【民事判例研究会】最高裁R3.1.22第三小法廷判決をよむ~土地の売買契約の買主が売主に対し土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務の履行を求めるための訴訟提起等に要した弁護士費用を債務不履行に基づく損害賠償として請求することの可否~
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最判令和3年1月22日裁判集民265号95頁(以下、「本判決」といいます。)は、土地の売買契約の買主は、売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務の履行を求めるための訴訟の提起・追行又は保全命令若しくは強制執行の申立てに関する事務を弁護士に委任した場合であっても、売主に対し、これらの事務に係る弁護士費用を債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないと判断しました。
本稿では、①事案の概要、②本判決の判断、③本判決のポイント、という項目に分けて説明します。
1 事案の概要
Xは、営業を停止した不動産業者Aから債権を回収するため、Aと土地売買契約を締結していたYらに対して同契約に基づく売買代金債権を差し押え、同代金債権の支払いを求める訴えを提起しました。
ところで、Yらは、Aが土地売買契約から約10日後に営業を停止し、同契約の履行をしなかったことから、Aに対して同契約に基づく債務の履行を求めるための事務(土地処分禁止の仮処分申立て、所有権移転登記手続訴訟、建物収去土地明渡訴訟、強制執行の申立て等)を弁護士に委任し事務処理費用及び弁護士費用を負担していました。
このため、Yらは、Xの上記請求に対して、Aの行為は、債務不履行又は不法行為に当たり、Yらが負担した事務処理費用及び弁護士費用について、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償債権を有するとして、同損害賠償債権と土地売買代金債権と相殺することにより、売買代金債権は全て消滅した旨主張して争いました。
第1審は、Aには不法行為が成立するとして、Yらが負担した事務処理費用に加え、弁護士費用についても、Aの不法行為により弁護士に訴訟委任せざるを得なくなったとして、不法行為と相当因果関係がある損害と判断、弁護士費用を含めて損害賠償債権額を認定しました。
これに対して、第2審は、Aの債務不履行を認定、Yらが負担した事務処理費用に加え、弁護士費用についても、前記事務処理は弁護士に委任しなければその実現が著しく困難であったとして、債務不履行と相当因果関係があると判断、弁護士費用を含めて損害賠償債権額を認定しました。
上告審では、債務不履行に基づく損害賠償債権に弁護士費用を含めることができるか否かが問題となりました。
2 本判決の判断
本判決は、
① 契約上の債務の履行請求は、不法行為に基づく損害賠償請求とは異なり、侵害された権利利益の回復を求めるものではなく、契約の目的を実現して履行による利益を得ようとするものであること
② 契約を締結しようとする者は、任意の履行がされない場合があることを考慮して、契約の内容を検討したり、契約を締結するかどうかを決定したりすることができること
③ 土地の売買契約において売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務は、同契約から一義的に確定するものであって、上記債務の履行を求める請求権は、上記契約の成立という客観的な事実によって基礎付けられるものであること
を理由に、土地の売買契約の買主は、上記債務の履行を求めるための訴訟の提起・追行又は保全命令若しくは強制執行の申立てに関する事務を弁護士に委任した場合であっても、売主に対し、これらの事務に係る弁護士費用を債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないと判示、本件において、債務不履行に基づく損害賠償債権に弁護士費用を含めることはできないとしました。
3 本判決のポイント
⑴ 弁護士費用の賠償に関するこれまでの判断
訴訟に要した弁護士費用を損害賠償に含めて請求することの可否については、これまでに、最判昭和44年2月27日民集23巻2号441号は、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟に要した弁護士費用は、不法行為と相当因果関係に立つ損害であるとし、損害賠償に含めて請求することを認めています。
また、最判平成24年2月24日裁判集民240号111号は、債務不履行に基づく損害賠償請求のうち、労働契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟に要した弁護士費用について、労働者が主張立証すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わらないとして、相当と認められる額の範囲内で損害賠償に含めて請求することを認めています。
他方、最判昭和48年10月11日裁判集民110号231頁は、債務不履行に基づく損害賠償請求のうち、金銭消費貸借契約上の貸金債務の不履行に基づく損害賠償請求に要した弁護士費用について、金銭債務の不履行による損害賠償の額は法定利率によって定めるとする民法(平成29年改正前)419条1項を根拠に、弁護士費用その他の取立費用を損害賠償に含めて請求することを否定しています。
⑵ 本判決の検討
本判決は、土地の売買契約の売主が負う引渡債務・所有権移転手続債務の履行請求に要する弁護士費用につき、債務不履行に基づく損害に含まれないと初めて判断した最高裁判決です。
本判決により、債務不履行に基づく損害賠償請求のうち、契約から一義的に確定し、その履行請求権が契約の成立という客観的事実によって基礎づけられる債務の履行請求に要した弁護士費用について、債務不履行に基づく損害賠償に含めて請求することはできないことが明らかになりました。
このような債務の履行請求に要した弁護士費用を相手方に請求するためには、契約締結にあたり弁護士費用を含めた損害賠償額の予定条項を設けるなどの対応が必要になると考えられます。
他方、それ以外の場合、例えば、債務の内容が不明確であるような場合、債務の内容は明確であるが履行請求権の主張立証が複雑であるような場合には、弁護士費用を含めて損害賠償を請求することが認められる可能性は残っていると考えられます。
以上