干のバリエーションがあります。)。

受任者(注:税理士)の過失により委任者(注:依頼者)が損害を受けたときは、受任者は委任者より受けた・・・に係る報酬の額を限度として損害を負担するものとし、委任者はその余の請求を放棄する。

ところで、このような税理士の責任の一部を免除する「責任制限条項」はそもそも有効なのでしょうか。

この問題を最近の2つの裁判例を題材に検討します。

2 依頼者が「消費者」であったケース

横浜地方裁判所令和2年6月11日判決(※2)の事案は、個人の依頼者から相続税申告業務を受任した税理士が、小規模宅地等の特例の適用を誤った過失があったとして、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償請求を受けたものです。

同判決は、税理士に債務不履行があったと認めた上で、税理士の過失による損害賠償の上限を本件相続に係る報酬の額に制限した責任制限条項の有効性について、当該委任契約が消費者契約法上の「消費者契約」に当たるとした上で、次のように判断しました。

本件責任制限条項の一般的な性質等及び本件契約の締結に至った経緯に加え、消費者である原告らと事業者である被告との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮すると、本件責任制限条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると認めるのが相当である。

したがって、本件責任制限条項は、消費者契約法10条後段により無効となる…。

3 依頼者が「消費者」ではなかったケース

福岡地方裁判所令和5年6月21日判決(※3)の事案は、経営コンサルティング事業等を営む株式会社との間で法人税及び消費税について、顧問契約を締結し、消費税の申告などをしていた税理士が、同会社について、①第1期及び第2期において、課税事業者を選択しなかったこと(免税事業者を選択したこと)、②第3期及び第4期において、簡易課税事業者を選択したこと(本則課税事業者のままにしなかったこと)、③第5期において、本則課税事業者に戻さなかったこと(簡易課税事業者のままにしたこと)が善管注意義務に違反するとして、同会社から債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求を受けたものです。

税理士と同会社との顧問契約には、「税理士の過失が原因で生じた場合の損害賠償は、税理士が受けた利益を限度とする」旨の責任制限条項が定められていたところ、裁判所は、同条項の趣旨及び効力について次のように判断しました。

本件責任制限条項は、本件委嘱契約に基づく委任業務を遂行するに当たり、会計処理方法が複数存在し、そのいずれかの方法を選択しなければならない場合や、原告の提供した説明又は資料に基づき税制選択をしなければならない場合があり得ることから、被告が職務上予測されるあらゆる場面に応じた注意を払うことを期待するのが酷であり、かつ、時として損害賠償額が巨額に上ることがあり得ること等を考慮して設けられたものと解される。このような本件責任制限条項の趣旨に鑑みても、被告に故意又は重大な過失がある場合に、本件責任制限条項により、被告の損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは、著しく衡平を害するものであって、本件委嘱契約を締結した当事者の通常の意思に合致しないというべきである。

したがって、本件責任制限条項は、被告に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。

裁判所は、責任制限条項の効力について以上のとおり述べた上、①、②については、税理士に重大な過失があるとはいえず、責任制限条項が適用されるが、③については、税理士に重大な過失があるから、責任制限条項は適用されず、その全額について賠償責任を負うと判断しました。

4 検討

(1)依頼者が消費者の場合

依頼者が消費者契約法上の「消費者」である場合、税理士との契約は「消費者契約」に該当し、消費者契約法が適用されます。

消費者契約法8条1項は、①事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項(同項1号)及び②事業者の故意又は重大な過失による債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項(同項2号)を無効としています。1で挙げた条項例は、このいずれにも当たりませんが、消費者の権利を制限、又は義務を加重する条項で、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする消費者契約法10条が適用されるか否かが問題となります。

「信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たるかは、事案ごとの個別の判断であり、横浜地裁判決も、税理士が契約締結時に遺産や報酬の見込み額を示していなかったこと、責任制限条項の説明も税理士ではない事務員がルーティンワークとして読み上げ、定型の説明を行ったに過ぎないこと、依頼者からの個別の質問に回答できる体制ではなかったことなどの事実を総合的に考慮して、無効であると判断しました。

しかし、税理士と消費者である依頼者との間には、情報の質及び量並びに交渉力の大きな差が類型的に存するといえ、個人である消費者との業務契約における責任制限条項は無効であると判断される場合が多いと考えます。

(2)依頼者が消費者以外の場合

依頼者が消費者契約法上の「消費者」以外(法人及び個人事業主)の場合、税理士との契約には消費者契約法は適用されません。

前述の福岡地裁判決は、その事案に対する事例判断ではありますが、(一部免除の)責任制限条項は税理士に故意又は重大な過失がある場合には、適用されないと判断しました。

この判断は、消費者契約法8条1項2号の規定、判例通説上は、故意又は重大な過失による責任制限条項は、無効ないし適用されないと解されていること(※4)とも整合的であることから、妥当なものであり、他の事例でも同様の判断がされる可能性は高いと考えます。

(3)結論

福岡地裁判決も述べているように、税理士は複数の会計処理、税制を選択しなければならない場合があり、損害賠償額が巨額に上がることがあり得ることから、依頼者との業務契約において責任制限条項を合意することはリスクヘッジの観点からは有効ではありますが、一方で同条項が無効とされたり、適用されないこともあり得ることに留意する必要があります。さらなるリスクヘッジのためには、税理士職業賠償責任保険への加入なども検討すべきでしょう。

引用等

※1 hoshu_guide.pdf (kzei.or.jp)

※2 TAINS Z999-0178

※3 TAINS Z999-0182

※4 『新注釈民法(8)』有斐閣565頁、最高裁平成15年2月28日判決・判例タイムズ1127号112頁(税理士賠償責任に関する事例ではありません。)

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