連載「”発達する”人事」第12回(最終回)(人事マネジメントに必要なこと)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

 雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載いたしましたが、今回が最終回になります。

第12回(最終回) 人事マネジメントに必要なこと

 この連載も、いよいよ最終回。身近にいる発達障害かもしれない人のイメージは変わったでしょうか。自分も発達障害かもしれないと感じた読者は、少なくないかもしれません。筆者は、発達障害を知ることによって、人と組織の在りようを理解するために欠けていたピースが、ようやく見つかったように感じています。

 その特性は、だれにでも多かれ少なかれあるという話をした際、「『発達障害』という言葉がそのような理解を妨げていて、よくないのではありませんか」とおっしゃった人がいます。そうかもしれません。しかし、筆者としては、およそ疾病や障害というものに対して本人も周囲も抱くことがある、何か特別な感情に気づくきっかけになるのであれば、「発達障害」という言葉を使い続けることにも意味があるような気がしています。

自分の中の発達障害を受容する

 「発達障害かもしれない社員にうまく対応できるようになるためには、どうしたらよいでしょうか」という質問をよく受けます。いまの筆者ならば、こう答えます。「自分にもある発達障害の特性に気づき、それを受け容れることです」

 それには2つの意味があると思っています。相手の主観的な世界をわが事のように感じるためと、相手に向き合っている自分自身を客観的に把握してコントロールするためです。前者によって、相手の言動は理解できなくはないものになり、不信感や嫌悪感を募らせることを防ぎ、具体的な打ち手を見つける手がかりにもなりえます。

 さらに重要なのは後者です。相手がこちらの常識や期待のとおりに動かないことが、自分が大切にしていることへの脅威であると、恐怖感や被害意識から、威圧的・攻撃的な言動につながりかねません。これは、いつもは眠っている自分の中の発達障害の特性、たとえば、強いこだわりが刺激されていると見ることもできると思います。

 人事マネジメント(Human Resources Management)、すなわち、人が働くことをマネージすることに熟達するためには、その対象が、上司にとっては、部下だけではなく上司自身でもあり、会社においては、社員だけではなく組織自身でもあることに気づくことが重要だと思います。

 英語のManageには、「やり繰りする」という意味があるそうです。「あるものでなんとかする」という感じでしょう。家計をやり繰りするためには、決まった収入の中でお金をつかうところを選ばなければなりませんが、つい散財してしまいがちな人それぞれの癖がありませんか。毎日の台所仕事にしても、決まったパターンの調理方法ばかりになってしまうことがありませんか。自分についての知識と自分のあつかい方の知恵が不足していれば、なかなかしんどいことになるのは当然です。

リテラシーとナッジ

 人が、望ましくない行動をやめ、望ましい行動をするためには、そのために必要な情報を入手し、理解し、評価し、意思決定して行動する(つまり、活用する)力、すなわち、「リテラシー」が必要です[1]

 新型コロナウイルス感染症のワクチンの感染予防効果や副反応、将来への影響などについて、マスコミやSNSでは多くの情報や様々な専門家の意見が飛び交っています。一人ひとりが、新型コロナウイルス感染症やそのワクチンについてのリテラシーを高め、自由に判断ができるようにする必要があります[2]。同様に、発達障害に関する情報も、全ての人と組織が「幸福」と「健康」を追求するためのリテラシーを高めるために必要とされるものだと思います。

 そうは言っても、「いけないことだとわかってはいるけど、やめられないこと」が往々にしてあります。ところが、「ついやってみる気になって、やってみたら、思ったより楽しくて、癖になってしまった」ということもあるでしょう。

 このような一歩を踏み出すためのきっかけを与えてくれるものとして、「ナッジ」に注目が集まっています。「相手の心を優しくくすぐって、選択の自由を残しながら、よい行動へと促す設計」のことです[3]。行動を変えるためには、リテラシーに加えて、ナッジも必要なのです。

 相手の行動を変えるために、環境やかかわり方を変えていく「応用行動分析学(ABA)」の手法[4]が、発達障害の子どもの療育において成果を上げています。発達障害かもしれない人への対応や支援にもっと活かすことができると期待しています。

 発達障害かもしれない人は、「内省(リフレクション)」(現実に起こった出来事を客観的に振り返り、そこからうかがえる自分自身について見つめ直す行為。自分自身と向き合い、言動を振り返ることで、自ら気付きを得ることを目的とする。)が苦手なことが少なくないからです。

                   ◇

やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

山本五十六元帥の有名な言葉を確認して締めくくります。全ての社員の人事マネジメントに必要なことが凝縮されていますが、発達障害かもしれない人に対応するときにこそ忘れてはならないと、自戒しております。

1年間、おつきあいいただきまして、ありがとうございました。

[1] ヘルスリテラシーについてもっとよく知りたい人には、福田洋・江口泰正編著「ヘルスリテラシー ― 健康教育の新しいキーワード」(大修館書店・2016年)をお勧めします。同書編著者らが運営し、筆者も参加している「さんぽ会」http://sanpokai.umin.jp/ は、職場におけるヘルスリテラシーを高める学びの場でもあります。

[2] 筆者も応援しているプロジェクト「こびナビ」https://covnavi.jp/ は、新型コロナウイルス感染症やそのワクチンについて、正確な情報を収集・整理し、情報の受け手の置かれた立場、抱いている感情、興味の持ちやすさ、理解しやすさなどに配慮して発信することをめざしています。

[3] 竹林正樹監修・講演DVD「実践者のナッジ【基本編】」(東京法規出版)https://nudge-takebayashi.jimdofree.com/dvd/ は、楽しくナッジを学ぶことができる教材としてお勧めです。

[4] 「応用行動分析学(ABA)」(Applied Behavior Analysis)とは、人の行動や心の動きは、個人とそれを囲む環境との相互作用によって生じると考える行動分析学の知見を実社会の課題解決に応用したものであり、「ABCフレーム」(Antecedent = 先行事象(行動の前の状況)、Behavior = 行動、Consequence = 後続事象(行動の結果))を用いて行動を分析し、その行動が望ましいものであれば「強化」するように、望ましくないものであれば「消去」するように、環境や関わり方を変えていく手法です。筆者もしっかり学びたいと思っています。

【初出:「労務事情」(産労総合研究所))2021年3月15日No.1422】

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