信託型ストックオプションに関する国税庁の見解に対する疑問点
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令和5年5月30日に国税庁から「ストックオプションに対する課税(Q&A)」が公表され、同年7月7日にはその改訂版が公表されました。訴訟等で争う場合でない限り、この「ストックオプションに対する課税(Q&A)」で明らかにされた国税庁の見解に従って対応をする他にないとは思われますが、信託型ストックオプションの課税関係や信託型ストックオプションが税制適格ストックオプションと認められるための要件に関する国税庁の見解については、その妥当性に疑問がないとはいえません。 |
1 信託型ストックオプションの課税関係について
国税庁は、令和5年5月に公表した「ストックオプションに対する課税(Q&A)」において、信託型ストックオプションの課税関係について、「信託が役職員にストックオプションを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たらず、『給与として課税されない』との見解がありますが、実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、『給与として課税される』こととなります。」として、役職員がストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した時に給与所得として課税される旨の見解を明らかにしました。
しかし、結論として行使時に給与所得課税されるべきという点については兎も角として、信託型ストックオプションの課税関係において問題となるのは、ストックオプションの行使時に所得が生じるのか否かであって、ストックオプションの行使時に所得が生じるとした場合にその所得が給与所得に該当するのか否かではないはずですので、上記のようにストックオプションの行使時に所得(経済的利益)が生じることを前提とした国税の説明というのは、的外れであるように思われます。
また、結論として行使時に給与所得課税されるべきという点についても、以下のような点で疑問が残るように思われます。
⑴ 法的には受託者から取得しているにもかかわらず、「発行法人から・・・与えられた場合」(所得税法施行令84条3項)に該当するといえるのか。
⑵ 「役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であることとされるもの」(所得税法施行令84条3項)という要件は、会社法の下で様々な形態で新株予約権の発行が可能となり、役務提供の対価として対価として新株予約権が発行される場合には特に有利な条件による発行に該当しないこととなったことを受けて設けられたものである(平成18年度「税制改正の解説」152頁参照)ことからすると、受託者から信託受益権を無償で取得できたことが実質的に労務の対価に該当するとしても、「役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であることとされるもの」(所得税法施行令84条3項)という要件には該当しないのではないか。
⑶ 有償ストックオプションや法人に付与された無償ストックオプションと異なり、個人に付与された無償ストックオプションについて行使時に課税されることとされている理由が、ストックオプションの付与時に一応の経済的利益を得ているにもかかわらず、その経済的利益に対する課税が繰り延べられていることにある(DHCコンメンタール法人税法3447の13参照)とすると、信託ストックオプションについて受益権の取得時に課税されないのは、既に受託者に対して代替的に課税が行われているから(平成19年度「税制改正の解説」322頁参照)であって、取得時に得られた経済的利益に対する課税が繰り延べられている訳ではないため、上記のような個人に付与された無償ストックオプションについて行使時に課税されることとされている理由が妥当しないのではないか。
2 信託型ストックオプションが税制適格ストックオプションとして認められる要件について
他方で、国税庁は、令和5年7月7日に改訂された「ストックオプションに対する課税(Q&A)」において、信託型ストックオプションであっても、次の要件を満たす場合には、税制適格ストックオプションとして認められる旨の見解も明らかにしました。
①信託型ストックオプションに係る信託契約において、原則として、信託の受託者が自身の判断で、そのストックオプションの行使又は第三者への譲渡をすることができないとされていること。
②信託型ストックオプションは、発行会社の取締役等に無償で付与されること。
③信託型ストックオプション の行使は、信託型ストックオプションに係る受益者を指定する日(受益者指定日)の後2年を経過した日から受益者指定日後10年を経過する日までの間に行わなければならないこと。
④信託型ストックオプションの行使の際の権利行使価額の年間の合計額が1,200万円を超えないこと。
⑤信託型ストックオプションの行使に係る1株当たりの権利行使価額は、信託受益権の付与に係る契約の締結時における1株当たりの価額相当額以上であること。
⑥取締役等において、信託型ストックオプション及びその信託受益権の譲渡が禁止されていること。
⑦信託型ストックオプションの行使に係る株式の交付が、 会社法238条1項に定める事項に反しないで行われるものであること。
⑧発行会社と金融商品取引業者等との間であらかじめ締結された取決めに従い、金融商品取引業者等において、信託型ストックオプションの行使により取得した株式の保管の委託がされること。
この見解によると、信託型ストックオプションを発行しているがその信託受益権を役職員に与えていない企業にとっては、容易に税制適格ストックオプションに切り替えることが可能ということになり、役職員がストックオプションの行使時に給与所得課税されることを避けることができることになるのですが、租税特別措置法29条の2の解釈としては、かなり無理があるように思われます。
というのも、租税特別措置法29条の2は、ストックオプションの付与を受けた役職員が「会社法238条第2項の決議(同法第239条第1項の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定及び同法240条1項の規定による取締役会の決議を含む。)により新株予約権・・・を与えられる者とされた・・・個人」であることを要件としているところ、「会社法238条第2項の決議(同法第239条第1項の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定及び同法240条1項の規定による取締役会の決議を含む。)」というのは新株予約権の発行時の決議に他なりませんので、受託者から役職員に対する信託型ストックオプションの信託受益権の付与が、「会社法238条第2項の決議(同法第239条第1項の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定及び同法240条1項の規定による取締役会の決議を含む。)」によって行われることはないはずであるからです。
また、租税特別措置法29条の2では、ストックオプションの行使が、「当該新株予約権に係る付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日・・・までの間に行わなければならない」こととされており、ここでいう「付与決議」というのは、「会社法238条第2項の決議(同法第239条第1項の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定及び同法240条1項の規定による取締役会の決議を含む。)」であるにもかかわらず、それを「信託型ストックオプションに係る受益者を指定する日(受益者指定日)の後2年を経過した日から受益者指定日後10年を経過する日までの間に行わなければならない」と読み替えるような解釈をしている点にも疑問があります。
一種の緩和通達的なものということかもしれませんが、租税特別措置法については、特に厳格な文理解釈によらなければならないこととされていることに鑑みると、上記のように条文の文言から離れた解釈をするのではなく、立法によって解決すべきことであったように思われます。
以上
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