連載「”発達する”人事」第4回(自分を知る)執筆者:小島健一
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連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」
雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第4回になります。
第4回 自分を知る
身に覚えはありませんか
前回は、発達障害の人たちが苦労していることが少なくない「感覚過敏」について紹介し、それが、発達障害の結果ではなく、発達障害の原因ではないか、という話をしました。先日、ある一流企業の人事ご担当者に向けた研修で、この話をしていると、参加者から質問をいただきました。「厳しい採用選考によって選り抜きの人材を採用している当社には、そのような発達障害の社員がいるとは思えないのですが…」と。
それでは、次のようなことに、身に覚えはないでしょうか。
● 報告がうまくできない ● 注意されている内容が理解できない ● 周囲がうるさくて集中できない ● 仕事の手順・量や時間の見通しが持てないと不安になる ● 複数の作業を同時にうまく行えない ● 道具の使用や力の配分がうまくできない ● 社会人マナーや場面に応じた適切な言動ができない ● あいまいな言い方や抽象的な表現を理解できない、不安になる ● 大声、罵声、頭ごなしな言い方に緊張し、不安になる ● 人の気持ちをくみとれない ● 自分のやり方にこだわる ● 感情の起伏が激しい。かんしゃくを起こす ● 衝動的な言動をとってしまう ● 興味がないことは、人の話を聞けない ● 人の話を聞いても、すぐ忘れてしまう |
上司や部下にこういう人は必ずいますよね。自分がまさにそうだと思い当たる節がある人もいるかもしれません。実は、これらは、発達障害の中でも代表的なADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)に見られる困りごとを、ランダムに列挙したものです。
大学関係者によれば、発達障害の理解に基づく専門的な支援がなければ、卒業や就職までたどり着くことができないと懸念される大学生が、全体の「1割ちかく」はいる、というのが実感だそうです。しかし、企業の採用選考の俎上に上がってくるのは、たとえ生来の不得意があったとしても、経験から編み出した代償機能で補うことにより、発達障害の特性が目立たなくなっている、いわゆる「グレーゾーン」の人たちです。
問題が顕在化するのは、そのような発達障害の特性があるがゆえの生きづらさが、事業方針や組織風土の変化、適性が不足する仕事や役割へのアサイン、相性が芳しくない上司や同僚との接近、本人の体調不良や家族との関係悪化など、本人にとって悪い巡り合わせと重なったときです。あるときまで、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた社員が、何かをきっかけに、まるで坂道を転がり落ちるように業績が振るわなくなってしまうのを目にしたことはありませんか。
私はかれこれ20年余り、こういう状態で会社の“お荷物”になってしまった社員の処遇について会社から相談を受け、人事や上司を後方支援する仕事をしてきましたから、よく分かります。苦労を重ねた結果、発達障害の特性の上に“乗っかってしまった”かたくなな価値観や悲観的な思考パターンに本人自身が振り回されて逸脱行動に及び、それに直面した上司や同僚、さらに人事や経営者が不信感や嫌悪感を募らせ、“火に油を注ぐ”対応をしてしまうことで、さらに事態が悪化していることが多いのです。
主体的であること
発達障害それ自体が問題なのではありません。うまくいかないと感じることが、自信を失わせ、孤立感を生み、感情を不安定にし、周囲との対立を深めていくのです(だから、発達障害のある人にとって、小さな成功体験を積み重ねていくことは、非常に大切です)。
このような、仕事や環境への不適応によるストレスが、うつ病、双極性障害などの精神疾患をひき起こすことがあるので、注意しなければなりません。発達障害の「二次障害」といわれるものであり、産業医や産業保健スタッフと連携し、医療へつなげるべきタイミングです。二次障害は、過食や拒食、アルコールや薬物、買い物やギャンブルへの依存など、行動面に表れることもあります。
二次障害を防ぐためには、うまくいかないと感じさせている自分の発達障害の特性への「自己理解」が、何よりも重要であると言われています。しかし、筆者は、発達障害のある人に必要な自己理解とは、決して、“だめな自分を認める”というネガティブな心理ではなく、むしろ、自分や他人にだめ出しをしている、自分の価値観と思っているものが、実は、外界から取り込んだものであって、自分の心はもっと自由であることを実感するポジティブな心理であるべきと思っています。
前々回に紹介した岩本友規さんは、かつては「相手の気持ちになって考えてみなさい」といわれても直観的にまったく意味が分かりませんでした。しかし、上司から、業務における情報の伝え方をロジカルに指導され、人の脳の特性によって資料に書かれた情報の認知の仕方が違うことを知り、相手の視点を自分の心のなかで想像して自分がつくった資料をみる作業をトレーニングする機会に恵まれたことをきっかけに、世界には自身の心とそれ以外の他者の心があるという視点を知識として獲得しました。そして、その考え方をベースに多様な状況で自他の区別をつけるさまざまなトレーニングを重ねるうち、ある瞬間に頭の中を電気が走ったような勢いではじめて自己を認識し、「主体性」を獲得する(岩本さんによれば、「本当に『自分が考えて』いるという実感を得られるようになった」状態)に至ったそうです。
「世界はまさに一変し、なぜか自然に涙が出た。このとき自分は世界に生まれた、と言っても大袈裟ではない変化が頭の中に起きていた」と述べています[1]。
発達障害のある人は、“素直”で、裏表のない正直者だといわれています。それゆえに、親や先生、さらに、社会から教えられた「○○すべき」という規範や「●●なものだ」という法則、つまり、ルールをそのまま自分の中に取り込み、自分も他人もそれによって縛ってしまうくせがあるようです。
もっとも、これは、発達障害のない人たちにも起きうることでしょう。精神疾患を持つ人への訪問看護ステーションの運営を統括しておられる小瀬古伸幸さんは、次のように述べています。「主体的な人が集まったチームを作るには、『自分を知る』ことを深める必要があります」。「『自分を知る』ことを深めている人は、相手の価値観と自分の価値観に違いがあったとしても、そのまま受け入れられます。なぜなら自分の価値観を理解しているので、相手の価値観と混同することなく、違っていることを当然と認識できるからです」[2]。
自分の価値観は、自分という存在の大切な一部だと感じられるものです。しかし、それが、自分を閉じ込める牢獄、他人を排除する要塞や征服する凶器になることもあることを心したいものです。自分の価値観をよく知り、手なずけるために、まずは、それを“言語化”して他人に伝えることから始めることが有効だと考えられます[3]。
[1] 岩本友規「【公開シンポジウム要旨】発達障害のある人の『自分の見つけ方』『自分の育て方』をどのように支えるか」(明星大学発達支援センター紀要MISSION March/2018 No. 3)
[2] 小瀬古伸幸「精神疾患をもつ人を、病院でない所で支援するときにまず読む本 “横綱級”困難ケースにしないための技と型」(医学書院・2019年)180頁以下
[3] たとえば、自律進化する組織づくりのために、職場の小集団で毎日、各メンバーが自分の価値観を言語化することを実践する「Hit-bitプログラム」という方法があります(患者サービス研究所代表 三好章樹 https://pcs-c.com/)。
【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年7月1・15日 No.1408】