連載「”発達する”人事」第7回(心理プロセス)執筆者:小島健一
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連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」
雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第7回になります。
第7回 心理プロセス
前回、長時間労働を招く働き方に影響する発達障害特性を説明する際に紹介した佐藤恵美さん[1]が、『もし部下が発達障害だったら』(ディスカバー携書・2018年)に続いて、発達障害かもしれないと感じている本人向けに出されたのが、『「判断するのが怖い」あなたへ』(ディスカバー携書・2020年)です。
同書は、発達障害かもしれないと感じている人が、実に“判断の連続”である仕事というものが自分を苦しめていることの正体を把握し、仕事に希望を持って取り組むことができるようになるためにお薦めする良書です。同時に、部下を持つ管理職や企業の人事に携わる方々にこそ、発達障害かもしれない社員にかかわることでわいてくる自らの感情をコントロールし、効果的な働きかけができるようになるために、ぜひとも読んでいただきたい内容です。
まさに発達障害グレーゾーン(診断基準は満たさないかもしれないけれども、その特性を強く持っている人)であることを自認する筆者(本連載第2回参照)には、佐藤さんがひも解くグレーゾーンの人の心理プロセスがとてもよく腹に落ちます。
今回は、佐藤さんの最新刊から、筆者が同心しているそのエッセンスをご紹介します。
その人ごとの特性を把握する
まず、発達障害の特性というものがどういうものであるかを知ることは、本人にとっても、本人とかかわる他者にとっても、必要なことだと思います。ただ、発達障害の診断基準やいわゆる「3つ組の障害」[2]を知っているだけでは、ほとんど役に立ちません。一方では、発達障害の特性が仕事において顕在化した、うまくいかない「場面」を羅列するだけでも、足りません。それらの「場面」に共通している、その人にとって社会生活の最も障壁となっている特性をきちんと把握することが重要です。
ここで佐藤さんは、仕事がうまく行かない「場面」に通底する特性の代表的なものとして、①「だいたいこれくらい」がよくわからない(程度の把握が苦手)、②「あれもこれもごちゃごちゃ」になりやすい(要点の把握や統合が苦手)、③思考の道筋が固定的(こだわりが強い)、④作業しながら使う一時的な記憶(ワーキングメモリ)が苦手、という4つの特性をあげています。
ところで、このような仕事の場面で特に強く現れる発達障害の特性をわかりやすく伝えるツールとして、筆者は、札幌市保健福祉局が作成したリーフレット「職場で使える『虎の巻』発達障がいのある人たちへの八つの支援ポイント」をお薦めしています[3]。このリーフレットは、発達障害のある男女の主人公が、最初は失敗しながらも、周囲の理解とちょっとした配慮によって能力を発揮できるようになる具体例を漫画調のイラストで描いており、好感が持てる主人公のキャラクターも相まって、発達障害に対するフラットな理解を促進する効果が大きいと思います。
心の動きに共感できるか
しかしながら、職場で現実に接することがある発達障害かもしれない人は、そうそうかわいらしい人ばかりではありません。特に、自分の部下が、まったく悪びれる様子もなく、自分の仕事を増やさないように振る舞ったり、逆に、処理できないのに何でも引き受けてしまったり、あるいは、いくら注意しても、やるべきことを先送りしたり、報連相をしようとしなかったり、さらには、攻撃的になって、パワハラをされていると上司を非難したり、会社や職場に責任を転嫁している場合には、不信感や嫌悪感が募ってくるのも無理はありません。
このような発達障害かもしれない人の態度や行動の理由(わけ)を理解するためには、その人に特有な発達障害特性を知るだけではなく、本人の立場になり切って、その「心理プロセス」、つまり、態度や行動の根底にある感情と思考を想像してみてください。
そもそも、発達障害かもしれない人は、その能力の凸凹が極端であるために、また、感覚が他の多くの人と異なると感じられるために、「失敗」を繰り返していることが多いのです。表面的には失敗でなくても、集団のなかや他者との関係において、違和感や疎外感に打ちのめされる経験と言い換えてもいいかもしれません。人は誰でも失敗を繰り返せば、「また失敗するのではないか」と不安になります。「失敗を繰り返したくない」と思うほど不安は膨らみ、さらに焦りや恐れも生じます。こうして「不安」と「焦り」と「恐れ」がそろうと、パニックになって思考が停止し、本来できることもできなくなってしまうため、ますます、失敗の経験を積み重ねることになってしまいます。「どうして自分はうまくできないのか」という自分へのいら立ちは、ときとして他者に向けられる「怒り」となって表現されることになります。人には、うまくいかない理由がわかることによって、自分を納得させ、どうにか受け入れようとする心の働きがあるからです。うまくいかない状況への自分流の解釈は、発達障害の特性としてよくみられる「こうあるべき」という思考へのこだわりの強さと相まって、「自分は絶対に間違ってはいない」という確信となり、「自分はおとしめられようとしている」といった被害的な感情を強め、うまくいかないことが起きるたびにその検証を繰り返し、いつしか、強固な自分なりの信念を心の奥に根付かせ、ものごとをうまくいかない方に自分で引っ張っていってしまうのです。
発達障害の特性がそれほど強くはなく、診断基準を満たさない「グレーゾーン」の人が、かえって強い苦しみを抱えることがあるのは、発達障害特性そのものよりも、このような解釈や信念に支配された心の問題によるのです。佐藤さんは、発達障害かもしれない人が「自分自身を知る」ためには、発達障害の「特性」だけではなく、このような「陥りがちな心の状態」と「ついしてしまいがちな行動」から自分自身をひも解いていくことが必要であると述べています。
それは、発達障害かもしれない人にかかわる他者においても、重要なことであろうと思います。態度や行動だけをみれば、とても許すことなどできないことばかりでしょう。しかし、そのような態度や行動を導いている上述のような心理プロセス自体は、発達障害の特性が弱い、いわゆる定型発達と目される人とも共通する、理解可能な心の動きではないでしょうか。
労使紛争は、こちらの心のなかが、相手のことを「許せない」と断罪している間は、本当の意味で解決することはありません。人事というものに本気で携わって来られた方々にこそ、共有していただける実感であると信じています。
[1] 精神保健福祉士・公認心理師・キャリアカウンセラー(GCDF-Japan)。東京都内の医療法人社団弘冨会神田東クリニック副院長/同法人MPSセンター副センター長を経て、2020年沖縄にて「沖縄メンタルヘルスサポート&コンサル」を設立。
[2] 自閉スペクトラム症(ASD)には、「3つ組の障害」と呼ばれる、①社会性(人と共に感じる能力)の欠如、②コミュニケーションの独特さ、③想像(イメージ)することが苦手という特性があるとされています。
[3] 「発達障がいのある人たちへの支援ポイント『虎の巻シリーズ』」は、こちらの札幌市ホームページからダウンロードできます。 https://www.city.sapporo.jp/shogaifukushi/hattatu/toranomaki.html
【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年10月15日 No.1413】