連載「”発達する”人事」第6回(長時間労働)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第6回になります。

第6回 長時間労働

特性が影響する働き方

皆さんの企業でも、「働き方改革」に対応して長時間労働の慣行を改めるべく対策を講じていると思いますが、他の社員が定時勤務でこなすことができる仕事の質・量であるにもかかわらず、どうしても時間外労働になってしまう社員がいないでしょうか。

また、心身が不調になった社員の直前の労働時間を確認すると、いわゆる「過労死ライン」(発症前1ヵ月間に100時間あるいは発症前2~6ヵ月間平均で80時間を超える時間外労働(休日労働を含む))を超えて働いていたことが判明し、労災認定されたり、健康・安全配慮義務違反による損害賠償責任を追及されるのではないかと慌てたことがあるかもしれません。

このような事例のなかには、社員自身が、上司や人事の注意・指導に従わず、自ら長時間労働を招いているようにみえることがあります。禁止されている持ち帰り残業をしたり、許可なく早出出勤や休日出勤をしたりしているにもかかわらず、後になって、「そこまで働かなければ終わらない過大な業務量だ」「そもそも無理なノルマを課したことがパワハラだ」などと主張されることも、珍しくはありません。

もちろん、上司による業務管理と人事による労務管理、さらには産業保健による健康管理を徹底し、長時間労働による健康被害を防止する第一義的な責任は企業にあります。上司が部下の仕事の大変さを理解していなかったり、人事による労働時間の把握がずさんではないか、まずは企業が自らを省みるべきです。

しかし、どうしても理解できない、本人自身もコントロールを失っているようにみえる長時間労働には、発達障害の特性が影響している可能性があることを知っておくことも、無用な労使対立を防ぎ、適切な対策を講じるうえで有効であろうと思います。

ここで、長年、精神科診療でのカウンセリングと企業へのEAP(Employee Assistance Program)サービスに従事され、発達障害を持つ方が働くときに直面する困難への実務的な理解にとどまらず、その心理や感情への深い共感を具体的に解説している佐藤恵美さん[1]が、その論文「長時間労働を招く働き方に影響する発達障害特性」(「産業精神保健研究」(医療法人社団弘冨会)Vol.10・2019年所収)で、発達障害の特性が長時間労働を招く働き方にどのように影響するのかを、架空事例によって分かりやすく説明してくれていますので、以下、それを要約してご紹介します。なお、佐藤さんは、架空事例の診断名は明示していませんが、筆者の判断により、便宜的にADHDとASDに分けてみます。現実には、1人ひとりに両方の特性が濃淡を変えて存在していることがしばしばあります。

【どちらかといえばADHD(注意欠陥・多動症)の特性】

・  思いつくこと、目につくことに注意が向いてしまう(注意の転導性)

・  思いついたらやらないと気が済まない、目についたことにすぐに飛びついてしまう(衝動性)

・  あれこれと連想してしまう(頭の中の多動性)

・  頼まれた作業を忘れてしまう、予定を失念する、忘れ物などのミスを連発する(注意を向けるべきことが抜け落ちてしまう)

・  次々と別の業務に手をつけてしまうため、業務がなかなか進まないうえに、やることを増やしてしまう

・  周囲からは「いつも余計なことをしている」ようにみえる

・  「余計なことはしないでいい」という漠然とした言い方では、「余計なこと」が何を指すか分からない

・  物事の整理ができない(連続性のある状況、見える化されていないこと、判断基準があいまいなことなど、程度を判断して、取捨選択することが苦手)

・  文書を作成しても、要点が定まらずにくどくなり、いつまでもまとめられない

・  資料をため込むが、探そうとすると何がどこにあるか分からず、頭が混乱して作業がフリーズする

・  周囲の刺激に敏感で、気を取られて、常に頭のなかが忙しい

・  不意に尋ねられたり、電話が掛かってくると、とても混乱する

・  急に時間が制限されると、仕事の組み立てが崩れてしまって、頭のなかの混乱が収まらない

・  急かされたり叱責されたりすると、ネガティブな記憶を残しやすい

【どちらかと言えばASD(自閉スペクトラム症)の特性】

・  「明確な一つの基準がなく、あいまいなもの」の状況をつかみ、その重要性や緊急度、手加減などの程度を勘案することが苦手

・  接客が長時間化し、疲れはてる(客の言いたいことの要点がつかめないうえ、どのように話を終わらせてよいのかわからず、また、時間経過の感覚もつかめないため)

・  客の要求や対応の要点が判断できず、すべてに対応しようとするため、少しでも分からないことがあると自責し、自宅に帰っても勉強する(手加減ができない)

・  自分が決めている「形」にならないと気が済まず、臨機応変に注力の度合いを変えることができない

・  手元の作業が全部終わるまで、別の作業に着手することができない

・  相手との関係性や婉曲な言い方などを考慮しなければならない文書の作成は苦手(言い回しのどれが最も正しいのか決められない)

・  1つの業務に集中しすぎてしまい、周囲の状況や他の業務に頭が回らない(過集中)

・  無自覚に、昼食をとらなかったり、トイレにいっさい立たなかったり、所定時間を大幅に過ぎてしまうなど、根を詰めた後にどっと疲労がくる

・  臨機応変に対応する周囲のやり方がずさんにみえたり、不誠実に思えて、不信感や腹立たしさを募らせる

・  「そこまでやらなくていい」と助言されても、本人は「どこまで」がやり過ぎなのか分からないし、やらずにはおれない

「だってしょうがないじゃない」

実は、筆者自身も、このような働き方をしてしまいがちです。それでも、第1回でご紹介した坪田義史監督・サンディ株式会社製作のドキュメンタリー映画のタイトル『だってしょうがないじゃない』が、筆者の偽らざる心境なのです。

しかし、自分の特性を理解して、それによって大失敗を防ぐ方法、さらには、それを活用して成果を上げる方法を編み出すことはできると信じています。

たとえば、筆者は、中長期の課題を計画的にこなすことが苦手ですが、切羽詰ってからの一夜漬けは得意であるため、司法試験の勉強中は、あえてタイプが異なる複数のゼミに所属し、毎日、翌日の発表のためのレジュメ・答案の作成に明け暮れました。いまでも、書面を1人で起案しようとすると悶々として書き始めることが難しいため、他の弁護士と一緒に案件を担当し、まずファースト・ドラフトをつくってもらっています。皆さん、いつも支えていただき、ありがとうございます!

[1] 精神保健福祉士・公認心理師・キャリアカウンセラー(GCDF-Japan)。東京都内の医療法人社団弘冨会神田東クリニック副院長/同法人MPSセンター副センター長を経て、2020年沖縄にて「沖縄メンタルヘルスサポート&コンサル」を設立。筆者が特に参考にしている佐藤恵美さんの論文「医療機関における心理社会的支援―職場トラブルから受診に至る場合」(「こころの科学」(日本評論社)No.195・2017年9月所収)、著書「もし部下が発達障害だったら」(2018年)、「『判断するのが怖い』あなたへ―発達障害かもしれない人が働きやすくなる方法」(2020年)(いずれも、ディスカバー携書)もお薦めします。

【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年9月15日 No.1411】

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