連載「”発達する”人事」第10回(パーソナリティ障害)執筆者:小島健一
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連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」
雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第10回になります。
第10回 パーソナリティ障害
発達障害の発展形?
今回は、発達障害と並んで、職場での対応に苦労する社員にうかがわれることが少なくないパーソナリティ障害について、私見を交えてお話しします。もっとも、筆者は、精神医学や心理学を修めたわけではなく、主として雇用関係における事例の相談・支援の経験に基づき、疾病・障害の当事者、医療・心理の専門家、教育・就業の支援者などからご教示をいただきながら、考察を進めている途上であることをお含みおきください。
パーソナリティ障害は、大要、本人の属する文化の平均から偏っているために、本人に重大な苦痛をもたらすか、日常生活に支障を来している思考、知覚、反応、対人関係などのパターンが長期的かつ全般的にみられることに対して用いられる用語であり、現在、米国精神医学会が発行している「精神障害の診断と統計マニュアル」第5版(DSM-5)では、境界性、自己愛性、演技性等の10種類のパーソナリティ障害があるとされています。
筆者は、過去20年余り、人事の方々から対応に困る社員について相談を受けてきましたが、かつては、特に対応に難渋している社員の問題行動から、まず、パーソナリティ障害を想起することが多かったのです。他人を恣意的に操作したり、自滅的な行動に他人を巻き込んだり、被害妄想的な主張を繰り返したり、といった問題行動は、パーソナリティ障害の症状の記述と重なりやすいため、当然といえば当然だったかもしれません。「二人羽織」と名付けた筆者の企業支援の方法(筆者自身は社員本人から見えない状態で、人事や上司を介して社員本人との「対話」を継続すること。本連載第5回参照)は、このようなパーソナリティ障害を疑うような社員に対処するなかで、自然に形づくられました。
もっとも、パーソナリティ障害に関する説明は、現に対面している社員にはぴったりと当てはまりにくい、という違和感もありました。パーソナリティ障害がうかがわれる人は、その偏りがさほど大きくなければ、また、困難に直面したときの一時的な状態としてならば、それほど特殊なものではなく、自分にも思い当たるところがなくはないのですが、どうして、そのような極端な思考や行動のパターンにはまり込み、逃れられなくなっているのかもよく理解できませんでした。しかし、そのような社員にしばしば看取される不器用さやこだわりの強さなどに発達障害の特性が表れていることに気づいてから、ようやく、リアリティのある生身の人間として把握できるようになったような気がします。
つまり、発達障害の特性ゆえに繰り返す「失敗」への不安、恐れ、焦りなどの感情と、「こうであるべき」という思考へのこだわりの強さが相まって、悪いのは他人や環境であるという被害的な認識が、確信から信念へと強化されていく「心理プロセス」(本連載第7回参照)を経て、前述のような問題行動が、生き抜くための方策として習慣になっているのだと理解されます。
ただし、発達障害の特性がかなり強くても、うまく社会生活を送っている人はたくさんいることから、この「心理プロセス」には、愛着障害や発達性トラウマ障害、複雑性PTSD[1]で説明されるような、後天的な困難の経験が影響しているようにも思われます。発達障害の特性があっても、心理的な安全基地があれば、挑戦する勇気を奮い立たせ、たとえ小さくてもうまくいく経験を積み重ね、その人なりに成長・成熟する(つまり、「発達する」)可能性があります(本連載第2回・第4回参照)。一方、発達障害は、「忘れられない障害」ともいわれるように、その感覚過敏からネガティブな体験を鮮烈な記憶にとどめやすく、しばしばフラッシュバックに見舞われることがあるそうです(感覚過敏については、本連載第3回参照)。
手にあまる?
ともすれば、「発達障害には配慮しなければならないかもしれないが、パーソナリティ障害は手にあまる」という二分法の思考にはまりそうになりますが、それではうまく解決できないのだろうと思います。最近の神奈川SR経営労務センター事件(横浜地裁平30.5.10判決、労働判例1187号39頁)では、産業医が、休職中の社員が発達障害のみならずパーソナリティ障害であると見立て、たとえ復職させても職場での軋轢のストレスからうつ状態を再発・再燃させると見越した意見を述べ、それを受けて同センターが復職を許可せず退職させたことが、違法無効と判断されました。
パーソナリティ障害は、かつて「人格障害」と呼ばれていたこともあり、人格や性格が悪いかの如き誤解や偏見があって差別的になりうるため、その言葉に言及することには慎重にならざるを得ません。しかし、パーソナリティ障害について考えることは、発達障害の理解と対処のために欠かすことができないと思います。
ただし、雇用関係で出会うのは、それまで曲がりなりにも社会生活を送ってきた方ですから、発達障害とパーソナリティ障害のどちらも、医学的に診断を受ける程度まで重篤ではない、つまりグレーゾーンであることが多いでしょうし、また、本人が診断を受けることを望んでいなければ、診断を前面に出した対応は、火に油を注ぐことになることも容易に想像できます。実務における障害理解は、あくまでも「持って持たず」の姿勢であることが重要であろうと思います。
この点で、岩谷泰志医師[2]が示されている、「神経発達偏倚(へんい)度」(つまり、発達障害の程度)と「社会志向性」(対象志向型・優位性志向型・自己志向型という気質の違い)の2軸でパーソナリティを分類し、それぞれのタイプについて、職業の向き・不向きや抱えやすい問題(形成されやすいパーソナリティ障害の種類)を整理する枠組みは、発達障害とパーソナリティ障害を包括的に、しかも、いずれもスペクトラム(濃淡ある段階的なもの)としてとらえており、その人ごとの特性と性分に応じた学び方・導き方を考えるために実用的な試みであると思われます。
2020年11月に発足した日本産業保健法学会が、10個ある当面の検討課題の1つとして、「パーソナリティや発達の問題がうかがわれる従業員への適正な対応の在り方(合理的配慮のありようを含む)」をあげているように、この問題への適切な理解と紛争の予防・解決は、当事者・関係者と多職種の交流・議論によって図らなければなりません。
[1] 「愛着(アタッチメント)」とは「特定の人に対する情緒的な絆」を意味し、「愛着障害」は、主たる養育者との適切な愛着関係が形成できなかったことによる障害の総称として用いられる心理学用語。岡田尊司「愛着アプローチ 医学モデルを超える新しい回復法」(角川選書・2018年)等をご参照ください。
「発達性トラウマ障害」「複雑性PTSD」は、反復する虐待や暴力などが一定期間繰り返し体験されることによって、心に深い傷、すなわちトラウマを残すことによる障害。杉山登志郎「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」(誠信書房・2019年)等をご参照ください。
[2] いわたにクリニック院長。最近著された岩谷泰志「『会社で生きづらい』と思ったら読む本」(主婦の友インフォス・2020年11月)等をご参照ください。
【初出:「労務事情」(産労総合研究所))2021年1月1・15日No.1418】