定年後再雇用者の賃金、6割未満への引き下げは違法?

詳細情報

今年7月20日、定年後再雇用者の賃金に関する最高裁判決が出されました。裁判では、(基本給・賞与)が減額され定年前の賃金の50%以下となったことについて、定年前と定年後の賃金の相違は不合理で違法なものなのか?が争われました。

定年後再雇用者の労働条件、特に賃金については、実務上問題となることも多く、また、今後も定年後再雇用者数は増えていくことが予想されます。今回は、定年後再雇用者の労働条件に関する本最高裁判決を取り上げ、企業が気を付けるべきポイントを考えたいと思います。

1 はじめに

日本の少子高齢化が進む中で、高年齢者人口に占める就業者数は増加傾向にあります。2020年の高年齢者雇用安定法改正により、65歳までの雇用確保措置(義務)に加えて70歳までの就業確保措置(努力義務)が新設されており、高年齢者の活躍機会は今後も増えていくことが予想されます。

そして、企業側としても、定年の引き上げや定年後再雇用などの対応を進められていることと思います。特に定年後再雇用は多くの企業で取られている措置ですが、再雇用時の労働条件(賃金)について、法的トラブルが生じることが少なくありません。先日、最高裁でこの点に関する判決が出されましたので、以下でご紹介いたします。

2 定年後再雇用者の賃金に関する最新の最高裁判決(最高裁令和5年7月20日判決)

自動車学校の教習指導員として勤務してきた正職員2名(X1とX2)が、定年後に再雇用されて、有期雇用契約(期間1年)を締結・更新し、嘱託職員として勤務を続けました。Xらは、定年後再雇用時に労働条件が定年退職時のものから引き下げられたため、それによって生じた労働条件の相違は不合理であり違法である(当時の労働契約法20条、現パートタイム・有期雇用労働法8条)として裁判に訴えました。

最高裁では、基本給と賞与に関する相違が違法であるかが問題となりました(※1)。Xらが問題とした基本給・賞与の相違は下表のとおりです。

この相違について、一審の名古屋地裁と二審の名古屋高裁は、Xらの職務内容と配置の変更の範囲が正職員と同一でありながら基本給・賞与ともに大幅(5割以下)に減額されていること、この減額が労使自治によるものでないこと、Xらの生活保障の観点からも看過しがたいこと等から、基本給について定年退職時の6割を下回る部分、賞与についてもXらの定年退職時の基本給6割に所定の掛け率を乗じた額を下回る部分は、不合理な相違であり違法と判断しました。

これに対し、最高裁は、名古屋高裁の判断を是認することはできないとし、基本給と賞与に関する相違が不合理(違法)であるかどうか、名古屋高裁において改めて審理・判断せよとの判決を出しました。理由として、本件のように正職員(無期雇用契約)と嘱託職員(有期雇用契約)の労働条件の相違が不合理か否かを判断する際は、問題となっている労働条件(本件でいう基本給と賞与)の性質や支給目的を検討すべきところ、名古屋高裁において、その検討が不十分であり、また、その他の事情として勘案すべき労使交渉の経過も具体的に検討されていなかったことが挙げられています。

以上のように、名古屋地裁と名古屋高裁では、定年後再雇用者であるXらの基本給の定年退職時の6割を下回る部分と、賞与の一部について、相違が不合理とされましたが、最高裁は、不合理性判断に当たり考慮すべき事情をもっと具体的に検討した上で判断すべきであるとの判決を出したのです。

3 定年後再雇用者の賃金引き下げについて 

過去にも、定年後再雇用者(有期雇用契約)と定年前(無期雇用契約)の賃金の相違に関し、不合理か否かが問題となった事案が複数あります。

Xらの事案と同じように、定年後と定年前で職務内容等に変更がなかった事案では、基本給が約88~98%に減額されたもの(※2)、賃金総額が63%に減額されたもの(※3)について、その相違は不合理でないと判断されています。他方、職務内容等に変更があった事案(※4)では、定年後の賃金が定年前の30%~40%程度にまで減額されたことについても不合理でないと判断したものが存在しています。

こうした過去の裁判例における減額幅と結論だけ見ると、職務内容等に変更がなかったXらの賃金について、名古屋地裁と名古屋高裁がした判断(6割を下回る部分は違法)も首肯できるような気がします。

しかし、そもそも「6割」という数値(基準)がどこから来たのか、その根拠が十分には示されていなかったうえ、労働条件の相違に関する不合理性(当時の労働契約法20条、現パートタイム・有期雇用労働法8条)を判断する際に考慮すべき、問題となっている待遇(ここでいう基本給と賞与)の目的や性質も十分に検討されていなかったことから、最高裁は名古屋高裁の判断を認めることはできなかったと思われます。

実務上、名古屋高裁の判断が最高裁でも維持されれば、Xらと類似の定年後再雇用の事案では、再雇用時の賃金決定に際して6割が一つの基準・指標になった可能性がありますが、最高裁の判断によって、やはりそう単純な問題でないことが再認識されたと言えます。

4 おわりに

上記最高裁の判決を受け、Xらの基本給と賞与について、名古屋高裁がどのような判断を下すかが注目されるところです。

企業としては、こうした裁判の動向を踏まえながらも、定年後再雇用者の処遇を決定するに当たっては、一律に何割以上であれば適法などと安易に考えることなく、処遇一つ一つの性質や目的を丁寧に整理した上で、処遇(特に賃金を減額する際の減額幅など)を検討していただくことが重要と思われます。

以上

脚注

※1 この事案の下級審の名古屋地裁及び名古屋高裁では、他の手当(皆精勤手当、敢闘賞、家族手当)についても判断されています。

※2 最高裁平成30年6月1日判決(長澤運輸事件)

※3 東京地裁平成30年4月11日判決 労経連2355号3頁

※4 東京地裁立川支部平成30年1月29日判決 労判1176号5頁

関連する論文