経営者が知っておきたい偽装請負のリスク~労働契約申込みみなし制度~
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「偽装請負」という言葉を聞いたことがある経営者は多いかもしれませんが、それがもたらす法的なリスクまで理解されている方は少ないかもしれません。 形式は請負等であっても実質は労働者派遣である「偽装請負」による法的リスクの一つとして、労働者派遣法40条の6が定める「労働契約申込みみなし制度」があります。これは、偽装請負等の場合(同条1項5号)に、労働者派遣の役務の提供を受ける者(派遣先等)が、派遣労働者に対して、労働契約の申込みをしたものとみなす制度です。 近時、同制度を適用して、労働者と派遣先との「直接雇用」の成立を認めた初めての裁判例である東リ事件判決(大阪高等裁判所令和3年11月4日判決)が注目を集めています。特に同判決が示した同制度の要件である「偽装請負等の目的」の有無の判断基準に注意する必要があります。 |
1 「偽装請負」とは
そもそも「偽装請負」とは何でしょうか。
請負契約では、請負人に雇用されている従業員に対する指揮命令は請負人がするのに対して、労働者派遣では、派遣労働者に対する指揮命令は派遣先が行います(下記図参照)。
そして、実態は労働者派遣であるにもかかわらず、当事者間で請負契約の形式がとられている場合をいわゆる「偽装請負」といい、労働者派遣法違反の問題などが生じます。
このように、労働者に対する「指揮命令」の主体が誰かによって、請負と労働者派遣は区別されるのですが、この区別について、厚生労働省は「基準」を示しており、請負人が、①業務遂行に関する指示・管理などを自ら行い、自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用すること、②資金調達、法律上の責任、設備・材料等の準備などを自ら行い、請け負った業務を契約の相手から独立して処理することという2つの基準をすべて満たしていなければ、請負契約の形式がとられていても「労働者派遣」事業に当たるとしています(昭和61年労働省告示第37号・h241218-01.pdf (mhlw.go.jp))。この「基準」は東リ事件判決を初め、多くの裁判例でも採用されています。
2 労働契約申込みなし制度
労働者派遣法40条の6第1項は、違法派遣の是正に当たって、派遣労働者の希望を踏まえつつ雇用の安定が図られるようにするため、禁止業務に従事させた場合(1号)、無許可事業主から派遣労働者を受け入れた場合(2号)、労働者派遣の役務の提供を受ける期間の制限に違反した場合(3号、4号)、又はいわゆる偽装請負等の場合(5号)においては、派遣先等が善意無過失の場合を除き、当該派遣先等が派遣労働者に対して、労働契約の申込みをしたものと「みなす」ことを定めています。
そして、以上の違法派遣の類型のうち、いわゆる偽装請負等については、他の類型と異なり、「労働者派遣法等の規定の適用を免れる目的」(「偽装請負等の目的」と略称されています。)という派遣先等の主観的な目的の存在がみなし制度適用の要件とされています。
この派遣先等からのみなし制度に基づく労働契約の申込みについて、派遣労働者が、これらの違法派遣行為が終了した日から1年以内に、承諾の意思表示をした時点で、当該労働者と派遣先等との間に労働契約が成立します(同条2項、3項)。この労働契約申込みみなし制度は平成27年10月から施行されています。
3 東リ事件判決~「偽装請負等の目的」の有無の判断基準
東リ事件では、Y社との間で業務請負契約を締結したA社の労働者としてY社の工場で製造業務に従事していたXらが、A社Y社間の業務請負契約は「偽装請負」であり、Y社がXらに対して労働者派遣法40条の6第1項5号に基づき労働契約の申込みをしたものとみなされ、これらに対してXらが承諾の意思表示をしたから、労働契約が成立したとして、XらのY社における労働契約上の地位の確認などを求めました。
この事件で、第一審の神戸地方裁判所令和2年3月13日判決(※1)は、A社Y社間の業務請負契約は「偽装請負」ではなかったとして、Xらの請求を棄却しましたが、控訴審の大阪高等裁判所令和3年11月4日判決(※2)は、①当該業務請負契約は「偽装請負」であったとしたうえで、②Y社には、「偽装請負等の目的」もあったと認定して、労働契約申込みみなし制度の適用を認めて、原告らの請求を認容しました(同判決は、最高裁判所で確定しました。)。
まず、このように第一審と控訴審で、判断が異なったことからも分かるように、「偽装請負」該当性の判断は微妙であり、困難なことが多いのです。
そして、東リ事件の控訴審判決は、「偽装請負等の目的」について、次のように判断しました。
同判決は、「偽装請負等の状態が発生したというだけで、直ちに偽装請負等の目的があったことを推認することは相当ではない。」と述べますが(※3)、続けて「日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていたことが認められる場合には、特段の事情がない限り、労働者派遣の役務の提供を受けている法人の代表者又は当該労働者派遣の役務に関する契約の契約締結権限を有する者は、偽装請負等の状態にあることを認識しながら、組織的に偽装請負等の目的で当該役務の提供を受けていたものと推認するのが相当である。」と判断しました。
つまり、同判決は、「日常的・継続的に偽装請負の状態にあった」という客観的事実があれば、「偽装請負等の目的」の存在が推認できるとしています。この判断は、このような客観的な状態にある場合は、派遣先等が「偽装請負等の目的」がなかったことを立証しなければならないと、事実上立証責任を転換させていると評価できると思われます。
4 最後に
東リ事件判決の第一審と控訴審の判断が異なったように、「偽装請負」に該当するかどうかの判断は微妙な場合があります。
他社との間で業務請負(委託)契約を締結して、当該他社の労働者らに自社の工場や事業所などで働いてもらっている場合は、どうしても当該労働者らに対して自社の従業員等からの「指揮命令」等がされがちであり、意識せずに「偽装請負」の状況になっていることがあります。そうなると、他社の労働者に対して労働契約の申込みをする意図など全くないにもかかわらず、その申込みが擬制され、当該他社の従業員を直接雇用せざるを得なくなるというリスクを負うことになります。
経営者は、偽装請負のリスクを十分に理解し、厚生労働省の「告示」などを参考に、他社との業務請負(委託)契約の実態などを十分に検討する必要があると思われます。
以上
引用:
※1 労働判例1223号27頁。
※2 労働判例1253号60頁。労働者派遣法40条の6による労働契約申込みみなし制度の適用が争われた他の裁判例としては、ハンプティ商会ほか1社事件(東京地裁令和2年6月11日判決・労働判例1233号26頁)、日本貨物検数協会(日興サービス)事件(名古屋地裁令和2年7月20日判決・労働判例1228号33頁)があります。
※3 厚生労働省の通達(平成27年9月30日職発0930第13号「労働契約申込みみなし制度について」(0000092369.pdf (mhlw.go.jp)第2の1(4)イ)では、「偽装請負等の目的の有無については個別具体的に判断されることとなるが、『免れる目的』を要件として明記した立法趣旨に鑑み、指揮命令等を行い偽装請負等の状態となったことのみをもって『偽装請負等の目的』を推定するものではないこと。」と規定されています。東リ事件判決は、この通達よりも一歩踏み込んだ判断をしていると評価できると考えます。
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